第9話 不器用な二人


「でさぁ、サトシがねぇ、も、何回もチュウしてきてぇ」


 私の自室のベッドに寝転びながら、一歳年上の幼馴染が初めて出来た彼氏とのノロケ話を始めてから、かれこれ二時間経つ。こやつは、高校生になってから風紀が乱れている。

 私は早々に話半分で聞いていたにも関わらず、彼女は気にする風でもなく話を続けている。

 私はふと、気になることを思い出し、勉強机から顔を上げ幼馴染を見た。


「ねぇ、キスした時って、甘酸っぱい味するの?」 


 色々な本を読んでいると、そういった表現が多く、ふと気になったのだ。

 私の質問に、幼馴染は「はぁ〜?」と呆れた顔でこちらを見る。


「なにいってんの? そんなんするわけないじゃん」

「じゃあ、どんな味?」

「どんな? え〜。そんなの、自分で確かめたらいいじゃん!」

「彼氏いないから、無理だよ。で? どんな味?」


 私は少しズレた眼鏡を指先でクイっと持ち上げ、「さぁ、話たまえ。聞いてしんぜようぞ」と、偉そうに言い、幼馴染に向き直る。


 幼馴染は、あれだけ散々ノロケ話をしていたくせに、いざとなると頬を赤らめ、モジモジとしながらポソポソと話しだした。

 私は「ほぅ、ほぅ」と頷きながら、関心を持って話を聞いた。



 数日後____


 放課後、私は保育園の頃から腐れ縁の男子生徒と美化委員の仕事を終え、教室へ向かおうとしていた時のことだ。


 中庭に誰かいるなぁ、と思いながら歩いていると、「うわぁ」と隣から声が聞こえた。


「どうしたの?」

「え、あ、いや……。ほら、アイツら……」


 彼が指差す方向へ顔を向けると、おそらく下級生と思われる男女が……せ、……接吻しているではないか!!!!!

 

「あんま見んな! 行くぞ!」


 私の腕を掴んで、早歩きでその場を立ち去る。

 教室に着いても、私は先程見た光景が目に焼き付いて離れない。気が付けば、私はとんでも無いことを、口にし出していた。



✖️✖️✖️



「とろこでよ、お前ら、キスしたことあるか?」


 五月の連休中。

 親戚の集まりで、ばぁちゃん家にやって来た俺。従兄弟は俺を含め全部で四人。見事に全員男で、年齢も近いため、ちょいちょい一緒に遊ぶ。

 今日も、親達が宴会で盛り上がっている最中、俺たちは、ばぁちゃん家の二階に上がって、従兄弟が作った即席のボードゲームで遊んでいた。


 俺より二つ年上の従兄弟が、ふいにそんな事を言い出し、三人の動きが止まる。


「そういう自分は、あんのかよ」と、今年高校に上がった俺より一つ年上の従兄弟が言った。

 

「ふふ〜ん、ある。初めては、高一の時」

「マジかっ!!」と、俺と同い年の従兄弟が驚きの声を上げる。


「先越されてんじゃん! いや、まて。俺は今、高一だ。そして、今はまだ五月だ。時間はじゅうぶんにある!」

「何の時間だよ……」


 俺は一つ年上の従兄弟にツッコミつつ、ズレ落ちた眼鏡を持ち上げ、サイコロを振った。出た目の数分だけコマを進める。


「あ、」

「あ?」

「おぉ〜」

「このタイミングでソレ出すの、お前らしいわ」


 俺が止まったコマ。


『恋人にキスを迫り、引っ叩かれて一回休み』



 数日後_____


 美化委員の仕事を終えた俺は、保育園時代から腐れ縁の女子生徒と教室へ向かっていた。

 その途中……。

 中庭で、下級生が木陰に隠れてキスしているのを目にしてしまった。

 隣を見ると、興味津々に凝視している。いかん、これは。ここから早く離れなければ。

 そう思い、俺は彼女の腕を掴んで急ぎ足で教室へ戻った。


 さっき目にした光景のせいか、小走り状態でここまで来たせいか、俺の心臓はえらく早く動いている。


 なんだか、めちゃくちゃ疲れた……。


 気怠い身体を、ゆっくり動かしながら荷物を鞄に詰めていると。


「……キス、した事ある?」

「ふぇ?」


 唐突に言われたその言葉に、思わず気の抜けた返事をしてしまった。


「お主は、キスをした事があるのか?」

「お主って何だよ! お主って!」


 前から、ちょっと変わってる奴とは思っていたけど……。


 何だよ! お主って! 何だよ! その質問!


「質問に答えよ!」

「何怒ってんだよ! したことねぇよ! 悪いかっ!」

「じゃあ、私とするか!」

「はぁぁぁあああ〜〜〜?!」


 顔を真っ赤にしながら、何言い出してんだよ、コイツは!


「あのなぁ、そういうのは、好きなヤツとするんだぞ? もっと自分を大事にしろよ……」

「それなら大丈夫。私はお主が好きだから」

「はいぃぃ!?」

「好きです。お主が」


 女の子に告白されるの、憧れてましたよ! でも、こんな告白の仕方あるかよぉ、神様ぁ!


「私では……やっぱりダメか……」


 見る見るうちに風船が萎んでいくように、彼女の背中が丸まり小さくなっていく。


「いや……その、ダメとか、そーゆーのとは、ちょっと違うっていうか……。なんて、いうか……」


 コイツが嫌いなわけでは無い。ちょっと変わったヤツだけど、子供の頃から優しい気の良いヤツなんだって知ってるし、好きなこととか、似てる物が多いし。気が合うのは、確かだ。


「ハッキリしろ!」と、突然彼女が声を上げる。


 俺が真剣に考えているのも知らないで!


 えぇい! 知るか! 後で泣くなよ!


 俺は、腕を掴んで勢いに任せキスをした……。


 が、お互いの眼鏡がぶつかり、上手くできない……。気まずい……。


「えっと……キスって、どうやるんだ?」

「……映画とかドラマでは、顔をこう……斜めに……傾けてる、よね?」

「ああ、そっか……じゃあ、失礼します」

「は、はい」


 頬を引っ叩かれることもなく、従兄弟の記録も塗り替えた。



 不器用な初キスを終えた俺たちは、その日、幼馴染から彼氏彼女の関係になった。

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