第30話 チョコレートデー


「今日はチョコレートの日です」

「あ? そぉなん? まだ二月だぞ?」

「は? お前こそ、何言ってんだよ。二月だからチョコレートの日なんだろうが」

「国際チョコレートデーは、七月七日だったはずだぞ?」


 俺はスマホを出して検索をする。


『チョコレートの日 いつ』


「ほら、でた。な? 七月七日だろ?」

「わ、本当だ。ってか、そっちを知ってるのに、今日を知らないお前が怖い」

「なんで怖いんだよ、失礼な」


 確かに、廊下や昇降口が騒がしかった。


「やぁ、非モテ男くんども。おはよう!」

「来たよ。今日ほどオマエがイヤな奴と思う日はない」

「おはよ」


 ラッピングされた紙袋を両手に数個ずつ持つ友を見上げる。ニヤリと笑ったコイツは、顔だけは良い。顔だけは。

 

「相変わらず無反応のお前が、ほんっと、可愛くないって、今日ほど思う日はない」


 イケメンモテ男が、非モテ友が言った言葉を変えて俺に向けて来た。


「興味ないだけ」


 俺は机にうつ伏せ、目を瞑る。


 なんだか、今日は教室が甘い匂いだ。ふわふわした甘ったるい香りに頭が痛くなる。


「おい、顔色悪いぞ? 保健室行くか?」

「コイツ、ケーキ屋の息子の癖に、甘いもの嫌いだもんなぁ」


 そう。

 俺の両親はケーキ職人。カッコよく言えばパティシエ。

 そこそこ有名で、TVや雑誌で取り上げられたこともある。


 子供の頃から、両親はある一定の時期になると帰ってこない日が続く。

 クリスマスは最大のイベントだし、こどもの日とか、ハロウィンなんかも、まぁ忙しくしている。

 けど、クリスマスの次に忙しいのが、バレンタイン。そう、親友が「チョコレートの日」と言っている今日のことだ。

 

 深夜に帰ってきて、早朝に出掛けていく両親。チビの頃はばぁちゃんが俺を見ていてくれて、真夜中に寝ている俺の頭を撫でていくのは、気が付いていた。だって、いつも甘い匂いがしていたから。

 身体に染みついた菓子の匂い。

 気が付けば、その匂いが嫌いな匂いに変わっていた。


 チビの俺から、親を奪っていく菓子も、クリスマスもバレンタインも。大嫌いだった。


 高校生になった今じゃ、そんなもん、どうでも良くて。ただ、匂いだけは今も苦手だ。


「保健室、行ってくるわ」

「おお、先生には言っとくわ」

「ありがと」

「一緒にいくか?」

「いや、大丈夫」


 気怠い身体を引き摺るように、教室を出る。どこもかしこも甘い匂い。吐き気がする。


 どうにか辿り着いた保健室も、こんな時に限って先生が居なくて。もう、歩く気力も無いが、とりあえず中庭へいこうと、足を運んだ。


中庭は芝生になっていて、校舎沿いに花壇がある。土の匂いがして、少し気分が落ち着いてきた。日差しがある所では目立ってしまうので、日陰になる場所に腰を下ろし、深く呼吸を繰り返した。


 今日は天気が良く、少し冷んやりした空気が気持ちがいい。

 ぼんやり空を眺めていると、視界の端に一人の女子生徒が入ってきた。


「あ……」


 同じクラスで、俺がちょっと気になってる子。

 キョロキョロと誰かを探しているのか。辺りを見回しながら、連絡通路を歩いていた。ふと、視線が合う。

 彼女は「あ、」という口の動きをし、小走りにこちらへ向かってきた。

 え、なんで? なに? と思っていると、彼女は俺の前に立って「大丈夫?」と心配気に訊ねてきた。


「具合悪くて、保健室に行ったって聞いたから。でも、保健室に居なくて、探したんだ」

「そか……。うん。まぁ、少し落ち着いてきた。ごめん、なんか用だった?」

「ああ。いや、そんな重要な事でもないけど。これ……良かったら……」

「なに?」

「ココアクッキー」

「ああ……ごめん、俺、甘いの苦手なんだ。今日、教室が甘ったるい匂いが凄いから、それで頭痛してさ。ごめんな」


 俺は申し訳ない気持ちで謝ったが、彼女は泣きそうに少し顔を歪めた。が、すぐに笑みを見せる。


「そっか! こっちこそ、ごめん! 知らないで、こんなの渡そうとして!」


 ふと、俺は気が付いた。

 これは、食べる食べない関係なく、受け取るべきだったんじゃないのか??


 彼女が「じゃあ」と立ち去ろうとしたのを、自分の身体が自然に動き、手を伸ばして引き留める。驚いて振り向く彼女に、俺は自分の行動にドギマギしながら、えっと……と、話し出した。


「あ、えっと、あ! あの、それ貰おうかな……」

「甘いの、苦手なんでしょ? いいよ、無理しないで」

「いや……確かに、苦手ではあるけど……君が作ったの?」

「……うん」

「ひとつ、ちょうだい?」


 だめ? と、上目遣いで聞けば、彼女は顔を赤く染めて、少し嬉しそうに頷き俺の隣に座った。

 可愛らしく包まれた袋の中から、焦茶色のクッキーが数枚。その一番上に乗っていたクッキーを一枚取ると、俺は勢いを付けて口に放り込んだ。

 噛んだ瞬間。俺は、呻いた……。


「ごれ、なに゛い゛れだ?」

「え!? まずい?!」

「めちゃ、しょっぱ苦い……」

「え!?」


 俺は咳き込みながら、なんとか無理矢理、飲み込む。そして、さらに咳き込む。


「ごめん! やだ! わたし! 本当ごめん!!」

「いや、大丈夫……」


 大丈夫じゃないけど、ある意味で大丈夫。甘くなくて、助かった。

 いや、あれ? 助かったって言って、あってるのか??


「作って、味見しなかったの?」

「味見しちゃうと、全部食べちゃう気がして……」


 恥ずかしさで顔を真っ赤にし、泣きそうに俯く彼女に、思わず俺は笑い声を上げる。

 その姿が、あんまりにも可愛くて。可愛くて……。


 俺の頭の中は、校舎中に漂う甘ったるい匂いに、やられたんだろうな。きっと。


「じゃあ、口直しくれる?」

「口直し?」


 不思議そうに小首を傾げ、俺を見る彼女の頬に手を当てて、唇を重ねた。


 甘い……。でも、悪くない。


 そんな気がした。


 そっと離れる。


 さっきより、顔を、首元までも真っ赤にした彼女。


 あ、ヤバい。俺を好きかも聞いてないのに、キスしてしまった。


「ご、ごめん、あの……ごめんなさい」


 思わず謝ると、彼女は勢いよく首を横に振り、こう言った。


「ごちそうさまでしたっ!」


 ん? これは……両想いで、OKってこと?



×××

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