第28話 お題 第2弾【受験生の青春】



「年越しそば、出来たわよぉ」


 一階から大声で俺を呼ぶ、かぁちゃんの声に、俺は小さく息を吐いて持っていたペンを置いた。

 スマホの時計をチラリと見る。

 年が明けるまで、あと一時間。


「ふむ……」


 今現在、季節は冬。

 そして、年末。

 受験勉強の追い込みの季節です。

 

 俺は両腕を天井に向け上げると、大きく伸びをして、一気に脱力した。

 すると、スマホの画面にメッセージ通知が浮かび上がる。


『まだ起きてっか?』

[起きてるよ]

『初詣いかね?』

[初詣? 明日?]

『今から』


「はぁ? 今から?」と、声に出しながら打つ。


『そ、今から。外見てみ?』


「外?」


 何のこっちゃと思いつつ、どうするかなぁ……と、考える。そして頭を掻き、カーテンを開けて窓の外を見た。


「あ! 出て来た!」


 微かな声に、俺は下に視線を向けた。


「え!? 何やってんだよ、お前ら!」


 家の前には、親友三人がニヤリと笑って手を振っている。


「はつもうで、いこうぜ!」


 笑いを抑えつつ、極力声を出さない様に言ってくる三人に、俺は呆れつつも笑えてきた。


「ちょっと待ってて、親に言ってくるから!」


 俺は部屋を出て、かぁちゃんに事情を説明すると「あんた達、受験生なのに」と言いつつも苦笑いして小遣いをくれた。


 俺は急いで準備して外へ出る。


「お前ら、何やってんだよ」と笑いながらいうと、メッセージを送って来たヤツが笑った。


「高校最後の大晦日だしさ。今日くらい良いだろ? 新しい年になった瞬間に神頼み! ってさ」


 住宅街を抜け、俺の家の近所にある神社へ向かった。真夜中だけど、さすが大晦日。結構、人が歩いていて、なんだか深夜とは思えず時間の感覚がおかしくなる。

 神社の前には屋台が並んでいる。こんな時間だけど、旨そうなソースの匂いや甘い匂いに、つい覗き見てしまう。


「帰りに何か買おうぜ」


 そんな事を話しながら境内に入ると、想像よりも多い人出に少々驚いた。普段なんて、殆ど人が居ないのに。詣に並ぶ人達の後ろに並び、無事に神頼みを終えた俺たちは、境内で振る舞われている甘酒を飲みながら談笑していた。


「あれ?」


 ツレの視線の先を辿ると、そこには同じクラスの女子と他クラスの俺の好きな子がいた。


「おっ、お前の好きな子が一緒にいんじゃん」


 ニヤニヤと腹をこづいてくる。


「声掛けてみる?」なんて、他のツレが話していると、向こうもこっちに気が付いて近寄って来た。


「なんだ、来てたんだぁ」と、声を掛けてきて。みんなでワラワラと動き出す。俺の親友三人は、何やらニヤリと俺を見て笑みを浮かべると、俺と俺の好きな子を二人きりにした。


 彼女を知ったのは、文化祭実行委員の時。俺達のクラスと彼女のクラスで共同出し物をしたのだ。共同出し物など、今まで行ったクラスなどなく、新しい試みだった。

 俺と彼女は、ほぼ毎日のように顔を合わせ打ち合わせをして、指示を出してと、なかなかハードな日々だったが、やり甲斐もあって。気が付けば、俺はいつからか彼女を目で追っていて。気になる存在になっていって。好きになってて……。

 でも、俺らは受験生だし。浮ついてる暇はないんだと、自分に言い聞かせて来たけどんだけど……。


 好きって自覚すると、自分の心であっても、そんな簡単に気が付かないフリ出来ないっていうか。


 気がつけば、好きが溢れてたんだ……。


「あ……と、さ、寒くない?」

「え……? あ、うん。……甘酒を飲んだから……」

「そ、そっか……」


 ヤバい。

 話が続かない。

 何話せば良いんだ!?

 委員会の時は、散々二人だけで話して来たのに!


「あの……」


 俺が何を話そうと頭をフル回転させていると、彼女の方から声を掛けてくれた。


「ん? なに?」

「あの、ね。実は……今日、もしかしたら、キミに会えるかなって。何となく思って、初詣、来たんだ……」

「へ?」


 思わず間抜けな声が出る。


 いま、俺に会えるかなって思って来たって、言った??


「文化祭終わってから、なかなか話出来なかったでしょう? 塾とか忙しくなって、放課後とかも……」


 んんん??

 これはぁー……もしかして、もしかする?


「さっき、神様に『好きな人と会えます様に』ってお願いしたの。……叶っちゃった」


 えへへと、頬を染めて照れ笑いする彼女を見て、俺は心の中で絶叫する。


「え……。それって……え?」


 プチパニックの俺の手を、彼女の指先が触れた。俯き加減でいる彼女の睫毛は、とても長くて。薄暗い境内のオレンジ色の明かりに照らされたその顔が、妙に大人っぽくて……。


「あの、ね……」

「う、ん……」


 彼女は身体を俺に近寄せ、耳元に唇を寄せる。唇が僅かに当たっているのか、単なる吐息なのか、わからないけど。暖かい。耳に届いた囁き声が、俺の心臓を鷲掴みする。


「---……」


 ゴクリと唾を飲み込む。


「……ねぇ」

「はいっ!」

「御守り、買いっこしない?」

「お、御守り?」

「うん。御守りって、自分で自分に買うより、人に買ってもらった方が、効果があるんだって」

「そうなんだ……」

「いこ?」


 そう言って、彼女は俺の手を取って歩き出す。

 ちょっと待ってくれ。

 俺はまだ、何も言えていないんだよっ!

 

 そんな事を思いつつ、親友三人を探したが、すぐに見つけ出せない。そのまま手を引かれ、俺は御守りを買いに社務所へ向かった。

 そこも案の定というか、人集りが出来ていて、俺たちはひとまず並ぶ事にした。


「あの、さぁ……」

「うん」

「さっきの、だけど……本当に?」

「……うん。本当だよ。神様と賭けをしたんだぁ、私」

「賭け?」

「うん。キミに会えたら、ちゃんと伝えるって。その代わり……」


 そこまで言うと、彼女は黙ってしまった。


「その代わり?」

「ううん、何でもない! あ、ほら。次だよ! 何色の御守りがいい?」


 話を逸らされ、俺は少し引っ掛かりを持ちながらも御守りを選んだ。

 

 無事に御守りを買い、二人で人混みから離れた場所へ移動する。

 お互いの御守りを交換すると、俺は改めてさっきの話の続きを訊ねた。すると彼女は、瞬時に顔を赤く染めていく。何か小声で言っているのが分かり、俺は少し身を屈めて「なに?」と近寄ると、誰かに思い切りぶつかって来られ、よろめいてしまった……。


 と、同時に。唇に柔らかな感触が触れる。


 お互い、目を見開き見つめ合う。

 ハッと気が付き、俺は急いで顔を背けた。


「ご、ごめん! 今のはハプニングだから!」


 そう! ハプニングだ!

 ハプニングチューだ!!


「だ、大丈夫! 平気! むしろ、嬉しいから!」

「えっ!!」

「あっ!!」


 きっと、今の俺はあり得ないほど、顔が赤いだろう。目の前の彼女の様に……。


「あのぉ……さっきの……」

「本当。だよ……」


 彼女が俺の耳元で囁いた言葉は。


『好きよ』


 俺はグッと強く目を閉じると、たった今貰った御守りを握り締める。


 ちょっと勇気ください!


 閉じていた目を開けると、彼女がどこか不安気に俺を上目遣いで見ている。お嬢さん、それは反則だよ。可愛すぎ。もう良いけど。


「俺も、好きだよ」


 そういうと、素早く唇に小さくキスをした。


 彼女は、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませる。


「……叶っちゃった……」


 本日、二度目の叶っちゃった。


「なにが?」と、思わず訊ねてしまう。


「……あのね、さっき、神様にお願いしたって言ったでしょう?」

「うん……」

「私、勇気だして告白するから。その代わり、両想いにしてくださいって……」


 その言葉に、顔が熱くなる。熱出たかも。知恵熱みたいなの。

 もう、頭の中、収集つかねぇよ……。


「受験、頑張ろうね! 一緒に」

「へ? あぁ、うん」

「あ、あと。明けましておめでとう」

「ああ、うん。明けましておめでとう。今年もよろしく」

「うん!」


 新しい年。


 俺らの関係も、新しくなった。

 

 受験生だから、浮ついてる暇は無いんだけど。まぁ、二人で頑張ろうって言ったばっかりだし。大丈夫だよな。


 うん。大丈夫。


 きっと、上手くいく。


 だって、彼女の願いが叶ったんだから。俺の願いだって叶うよ。


 同じ大学へ行こうな。っていう、願い。



×××


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