第31話 ずっと一緒に居るために


 この想いは、隠さないといけないんだ。

 ずっと、ずっと、一緒に居るために。

 言わなければ、僕らはずっと、友達として一緒にいられるから。



 出会いは、小学5年の頃。

 僕が転校して早々にイジメられて。その時、彼女が助けてくれたんだ。

 以来、何でか分からないけど、彼女はいつも僕の側にいてくれた。


 気付けば、高校まで一緒で。


 彼女は、超強くて。優しくて。勉強嫌いで。苦いのが嫌いで。本当は少女漫画が大好きで。可愛いものが大好きで。


 でも、不良だからって、優しくないフリをして。苦手なブラックコーヒー飲んで。キュンとしない、少年漫画読んで。黒い服ばっか着てカッコつけてる。


 なのに、勉強嫌いなくせに、高校受験の時だけは、すごく頑張っていた。きっと、行きたい高校があるのだろうと、思っていた。


 それが。


 僕と同じ高校へ行くためだなんて。受験当日まで、知らなかったけど。

 その時から、彼女は僕の心の大事なところに棲みついた。

 

 そんな高校生活も、残り一年。

 来年の今頃は、それぞれ違う道へ進むんだ。


 そんな事を思いながら、僕は勉強机に向かって数学の予習をしていた。


「アンタさ、進路どうすんのよ?」


 唐突に聞かれて、僕は若干驚きつつも顔を上げ、振り向いて彼女を見た。


「進路? 一応、進学希望だけど」

「どこ行きたいとか、決まってるの?」

「まぁ、一応? なんで?」

「別に。ちょっと聞いてみただけ」

「ふぅん?」


 彼女は、毎週末。

 何をする訳でも無いのに、僕の家に来て。僕の兄が集めている漫画を読む。

 別に、何を話す訳でもない。僕が勉強していると、何故かいつも近くに座って、漫画を読んでいる。

 

 小学生の頃から、ずっと変わらず。

 

「自分はどうなんだよ。進路、決まったのか?」


 僕はまた机に向かってペンを走らせながら訊く。


「……まぁ。たぶん?」


 曖昧な返事に再び顔を上げ、彼女を見る。


「なんだよ、その多分って」


 そう笑っていうと、彼女は読んでいた漫画本を閉じて「だから……その」と、何かを言い澱むように口をムズムズ動かしている。


「なんだよ、言いたいことがあるなら言えばいいじゃん。らしくないなぁ」

「らしくないって、なんだよ。別に……。ただ、そっちがどこ行くかで、決めようかなって……」


 僕の進路先で何処へ行くかって? どういう意味だ?

  

 そう思って「なに? どういう意味だよ?」と訊ねれば、彼女は顔を真っ赤にしてこちらを見た。


「アタシは勉強出来ないからさ。いまさら、勉強したって大学なんか受かんないもん。だから、アンタと離れちゃうなって。でも、アンタがどこの大学行くか分かれば、その近くの専門とかさ、会社とか? そういうとこに、行こうかなって……」


 どんどん尻窄みになる言葉に、僕は目を丸くした。


「え……? え? 近くって……え?」


 僕が戸惑っていると、彼女は立ち上がって僕の胸ぐらを掴んできた。


 え?


 目の前には、目を閉じた彼女の顔がドアップで。唇には、柔らかいものが当たっている。

 

 僕は忙しなく瞬きを繰り返すだけで、金縛りにもあったみたいに、身体が動かない。思考も、何が起きているのか大混乱で……。


「……好きだから。近くに居たいって……思っちゃ、ダメなのかよ……」

「……え? 好きって……」


 なんとか出た声に、彼女は顔を歪ませた。


「頭いいくせに、バカなのかよ……!」


 僕の胸ぐらを乱暴に放して、鞄を掴んで出て行こうとした。

 

 自分でも、分からない。

 でも、今、帰しちゃダメだと。本能で体が勝手に動いていた。


「なんだよ! 離せよ!」


 泣き声でそういう彼女の体を、背後から抱きしめて。僕は彼女の肩に顔を埋めた。


「離さない」

「……! な、何言ってんだよ!」

「好きだから、離さない」

「……」

「好きだよ」

「……今まで、そんな素振り、見せなかった」


 震えた体。僕は、抱きしめる腕を強めた。


「言えなかったんだ。……この先も、ずっと一緒に居たい。フラれたら、一緒に居られなくなる。なら、言わないで、友達のままで。ずっと側に居たいと思ってた」

「……進学したら、会えなくなるじゃん」

「だから、会える周辺の大学へ行こうと思ってた」

「アンタの頭なら、都会の大学だって目指せるだろ……」


 泣いてるのに、どこか拗ねた言い方に、僕は思わず笑ってしまう。


「離れたくないから、考えてもなかった」

「……ずるいよ。そんなの……」

「そうかな。ねぇ……」


 僕は腕の力を緩め、彼女を振り向かせた。


「僕のこと、好き?」

「……さっき、言ったじゃん……」


 真っ赤な泣きっ面。普段は、キリッとした美人なのに。可愛いと思った。


「もう一回聞きたい」

「……女みたいなこと、いうな」

「それ、偏見」

「ち、違うしっ!」

「言って?」


 耳元で囁いてみれば、彼女はビクリと震えた。上目遣いで見てくる彼女が、あまりにも愛おしくなって。僕は、彼女からの「好き」を聞く前に、顔を寄せてしまっていた。


 柔らかく、お互い、ちょっと拙いキスを続けて。


 このままずっと、一緒に居たいと。改めて思いながら。心から気持ちを込めて、彼女にキスを贈った。



×××

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コバルトブルーの空の下で 藤原 清蓮 @seiren_fujiwara

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