第14話 本気の恋 〜チョコレートキス〜


 チョコレートみたいに、とろける様な甘い口付けを交わしたい。



 それは、初めて「本気の恋」というモノを知った私の願いであり、夢。



 と、いってもこの「本気の恋」は、疑似恋愛なんですけどねぇ……。

 昨日観た映画に出てくる主人公に、私はガッツリ「本気の恋」をしてしまったのだ。


 何が良かったって、主人公役の彼の顔も声も好みだったけど、仕草や、はにかんだ笑顔……何より、その主人公の性格がもう、たまらなく……。はぅ……。


 そして、そんな私の心を天使の矢なんて可愛いものではなく、スナイパーの銃撃のごとくドスンと撃ち抜いたのは、主人公とヒロインが別れ際に交わすキスシーンがあまりにも美しすぎて……。


 あぁ、ダメ。思い出しただけで、鼻血でそ……じゃなかった。涙が出そう……。



「はぁ〜……」


 私が思い出し溜め息を吐いていると……。いつの間か隣に人の気配が。


「なに、どした? そんな憂いを帯びた色っぽい顔して」


 私は横目で声の主をチラッと見て、再び息を吐く。今度の溜め息は、なんだ、コイツか。の溜め息。



 昼休憩。

 簡単な食事を済ませて、私は会社の屋上へ向かった。

 よく晴れた日は会社の屋上が開放されていて、意外と人が来る。

 私の肩辺りまで高さのある手摺りに両腕を乗せて、その上に自分の顎を乗せていた。

 隣にいつの間にか立っていた同僚の男性社員が、私の顔を覗き込む。


 コイツは無駄に顔が良くて背も高いからか、密かに想いを寄せる女性社員も多い。

 が、私はコイツに興味がない。それを本人も気が付いているのだろう。しょっちゅう、私にちょっかい出してるから、私への女性社員の視線が痛い、痛い。

 多分、コイツ(モテ男と仮名を付けよう)にとって、私は話しやすい女性社員なのだ。他の女性社員の様に色目使ってこないし、変に誘ったり、媚びたりもしないし。何の気疲れもせず、気軽に話せる唯一の女性社員という感じだろう。というか、本人も過去にそう言っていた。

 そんなモテ男に「付き纏うな、迷惑だ」と言っても、へっちゃらな顔して、なんだかんだで話しかけてくるのだ。そんなのも一年も経てば、私も慣れてくるものでして。

 嫌い嫌いと言いつつも、どうでもいい雑談くらいは、する様になった。


「私、本気の恋、知っちゃったの」

「本気の恋?」

「うん」

「何それ? え? ちょっと待って? もしかして、今まで誰とも付き合って来た事なかったのか?」


 モテ男が驚きつつ、気を遣ってなのか声を潜めて聞いてくる。

 誰とも付き合った事ないって……なぜ、そうなる。と、心の中でツッコミつつ。


「まっさか。ありますよぉ〜、それなりに。でもね、それが本気だったかって言われたら、なんか違う気がする」


 私の言葉に、モテ男は眉間に皺を寄せた。


「ちょっと……よく分かんないけど。そうなんだ」

「うん。そう」

「その、君のいう【本気の恋】ってのは、どうして今回は分かったの?」


 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、私はモテ男に顔を向け、笑顔で応える。


「こうさ、よく天使の矢が刺さって、胸がキュンとするとか言うでしょう? あれの数倍どデカいドキュンが来たのですよぉ!」

「ほぉ……。それ、誰に?」


 私は、まさか「映画の主人公に!」とは言えず……とりあえず、適当に「アナタには内緒」と答えた。その答えに、モテ男は笑う。


「なんだよ、それ。じゃあ、言い方を変えるか。なんで今回は【本気の恋】だって、そう思った?」


 更に楽しげに聞いてくるモテ男くん。その質問には、即答出来た。


「だって、今までの恋が【本気の恋】だったなら、それがいずれ愛に変わって、今も別れる事なく一緒にいるんだと思う訳ですよ」

「ん? う、うん……。なんか、もしかして、今から哲学的みたいなこと言い出す?」


 少しだけ猫背になりつつ、私に身体を近づけて、綺麗な困惑顔を寄せてくる。腕が僅かに当たるか当たらないかの距離。ほんのり互いの体温が感じる。

 

 綺麗な顔の人は、困惑顔も美しいのね。なんか、腹立つわぁ〜。てか、ちょい近すぎんのよ。パーソナルスペース近すぎっ!


 私は、前髪を掻き上げるフリをして、そっと拳一つ分横にずれつつ話を進める。


「そんな難しい話じゃないですよ。でも、そう思いません? 本気の恋の場合、ただの恋よりも、相手を大切にしたいと思う気持ちが増すと思うんです。この関係性を守りたいって。相手を尊重して、二人でこの関係性を育てていきたいって」


 すると、モテ男は低く呻いた。


「アナタには分からないでしょうね。じゃなかったら、女の子取っ替え引っ替えしませんもんねぇ?」


 と、私がにやりと笑いながらいうと、モテ男は「おいおい」と苦笑いをした。


「どうしたら、そういう解釈になるの? 前から思ってたけど、俺に変なイメージ持ってない? 遊び人みたいな。俺、そんな移り気じゃ無いよ? 好きになった子には一途なんだけどなぁ」


 モテ男は、私がせっかく空けた拳一つ分のスペースを詰めてきた。私はあからさまに嫌な顔を作ると「へぇ」と低く短く答える。


「うわぁ……。興味ない顔してるわぁ。軽く傷付くねぇ」

「だって、興味ないですもん」

「あらま。こんだけ毎日アプローチしてても興味ないってハッキリ言われると、地味にショックデカいね」


 本当にショックを受けているのか、モテ男は少し顔を引き攣らせている。なんとも珍しい事もあるものだと思いながらも、今言われた事を「ん?」と思い、脳内再生をする。


 毎日アプローチしてるって言いました? この人。私に? アプローチ? 


 私はモテ男に体を向ける。真正面に向き合って立ち、その顔をまじまじと見つめた。モテ男は「ん? どした?」とパチパチと瞬きをし、私に倣って体をこちらに向ける。


「まさかですけど」

「ん? うん、なに?」

「私のこと、好きなんですか?」

「え? そうだけど。……今まで、本気で気が付いて無かったのか……」


 ダブルでショックだわ……と、独り言の様に言い、眉間に皺を寄せ口元に片手を当てるモテ男さん。


「嘘ですよね」

「何故そう言い切る」

「あり得ない」

「俺の心、見えてないのに勝手に断言するな」


 そう言ったモテ男さんは、形の良い唇を尖らせる。整った顔が、少し赤みを帯びていて……その瞳は少し、悲しげに見えた。

 

「俺にとっては、初めての【本気の恋】だ……君のいうドキュン級の衝撃があったから」

「……いつから……?」

「俺が君と一緒の部署に配属された日から」


 もう一年も前だ。


「俺、こんな顔してるでしょ?」と、自傷気味にいう顔に、私は困惑する。

 モテ男は再び手摺に両腕を乗せ、遠くに視線を向けた。


「君の言う通り、俺は女の子によく告白される。よく知りもしない人や、俺からしたら初めて会う人なんかも居て。他の奴とあからさまに態度が違う人とか。そんな人に告白されても、裏の顔見てるから惹かれない」

「……顔が好みでも?」


 ははっと短く笑って「昔はね。性格悪くても好みなら付き合った」とキッパリ言った。


「でも、それは学生時代までね。そんな付き合いは、当然、長く続かないし。大人になると、それは違ってくるよ。やっぱり」

「人はそう簡単には変わらない。遊び人は遊び人よ」


 私の言い切りに「なんか、以前に裏切りとかあった?」と苦笑いしながら訊いてきた。

 それに答えないでいると、モテ男は話を続けた。


「人を見る目っていうのは、元々ある方なんだ。俺」


 ん? 自慢話に切り替わった?


「色んなヤツが寄ってくるからさ、自ずと養われるの。だから、あまり人に対して期待とかしないんだ。でも君だけは、違った」

「……」

「君は、誰に対しても一定の距離感があって、誰に対しても矛盾のない態度だ。俺に対しても特別扱いしないで、同じ対応をしてくれた。その日の気分で態度が変わる事もなく、ずっとフラットで。それから、なんか気になって、観察してたんだ」


 なんてこった。観察されていたのか、私。


「君は、みんなが気が付かない小さな気配りが出来る人だった。例えば、会議の時のコーヒーの置き方とか、書類の配り方ね」


 ドキリとした。誰にも言われた事がない。確かに、私はその人に合わせて置き方、渡し方を変えていた。利き手や癖に合わせて。でも、そんな事は誰も気が付かない。


「心根の優しい人なんだと思って、益々気になって見てた。……俺が一度、ちょいヤバめなミスをしかけた時、君が一番はじめに気が付いて。それをまず、俺にそっと教えてくれて。残業してまで手伝ってくれて。大事になるとこもなく、無事に遂行できた。その時、君は一緒に喜んでくれた」


 覚えている。あの時は、本当に焦ったもん。


「あの時から、俺の心にドデカい矢が刺さりっぱなしなんだよ」


 私は……。

 ヤバい。さっきっから胸の奥が……スナイパーに蜂の巣にされる……。こんなの、初めての事だ……。


 なんと答えて良いのか思い付かなくて。私は事務服のベストのポケットに手を入れ、ある物をモテ男に差し出す。


「……なに?」

「……好きになってくれた、お礼」


 キャンディー包みされた、私が好きな高級チョコレート。ここで食べようと思って、来る時に二個ポケットに入れてきたのだ。


「さっきポケットに入れたから、まだ溶けてない。と……思う」


 モテ男は笑いながら「俺は子供かっ!」と言いつつ受け取り、早速包を開けて口にした。


「ん。ダークチョコだ。美味いよ」

「私の一番好きなチョコレート。疲れた時や頑張った時、特別な時に食べるヤツ」


 そう言って、私も残りの一つを口にして、手摺に両腕を乗せ、その上に顎を乗せる。


「今は、どんな気持ちで食べてる?」

「特別な気持ち」

「……」

「ありがとう。好きになってくれて」

「……。それは、どんな意味? 付き合ってくれるって勘違いするんだけど」

「うん。そういう意味」

「……それは……さ、【本気の恋】、ですか?」


 あ、さっき私【本気の恋】したって言ってたんだった。アレは、映画の話ではあったけど……。今、この胸の痛みは、映画以上だ……。


「そう」と短く答え、私はチラリとモテ男を横目でみて、微笑んだ。

 モテ男は、今まで見た事が無いくらいに顔を真っ赤にしていて、瞬きを繰り返していた。そして、素早く周りに視線を走らせ、私に身体を寄せた。


「大切にする」


 小さく耳元で囁く声が擽ったくて、私は笑いながらモテ男を見上げた。

 気が付いたら顔が近づいていて。


 私は抵抗する事なく受け入れた。


 それは、私が大好きなチョコレートの味がする口付けで。


 甘くて少し苦くて、柔らかく。

 心が繋がるって、こういうことなのかな。


 足がふわりとした感覚を持った、チョコレートみたいに、とろける様な口付けだった。



×××

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