第2話 穏やかな昼下がり
穏やかな昼下がり。
半同棲状態の僕らは、週末になると、どちらかの家で過ごしている。
僕の家は祖父から譲り受けた平屋の一軒家。都内までは少し遠い場所で、ボロいし狭いけど、僕一人で暮らすには何の問題もない。
猫の額ほどの小さな庭に、廊下、というには短い縁側。
天気の良い日、そこでのんびりお茶を飲みながら、彼女と会話をする事もある。その話を、ひょんな事から職場でしたら「まだ二十代じゃなかったか? まるでリタイアした熟年夫婦みたいだな」と笑われた。
確かにその通りで、僕らもそう言って笑い合ったこともある。しかし、僕にとっては、その時間はとても貴重で。のんびりとした時を彼女と共に穏やかに過ごすことは、とても安らぎ、普段の疲れも癒やされる気がするんだ。
今日はそんな穏やかな昼下がり。
彼女がいつもの様に、コーヒーを持って縁側に座る僕の隣に腰掛けた。お盆一つ分の距離をおいて。
「はい、どうぞ。今日、いつもと違う豆を買ってみたの。どうかな?」
僕はマグカップを受け取り、ゆっくり口を付けた。いつもより苦味のあるコーヒーは、僕好みだ。
「うん。美味いよ」
「よかった。試飲した時に、あ、この味、好きそうって思ったの」
嬉しそうに話す彼女。秋の柔らかな日差しが、キラキラと彼女を覆う。
僕は思わず眩しそうに目を細め、彼女の話を黙って聞いていた。
ふと、視界にひらひらと舞う蝶々が見て取れた。秋型のナミアゲハだ。アゲハチョウは、そのまま彼女の髪にそっと止まった。
「あ……」
「ん? なに?」
「ちょっと待って」
そう言って僕はお盆をスッと後ろへ退かすと、彼女に身を寄せ、そっと髪に止まるアゲハチョウを自分の指に乗せた。
「ほら、飛んでいきな」と、指を軽く揺らす。アゲハチョウは、再びひらひらと何処かへ飛んでいった。
「この季節でも、蝶々が飛んでるんだね」
「まだ温かいからな」
二人で蝶々の行くへを眺める。すると、ふわりと彼女のシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
僕は彼女に身を寄せたまま、顔を向ける。彼女はまだアゲハチョウの行き先を、目を細め見守っている。その優しい眼差しに、僕は少しだけ独占欲が掻き立てられる。
そっと彼女の頬に片手を当てると、彼女は僕に向く。
キラキラ輝く瞳に吸い寄せられるように、その唇に触れる。そっと離れると、彼女はゆっくり目を開けて僕を見つめる。
「どうしたの? 急に」
「ちょっと、ヤキモチやいた」
「ヤキモチ?」
「そ。蝶々にヤキモチ」
「なにそれ」
鈴が鳴るように、愛らしい笑い声を立てるその唇を、再び僕が塞ぐ。
彼女はそっと僕の背中に手を回す。
どのくらいそうしていたのか、ゆっくり離れる、彼女が顔を赤くして微笑む。
「こんなにたくさんキスしていたら、唇が腫れちゃうのかな?」
「あははは。どうかな? 試してみる?」
「試してみたい?」
「僕が訊いてるのに」
「じゃあ、試してみよ?」
彼女は僕の首に両腕を軽く絡ませると、僕の唇に柔らかく触れた。僕は彼女を抱き寄せ、温かい日差しが降り注ぐ縁側で、幸せな時を過ごす。
この穏やかで温かい日常が、彼女となら、この先も築いていける。そんな確信を持ちながら。
×××
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