第12話 僕の黒歴史、からの……
今日は、僕にとって忘れてはいけない日になるはず。
いや、するんだ。忘れられない日に。
全寮制の男子高校に入って、まず後悔したことは、電車の中で他校生の女の子と恋に落ちたり、共学で他クラスの好きな子の様子を見て一日をウキウキしたり、もしくは同じクラスの好きな子と一緒に途中まで帰ったり……他にも色々。色々あり過ぎて上げきれない。
そんな女子生徒とのウキウキライフを送れない事が、僕にとっての後悔だった。
まぁ、そんな事は入学する前に分かりきっていた事だろうと言われるかも知れないが。
僕は、こんなにもガッチガチに男子としか接点が無いものとは、思ってもみなかったのだ。
そんな僕の男子校ライフに、一筋の光が差し込んだ。
そう!
文・化・祭!
文化祭というと、秋に行われる学校が多い様だが、僕の学校は他校と違って少し早い六月にある。なんでも、生徒同士がコミュニケーションを取りやすくなり、協調性が生まれクラスが纏まるからだ、とかなんとか。本当か嘘か、先輩が言うには、そういう事らしく。
とにかく、他校よりも早い季節に文化祭があるのだ。
文化祭ということは、だ!
普段、汗臭男だらけのこの校舎に! フローラルな香りが漂うということですっ!!
それについては、僕だけでなく、クラスの男共が鼻息荒く色めき立っている。
ホームルーム。
クラスで何の出し物をするか話し合いが行われた。
教壇に立つクラス委員長が、目力強く僕たちを見回す。
「いいか、おめぇら。どのクラスよりも女子を集めるネタを考えろ! それにより、俺たちの高校生活が天と地ほどに変わるんだ!」
「おおーーーー!!!」
野太い声が教室に響く。クラス担任は、呆れ顔ではあるが、黙って教室の隅に椅子を寄せ座っている。
すると、少し遅れて他のクラスからも野太い声が響いてきた。きっと同じ様な事をいい、気合いを入れているのだろう。
僕たちは、他クラスに負けるものかとネタを考える。ネタが他クラスと被ると、どちらのプレゼンが良いかにより、実行委員の独断と偏見により選ばれるという……。
僕たちのクラスは、一時流行った「執事喫茶」となった。
やっぱ、女子を集めるなら喫茶店だろ。しかも、直接話せるのも、接客系だろ!
という事で、喫茶は争奪戦になると聞いているため、ありきたりなプランでは他クラスに負ける。負けてなるものか! 僕たちは考えた。考えて、考えた挙句、出た答え。
【羊喫茶】 めぇ〜。
…………。
うん。皆まで言うな。わかっている。
だが、プランはこうだ! 服装は黒スーツ(親から借りる)、白エプロン(安いやつを買い揃える)、肝心なのは羊のぐるぐる!!(ラセン角)
ぐるぐるは、とりあえず美術部の奴らが妙に気合い入れて作ると手を挙げたので、それを期待することに。
そして何より! だーれーが、支給するかだ!
十時から四時まで。二時間おきの三交代制になった。それにより、意外と多くの生徒が支給係になれる。
これは一番盛り上がった。全員、目が血走ってヤベェ状態でじゃんけんぽん!!
こうして……僕たちのクラスは、無事に! 競争率の高い喫茶店の権利を……【羊喫茶】の権利を勝ち取ったのだった。
そして、待ちに待った文化祭当日ーーー。
「めちゃ可愛い子きた!」
「あ、あのおねいさんエッロ!」
「ちょ、俺にも見せろよ!」
「この校舎に女の子がいるよぉ!」
「あ! なんだよあの子! 男子校に来んのに男連れてくんな!」
「それは良いだろ、別に……」
とかなんとか、あちこちで色んな声が聞こえてくる中……。
宣伝隊の僕は、軽くへこんでいた。
なぜなら……。
「うん。ピッタリだ!」
「やっぱ、お前しかコレは着れんよ!」
「バッチリだ。完璧過ぎる」
美術隊が僕に衣装を着せて、笑いを堪えながら褒め称える。
「なーにーがーだーよ!! なんで僕だけこんなカッコなの!!」
そう。僕の格好は……羊の着ぐるみ。
しかも、顔だけ出てる。
美術隊の力作だ。こんなとこで、実力発揮すんな!
モコモコの白い羊。僕の身体にピッタリな大きさだ。
……確かに、僕はクラスの中では低身長では、ある……。
だからって……だからって!!
「これじゃあ、女の子と仲良くなれないじゃないか!!」
「アホ! 着ぐるみは無敵なんだぞ! お前、自分の可愛さわかってねぇな! 絶対モテる! 俺たちを信じろ!」
「笑いながら言ってんじゃねぇ!!」
そんな言い争いを経て、僕は宣伝隊として看板を持って校舎中を練り歩くことになった。
すると……。
「やだぁ、すごい可愛い!」
「あの羊のコ、めちゃくちゃ顔好みなんだけど!」
「きゃぁ、一緒に写真撮って良いですかぁ?」
「かぁわぁいいぃ〜♡」
なんだなんだ、モテてるじゃん、僕!!
許可なく僕の腕にしがみつく女子達。
写真を撮ってキャッキャ言いながら、僕の後をついてくる。こりゃ良いとばかりに、僕はそのまま自分のクラスへ案内をする……。
気がつけば、僕は宣伝隊として立派な仕事をこなしている……。
が、しかしだ!! 僕は誰一人からもメッセンジャーアプリの交換が出来てないっ!!
僕は半ばヤケになりながら、宣伝隊として仕事をこなした。
そして、一時間の休憩中。
僕は上級生のクラスの軽食を買って、人混みを避けて裏庭近くの芝生で昼食を食べようとしていた。
「あ、あの……」
僕が大きな口を開けてホットドッグを食べようとした時、可憐な声が聴こえて振り向くと……めちゃくちゃ美人の女の子が一人。
「あの、お隣、良いですか……?」
僕はキョロキョロと辺りを見る。僕だけだ。
僕は声なくコクコクと頷くと、女の子は僕の隣に座った。
「ごめんなさい、急に声をかけて……」
「いや、えっと……大丈夫、です。はい」
「ふふ」
「えっとぉ……」
僕が戸惑っていると、彼女は「覚えてない? 私のこと」と唐突に言った。
「へ?」
「ふふふ。やっぱり、覚えてないのねぇ、ーーーくん」
見覚えのない彼女は、僕の名前を言った。
「まさか、羊の着ぐるみ着て練り歩いてるとは、思わなかったけど。でも、すごく似合ってる」
「あー……それはぁ……どうも。で、あのぉー……ごめん、キミ、誰?」
「ひどい。初キスの相手、忘れてるなんて」
「へ??」
初キス?? ナンノハナシ? ワタシ、シラナイヨ?
僕の頭の中は、疑問符だらけだ。人生此の方キスなど無縁だったのだから。
すると彼女は小さな鞄の中から、何やら手帳を出した。その中から、一枚の写真を僕に見せた。
そこには、まさかの僕と……ポッチャリ……を通り越したドッシリ体型の女の子に、写真の中の僕はキスされてる。というより、食われてる……。
僕は、遠い記憶の彼方へ追いやっていた黒歴史を、今、思い出した……。
「…… ちゃん?」
聞こえるか、聞こえないかの囁く様なか細い声で訊ねる。
「ふふふ。そう! 正解! あはは!」
彼女は嬉しそうに僕に抱きついて来た。僕は呆然と、されるがままに固まってしまった。
「覚えててくれて、嬉しい! じゃあ、これも覚えてる?」
「ほへぇ?」
間抜けな声で返事をすると、彼女は僕の両頬を優しく包み込んだ。と、同時に、唇に柔らかいものが当たる。
僕は目を見開き、何が起きているのか仕切りに頭を働かせようとした。
唇が、ゆっくり離れていく。フローラルの香りが鼻腔をくすぐる。何が起きてるのだ?
「大きくなったら、彼女にしてくれるって、約束」
彼女が僕の耳元で囁く。
すると、一気に思い出す。あの黒歴史を!!!
「あたち、ぜったい、ーーーくんの、およめしゃんになるっ!」
「ぜったい、いやだ!」
「なんで? こんなにも、あたちたち、あいちあってるのに!」
「あいちあってないもん!」
「いや! なら、おおきくなったら、まず、かのじょになる!」
「いやだ!」
「なるの! なるったら、なるのー!!」
そこで、僕の唇は食われた。
「いやいやいやいや、僕は彼女にしてあげるなんて、言ってない!」
「なんでよ! まだ認めないの?」
「いやいやいやいや! そもそも、久々にあって僕の許可なくキスすんなよ!」
「キスしたら、思い出してくれると思って……」
「夢見がちかっ! 御伽噺の読み過ぎだわ!」
「でも、思い出したでしょう? ふふふ」
「いや、その……思い出したけども!」
「じゃあ、彼女にしてくれる?」
「なぜそうなる!?」
「なら、もう一度キスしようかなぁ?」
「だから、なぜそうなるんだっ!」
「もぅ! そのお口、うるさいぞっ!」
だからっ、僕の唇を食うなぁ!!!
そんなこんなで、僕の文化祭は、宣言通り一生忘れられないものとなった。
そして、僕の男子校ライフは、痩せて綺麗になった幼馴染のお陰で、楽しいものになりました、とさ。
×××
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