第13話 夏至の魔女さま


 放課後の教室。

 友達と二人で恋バナをしていたら、いつの間にか夕暮れ時で。


「そういえば、今日は夏至げしよね」


 と、友達がいう。


「げし? なに? げしって」


 そう訊ねた私に、友達は呆れた顔をして「嘘でしょ」と言った。


なついたると書いて、夏至! 一年で最も日が長く、夜が短い日」

「ほぉ〜ん」

「何がほぉーん、よ。小学校で教わんなかったの?」

「ん〜、理科に興味無かったからなぁ。覚えてないや!」


 私の返答に、友達は「あっそぉ」と、情緒も何も無いだからと、軽く首を横に振った。


「私は、夏至って好きよ」

「なんで? 夜が短いから?」

「違うわよ」

「じゃあ、なんで?」


 友達は、夏至に興味無いのに、聞きたい〜?と、勿体ぶった言い方をした。

 何だかイラッとしたけど、何となく気になってコクリと頷く。


「夏至は、魔女の力が増す日って言われてるのよ。だから、願いが叶いやすいんだって。例えば、夏至の日にを枕の下に敷いて寝ると、未来の旦那様に逢えたり、今の恋が成就するって言われてるんだよ?」

「え!? なにそれ! 何の花?」

「んふふ〜。知りたい〜?」

「し、知りたいっ! 知りたいです!!」


 秘密の花の名前を聴いた私は、藁にもすがる思いで、夏至の夜、枕の下に花を敷いて、長いこと片想いの好きな人を思いながら眠りについた。


 その日みた夢は、私の告白が成就するという物だった。


 夢の中で見た空は、とても綺麗な夕焼け空で。飛行機が一筋の道の様に空に雲を残して去っていく。そんな風景の中で、私の告白は成功し……。


 く、く、くちびるが、触れるという!! 


 きゃーーー!!! チューしちゃうの!? わたしっ!!!


 と、興奮している所に、目覚まし時計がけたたましく鳴った。

 目が覚めてからも、その夢を私は覚えていた。

 何とも幸せで、最高の夢に私の心はウキウキで、ご機嫌に学校へ向かった。


 

 その日の放課後の教室。

 昨日と同じ様に、友達と昨日の話の続きをしていた。


「で? やってみたんでしょ? 夢、みたの?」

「みた!! めっちゃハッキリくっきり、バッチリ見た!!」

「どんなどんな?」


 友達が身を乗り出し聴いてきた。

 その時だった。


 教室の窓から見えた、ほんのり黄色が混ざり始めた空。

 一機の飛行機が、飛行機雲を作りながら空を横切っていく。


「あ!!」


 私は大きな声で叫ぶ。


「ごめん! 帰らなきゃ!!」

「え?! 何急に!」

「本当ごめん! 明日、ちゃんと話す! ちょっと告白しに行ってくるわ!」

「え!!? え! ちょっ! 待って! どういうことよぉー!」


 友達の叫び声を背中に、私は走って校舎を出た。



 空を見上げた私は、夢で見た場所へ行かなくては、と思った。

 自転車を走らせて数分。遮断機が降りた踏切の向こう側、私と同じ様に自転車に乗った彼が居て。

 私に気が付いた彼が、私の大好きな笑顔で手を振った。

 

 電車が通過するのを待って、早くバーが上がらないかソワソワして。


「どうしたの? こんな所で何してるの?」


 彼がどこか嬉しそうに私に聞く。ゆっくり近づいてきた彼に、私は言った。


「会いに来たの」

「え?」

「会いたくなって、会いに来た!」


 私の言葉に、目が飛び出るんじゃ無いかというくらい、大きく見開き、次に瞬きを繰り返す。


「と、とりあえず、ここじゃ何だから」と、彼は「着いてきて」と自転車を走らせた。


 彼の後を走って辿り着いた場所は、まさに夢の中で見た風景。


 私の心臓は、あり得ない速さで動き出す。


 二人で自転車を停める。

 私達が住む町が一望出来る場所。

 オレンジ色に町が染まって、すごく綺麗。


「好きなんだ」と、彼が不意に言う。


「え!?」と、驚きのあまり、変な声が出る。彼は笑いながら「俺、この時間の、この風景見るのが好きなんだ」と言った。


「なんだ……風景のことか」

「ん? なに?」

「え? いえ、何も」


 つい、心の声がダダ漏れてしまった……。


 改めて風景を見る。

 本当に綺麗。


 だんだん、心臓が落ち着いていく。信じられないくらい、透き通った心になっていく。気が付いたら、ぽろりと言葉が溢れた。


「私、好きなんだ。アナタのこと」

「え……」


 私は太陽が次の空へ帰る様子を見ながら、もう一度言った。


「好きです。大好き」


 へへっと、思わず照れ笑い。

 急に、フラれたらどうしようって、緊張しだす。せっかく落ち着いた心臓は再び激しく動き出す。


「ありがとう……」


 柔らかな声が耳に届く。

 私は彼を見る事が出来なくて。ずっと夕日を見ていた。


「実は、今日、まさかキミとこの丘に来れると思って無かったんだ」と、彼がいう。


 どういう意味だろうと思い、チラリと彼を見ると、彼も夕日を見つめていて。


「こんな事、恥ずかしいんだけど。実は、夢を見たんだ。キミとここに来る。それで、告白して、で……」


 そこまで聴くと、私は身体をクルリと彼へ向けた。


「わ、私も見たの! ここに来る夢!」

「え?!」

「ま、正夢になっている……恐るべし……魔女のまじない……」

「え? なに? 魔女?」

「ううん、何でもない、何でもない!」


 私は両手を振って笑って誤魔化すと、彼は「まぁ、いいか」と呟いた。


「そんでまぁ、なんて言うか。俺が見た夢の続き、聴いてもらえる?」

「は、はい!」


 私が勢いよく返事をすると、彼は小さく笑ってから咳払いをひとつ。


「俺と、付き合ってください……って、俺がいうの。したら、君は、うんって言ってくれて……」


 そこまで言うと、彼は私に身体を向けた。


「付き合ってもらえますか?」


 真っ直ぐな瞳に、私は涙が出そうになりながら「うん」と頷く。


 彼は、あははと笑いながら「正夢だ」と言って、優しく私を引き寄せ、柔らかく抱きしめる。


「それで、夢ではさ。この後、することがあって……」


 その言葉に、私は彼の腕の中で顔を上げた。目があった私達は、どちらとも無く顔を近づける。

 重なった唇は、マシュマロみたいに柔らかくて、信じられないくらいに温かい。


 私達は、ゆっくり離れると、お互い「へへ」と笑い合う。



 夏至の魔女さま、ありがとうございました。


 その夜、魔女のおまじないを教えてくれた友達にメッセンジャーアプリで、魔女さまの凄さを延々と語ったのでした。




×××


 

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