第27話 お題【高校生の甘酸っぱい恋】
体育館が、一気に騒つく。
卒業式本番の今日。
壇上から降りようと、階段の途中で立ち止まった女子生徒に、体育館内にいる全員の視線が集まっている。
今し方、彼女が放った言葉が、波の様に広がり押し寄せる。
僕は、真っ直ぐに向けられる彼女の視線から目を逸らせずに、ただひたすらに。震える身体を抑えるのに必死だった。
***
「---今日、私たちはこの学舎を旅立ちます。明日から私たちは、少しの不安を抱えながらも、夢と希望に溢れた未来へ、幾つもある選択肢を胸に、自らの足で歩んで行きます---」
卒業生代表として答辞を読み上げる彼女を、僕はただ、ぼんやりと見つめていた。
隣に居る権利を手放したくなくて。『友達』ポジションから先へ向かえなかった三年間。
彼女に初めて会ったのは、入学式の時。
僕の親が張り切ってて。早めに行って正門前で写真撮るぞと言うもんだから、登校時間より一時間も早く高校へ来た。
高校の正門までの桜並木が見事な学校で、親はその風景を誰も居ない時間に撮りたかったらしい。
僕はひとりっ子で、待ち望んでやっと産まれた遅くに出来た子供だから。両親はとにかく『記念撮影』を大事にしたがる傾向がある。本当は僕だって面倒だなって思うけど。でも、その気持ちを大事にしなきゃなと思う様になったのは、母親が入院した事がきっかけで……。
流石に一時間前には、ほぼ誰も歩いて居なかった。
だけど……。
桜の花びらが風に舞った瞬間、彼女が目に入った。
少し肌寒い春の青空を見上げて、柔らかく微笑んだ彼女があまりに綺麗で。思わず見惚れたのだ。
「あの子も新入生かしらね?」なんて、母親が言いながら彼女に声を掛けたのが、彼女を知るきっかけだった。
あの時は、誰にでも声を掛ける親に恥ずかしさしか無かったけど、今となっては感謝しかない。あの時から、僕らは。
一番最初に出来た『友達』として、三年間を過ごしたのだから。
生徒手帳の中には、まだ名前も知らない状態の彼女と二人で、正門前に並んで撮った時の写真が、大切に挟んである。
彼女は、新入生代表挨拶をする程、成績優秀者だった。
僕とは違う世界に生きる人なんだろうなぁ、なんて思っていたのに。何の運命のイタズラか。僕らは同じクラスになって、隣同士の席になって。気が付けば、いつも一緒に行動をしていた。
周りに付き合っているのか、なんて何度も聞かれたけど。僕らはいつも笑いながら『友達だよ』と応えていた。
彼女はモテた。だけど、誰とも付き合って居なかった。僕の存在が邪魔しているのか、そんな事を思って離れた時もあるけど、そうしたら、めちゃくちゃ怒られて。
『親友でしょ!』って、涙目で言われた時は、胸の奥がギュッとなって。本当は、抱きしめたいくらい、愛おしいと思ったんだ。
けど、『親友』なんて言われたら、そんな事、出来るはずもなくて。
僕は、この『友達』とか『親友』とか。その特等席を、誰にも譲りたくなくなった。紳士的に。いつでも彼女の一番でいたくて。
そんな下心なんて、一切見せない様に、気を付けながら。
そんな三年間の最後の日。
君は、いとも簡単に僕らの関係性を、破壊したんだ。
階段を降りようとして足を止めた彼女は、何かを決意した様に口をキュッ結び、真っ直ぐに顔を上げた。
「最後に、ひとつだけ」
マイク無しに、大声で言う彼女の声が、静まり返った体育館に響く。
「三年二組の…………くん」
僕の名前が呼ばれ、騒つく。が、彼女の次の言葉に、再び凪いだ。彼女の瞳は、確実に僕を見つめていて。
「私は、この三年間。あなたの事が、ずっと、ずっと……好きでした。いつも守ってくれて、ありがとう。一番の親友で居てくれて、ありがとう。三年間、ありがとうございました!」
彼女は深くお辞儀をすると階段を降り、席へ戻っていった---。
***
卒業式後。
僕は教室へ戻らずに、ピアノ室へ逃げ込んだ。
生徒会室の隣に、以前まで音楽室があったらしく、その名残りでピアノ室だけが残っている。四つの個室にアップライトピアノが一台ずつ置いてある。完璧な防音室では無いけど、校舎の角にあるから、特に騒音など問題になった事はない。
別に音楽科がある訳でもないのに、何故かこの部屋があって。僕は、何かモヤモヤする事があると、よくこの部屋でピアノの弾いていた。
「やっぱり、ここに居た」
ピアノ室のドアが開けられる。
僕はピアノを弾くのをやめ、顔を上げた。
「教室は大騒ぎ」
「……だろうね」
「……ごめんね?」
彼女は、本心から「ごめん」とは思っていなさそうな顔で僕の顔を覗き込む。
「いや……。ねぇ、何であんな事、言ったの?」
僕は首の後ろに手を当てて、俯きながら訊ねた。何となく、彼女の顔を見るのは怖くて。
「……最後に、後悔したくなかったから」
「…………」
彼女は僕の隣に強引に腰を下ろす。僕は俯いたまま少しずれて、スペースを空けた。
「私、何度か告白しようとしたこと、あるんだよ?」
初耳だ。いつだろう、と思っていると。
「野生の勘かどうか知らないけど。その度に、君は何か思い出して、どこか行ってしまったの。いつも逃げられてた。だから、どうやったって逃げられない場所で、告白しようって思ったの」
「……だからって、卒業式に……」
「今日しか、チャンスが無かったんだもん」
僕は顔を彼女に向けた。
真っ赤な顔で。耳まで真っ赤にして。
なんか、かわいいって思ったら、身体が勝手に動いていた。
「……え?」
彼女は自分の頬に手を当てて、目を丸くし僕を見る。
「いま……キス、した?」
「……ん。した」
そう言って、今度はその小さな唇にキスをして、すぐに離れようとしたら。首の後ろに手を回されて、そのまま。
暫くして、漸く離れると。二人でおでこを引っ付けて笑った。
「ありがとうな。好きだよ。三年前から、ずっと」
「うん……私も。はじめて、一緒に写真撮ったあの日から、ずっと好き」
僕らは、二人で声を重ね笑った。
卒業後、別々の学校へ行くけど。
たぶん、僕らなら大丈夫だって。
そう思うんだ。
×××
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今回の短編は、X(旧Twitter)にて、仲良くして頂いているハンくんさんからのリクエストで「高校生の甘酸っぱい青春」ということで、書き上げました。
読んで頂き、ありがとうございます!m(_ _)m
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