第18話 私だけの秘密
深夜のニュース番組が、そろそろ終わりを迎えるころ。
天気予報士が、まもなく日付が変わりやって来る、明日の天気を伝えている。
私は、その天気予報を見て、テレビを消した。そしてベッドに潜り込み、部屋の電気を消す。スマホを手に天気予報のサイトを複数見て、小さく息を吐いた。
先週、ずっと想いを寄せていた隣のクラスの男子生徒から告白をされて、両想いだったんだと知った。
私は、何を血迷ったのか「友達から、よろしくお願いします!」と言ってしまった……。
思い出しても恥ずかしく、悔やまれる。
ああっ!! ばかっ! 私、ばかっ!!
枕に顔を埋め、呻き声を上げる。
その彼は……。
「じゃあ、友達として、来週一緒に出掛けませんか?」
と、デートのお誘いをしてくれました。
優しい……。
そして、明日。ついにその日がやって来る。お肌の為に早く寝ようと思っていた。のに。
女の子は、お分かりかと思いますけども。男の子の皆さま? 女の子ってね、色々と前日の準備が必要なんです。
まずは、服選び。服選びが決まったら、それに合う靴に鞄、そして髪型を考えて。メイクもどんな感じで行こうか〜とか。
あ! そうそう! 洋服に合わせてネイルシールもしなきゃ! とかね?
そんなこんなで、わちゃわちゃしていたら、あっという間に時間なんて過ぎてしまうの。そして気が付いたら、もう明日が来ちゃって。
明日は晴れだって、何度見ても晴れだって。降水確率ゼロだって。何度も確認して知っているけど。晴れの日に合わせた服装にもしたけど。
……私は、驚くほどに雨女……。
幼稚園の遠足も、小学生の体育祭も、中学生の修学旅行も、高校一年の林間学校も。他にも色々たくさん……。記念撮影の写真は、見事に傘を持って立つ私ばかり。
楽しみにしている日ほど、これがまた良くもまぁ、雨が降るのですよ。
前日までお天気マークだったくせに、当日で急変って! なんでよ! と、いうことは、まぁ、良くあるのです。だから、私は前もって彼にも私の数々の雨伝説をお伝えしたのです。
すると、彼はひと笑いしたのち、「心配しなくて大丈夫だと思うよ」と続けて。
「俺、めちゃくちゃ晴れ男なんだよ」
眩しくて思わず目を細め手を翳してしまう程、太陽みたいなキラッキラの笑顔で言った。
彼曰く、前日まで90%の降水確率でも、蓋を開けると晴れ。という経験は、それこそ幼稚園の頃からずっとそうなのだとか。
「従兄弟の兄さんに雨男が居るんだけど、君と全く同じ感じ。今まで人生のイベントぜーんぶ雨だったって人でさ。でも、俺が一緒に出掛ける日は全部晴れなの。それから兄さん、何か大事なことがあると、俺を連れて行こうとするんだ。さすがにプロポーズの場に連れて行かれそうになった時は断ったけど。そしたら、雨だった愚痴られたよ」
なんと素晴らしい能力! 私たち、きっと出会うべくして出会ったのよ!
そんなこんなで、私は直前まで雨を心配し続けていたわけで。
翌朝。
目覚ましより先に目が覚めた私は、無意識に窓へ目を向けていた。カーテンを開けなくても分かる、朝の日差しが漏れて薄明るい部屋に、思わず歓喜の声を上げる。
彼の言った通り、晴れている!
恐る恐るカーテンを開け、空を見上げる。
すごい! 雲一つない晴天!
私は嬉しくなって、予定時刻より三十分も早く起きて着替えをする。メイクをして、髪を整えて。最後に姿見をチェック。正面からぁ、横向いてぇ、後ろ姿は……ママに確認してもらった!
「よしっ! バッチリ」
朝食を食べようと思ったが、なんだか胸いっぱいで食べる気がしない。でも、会って早々にお腹が鳴るのも避けたい。そう思っていると、ママが黙ってヨーグルトにシリアルを混ぜた物を出してくれたので、それを食べた。
そうこうしているうちに、何だかんだで家を出る良い時間になっていた。
私は急いで歯を磨いて、最後にもう一度、簡単にメイクを直して家を出た。
晴れた空の下。ウキウキした気持ちを必死で抑え、待ち合わせ場所へと向かった。
「やぁ、早かったね!」
「おはよう! ごめんなさい、待たせちゃったかな?」
「いや、大丈夫。俺もさっき着いた所」
スマホの時計を見ると、約束の時間より二十分も早かった。それを見ていた彼と目が合い、二人で照れ笑いをしてしまう。
「正直、めちゃくちゃ楽しみにしてて。家に居ても落ち着かなくて、早く来たんだ。そしたら、君が直ぐに来たから、びっくりした」
彼は恥ずかしそうに言った。それを聞いた私は、もう天に召されても構わない……とっとっと。
いやいや、ダメダメ。もっと幸せになるために私は今日、ちゃんと答えを出すんだと、決めたんだから!
私達の初デートは、雑誌とかで読むお手本みたいなデートだった。
まず、学割がある水族館へ行った。
見終わると、近くにあるショッピングモールへ行き、ブラブラと冷やかして歩き、ちょっと遅めの昼食。ハンバーガーを食べた。店を出て、さてどうしましょうか、となった時。彼が、「近くに公園があるから、ジュースでも買って行ってみない?」と提案してくれたので、そうする事にした。
なんて健全で、なんて安心安全なデートだろうか。
外は相変わらず良い天気で、それだけもご機嫌になる私は、気が付かぬうちに鼻歌を歌っていた。
「ははっ。それ、何の曲?」
彼の言葉で、自分が歌っていた事に気がついて恥ずかしくなる。曲のタイトルを伝えると、彼が再び笑い声を上げた。
「可愛すぎて、全然違う曲に聞こえた」
「……どぉーせ、音痴ですよぉ」
口を尖らせ拗ねてみれば、彼は更に笑った。
自分が音痴なのは知ってるもん。父親譲りの音痴さで、今まで散々笑われてきたから、人前で歌わない様にしていたのに。なんで声漏れてるのよ、わたしぃ〜。
噴水がある公園。人がそこそこいて、ベンチがあるか気になったけど、日陰になる場所にちょうど空いているベンチがあった。私達は、そこに座って買ってきたジュースを飲む。少ししか歩いていないのに、とても喉が乾いてジュースが喉を潤してくれる。
ふぅと、一息吐くと、視線を感じて隣を見る。彼と目が合い、何故か忙しなく瞬きをし逸らされた。
どうしたんだろ? 何か変な飲み方してたかな?
「こ、この後、どうする?」と、突然、彼が言う。
今、ここに来たばかりなのに、もう移動したいのかな。
「そうだなぁ。もう少し、ここでゆっくりしたいかな」
「うん……。じゃあ、そうしようか」
「うん」
暑いけど、風が通り抜ける場所だったみたいで、風がそよそよと吹いて気持ちがいい。
風が揺らして音を奏でる木々の葉はキラキラと輝いていて、柔らかな音楽を届けてくれる。葉擦れの音が、こんなに心地よいとは知らなかった。きっと、好きな人と一緒だから、特別心地良く感じるのかも知れない。
目を閉じて、暫し音を聴いていると……。
ゴロゴロゴロ……。
ん?
なに? 今の音……。
ゴロゴロゴロ……ドーーーン!!
「え!?」
私は慌てて木々の向こうに見える空を見上げる。私の頭上は晴れている。が……少し向こうの空が……暗い……。
嘘でしょうー!!??
「ゲリラ豪雨か?! 急いで移動しよう!」
彼が私の手を取って、急ぎ足で公園を出た。
空を見上げると、さっきまでの青空がどんどん暗くなっていく。
ポツ……
あ、当たった……。
そう思ったのも一瞬。直ぐに土砂降りの雨になる。
私達は慌てて近くにあった屋根付きバス停の下へ潜り込んだ。
半透明の茶色いプラスチックの屋根に大粒の雨が降り注ぐ。
彼が何か言ったけど、聞き取れないほど屋根に当たる雨の音がうるさい。
私は自分を見下ろした。びしょ濡れの靴、せっかく綺麗に整えた髪も……きっとメイクもボロボロになっている。
「え……ぐっ……ふっ……」
「え! ちょっ! な、何で泣いてるの!?」
私は、なんだか情け無く、胸の奥から込み上げる物をそのままに、泣き始めてしまった。
慌てる彼に、私は更に泣き声を上げてしまった。
「せ、っか、く。かわ、いく……ひっく……したの、に……ひっく」
泣きながら言う私に、彼はきっと困った顔をしているはず。見てないから、わかんないけど。きっと、呆れてる。
そう思っていると、彼の手が、私の頭をぎこちなく撫で始めた。
私はしゃっくりしながら、彼を見上げた。
「……大丈夫だよ。今だって、じゅうぶん、かわいいよ?」
困った様に言う彼。その顔を見て、私は顔を歪める。
「うそだよぉ〜」
「本当だって! だって、俺の為に可愛いくお洒落して来てくれたんだろ? そんなん、めちゃくちゃ嬉しいし、雨に濡れても可愛いって思うよ!」
「うう……。嬉しい、の?」
「少しでも俺を意識してくれてるって事じゃん! 嬉しいに決まってる!」
彼は満面な笑みを浮かべて、人差し指で私の頬を突いた。
その嬉しそうな笑みをみて、私はホッとしてだらしなく顔を緩めた。
「あはは! かわいい! 本当にかわいい!」
「えへへ……。ありがとう……。あの、あのね!」
告白するなら、きっと今。
「あのね、私ね!……本当は、ずっと好きだったの」
彼は笑顔を瞬時に驚き顔に変え、私を凝視した。
「ほ……本当に?」
こくりと頷く私を、彼は勢いよく抱きしめる。
え! うそ! 抱きしめられてるっ!
「めちゃくちゃ嬉しい……。ありがとう」
耳元で囁く彼の声は、雨音が聞こえなくなる程、私の耳の奥に響く。
甘く響く声に、蕩けそう……。
彼が少し身体を離す。私を覗き込む様に見るので、私は顔を少し上げた。
唇に柔らかなモノが当たる。
リップ音が耳に届き、私はドギマギしながら彼を見つめた。
「ごめん、嬉しすぎて……。嫌だった?」
困った様に微笑む彼に、私は小さく首を横に振る。
「もう一回して、いい?」
今度は首を縦に。彼越しに見上げた空は、もう雨は降っていなくて。
その代わり……。
二度目のキスを、虹の下でした事は、私だけの秘密。
×××
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