第47話 小さな宝箱


「ねぇ、パパぁ? サンタさん、なんじにくるぅ?」

「さぁ、サンタクロースはいい子に寝てる子を優先にプレゼントを配るって言ってたからなぁ、なっちゃんが早く寝ないと、サンタクロースもなかなか来れないんじゃないかな?」

「えぇー! いやだ、いやだぁ!」

「じゃあ、早く寝ようか」

「うん。なっちゃん、もうねるよっ!」

「うん。なっちゃんは良い子だね」

「うん!」


 部屋の電気を消して、そっと扉を閉めれば、リビングでは妻がにこにこ笑みを浮かべ、僕を待っていた。


「もう寝た?」


 楽しげに小声で訊ねる妻に、僕は「ああ」と頷いて見せる。


「プレゼント、もう置いてしまう?」

「いや、まだ寝たばかりだから早いだろ。音で目を覚まして、サンタクロースが僕だとバレてしまうよ」

「ふふ。そうね」


 ダイニングテーブルに着くと、妻は僕に冷えたビールを差し出した。


「ありがとう」

「クリスマスなのにシャンパンじゃ無くて、ごめんなさいね?」

「いや? 全然。君は飲まないの?」

「今日はいいかな」


 妻は愛娘用に買ってあったオレンジジュースを片手に微笑む。


「それじゃあ、今年もなっちゃんがサンタクロースを信じてくれている、純粋で良い子に育っていることに乾杯」

「なにそれ、親バカなんだから」

「親バカで何が悪い」


 二人で声を抑え笑い合う。

 窓際には、結婚した年に買ったクリスマスツリー。少し小さめだけど、妻は新しい物に買い換えようとはしない。壊れてもいないし、思い出がたくさん詰まっているから、と言って。


 灯りを落とし、薄暗い部屋でビール片手にクリスマスツリーの点灯を、しばし黙って見つめる。


 この部屋には、僕らが一緒に暮らし始めた頃よりも、もっと沢山の思い出の品が増えている。僕にとっては、まるで宝箱のような部屋だ。妻にとっても、そうであって欲しいと思っていると、彼女がクリスマスツリーを見ながら、ふと笑った。


「こうしてツリーがキラキラ瞬いているのを見ると、宝物がピカピカ光っているみたいで好きだわ。この部屋には、沢山の宝物があるんだって。そう思わない?」


 その台詞に、僕は思わず声を上げて笑って「ああ、もちろん」と頷く。


「全く同じこと思ってたんだよ、いま」

「ええ? 本当に? すごい、以心伝心」

「この部屋全部が宝箱みたいだって。そう思ってた。君も同じ様に思ってくれたら嬉しいなって」


 僕がそう言えば、妻は嬉しそうに顔いっぱいに幸せな笑顔を見せる。

 そして、椅子から立ち上がり、テーブルを挟んで前屈みになると、僕に口付けをした。


「ここが宝箱なら、借り部屋だから、引っ越す時に泣いちゃわない?」

「泣かないさ。もっとでかい宝箱に引っ越すんだから。この先、宝物は、もっともっと増えていく」

「そうね。もっともっと、たくさん増やしていきましょ? 四人でね」


 妻の言葉に、僕は目を丸くする。


「え……? 四人って……! 本当か!?」


 僕が思い切り椅子から立ち上がると、妻が慌てて「しぃー!」と唇に人差し指を当てて言う。だけど、僕はもうそれどころじゃない。妻の隣に立つと、まだペタンコなお腹を見た。


「いつ、わかったんだ?」

「今日よ。でも、まだ病院で検査したわけじゃないけど」

「いや……きっと合ってるよ。うわぁ……やばい、どうしよ。めちゃくちゃ嬉しいクリスマスプレゼントだ!」

「ふふ。サプライズ成功?」

「大成功だ!」


 僕は笑いながら妻を抱き上げ、クルクル回る。

 少し小さなクリスマスツリーの前まで来ると、妻をゆっくり降し、キスをした。


「あー! パパ、なっちゃんにもちゅー!」


 思いもよらぬ声に、僕たちは慌てて振り返れば、愛娘が眠たげな顔をしているにも関わらず、しっかり僕たちのキスを見ていたようだ。トコトコとよろけながら駆け寄る愛娘を抱き上げて、ふっくらしたほっぺにキスをする。


「なっちゃん、早く寝ないとサンタさん来ないぞ?」

「んー。ねる。でもね、パパ。なっちゃん、トイレいくの!」


 おねしょがまだ治らなかった愛娘が、トイレに行くと言って起きてきた。

 その事に、僕は驚きつつ妻を振り向けば、妻も驚きつつ笑顔で駆け寄る。


「なっちゃん、えらいねぇ! おねしょする前に起きれたねぇ!」

「ママぁ、パパぁ、といれー。でちゃうぅー」

「きゃぁー、それは大変!」

「急ごう、急ごう」


 あとどのくらい、宝物は増えるだろうと、この小さなをしみじみと眺める。

 キラキラでピカピカした宝物を保管できる、大きな宝箱を持てるように、僕も頑張らないと。


 そんな事を思いながら、僕はトイレから少し離れた場所でクリスマスツリーに視線を向ける。ピカピカとカラフルに光る灯りが、宝石みたいに見える、なんて言ったら大袈裟だろうか。でも、この部屋でみるそれは、本当に綺麗で、たまらなく幸せな気持ちになる。


 妻と愛娘が手洗い場から出て来ると、三人で寝室へ向かった。


 プレゼントをいつ置くかな。そんな事を考えつつ、愛娘が寝るのを見守り、そして穏やかに微笑む妻にキスをした。


 この幸せが、ずっとずっと続くように。

 

 そう、心から願いながら。



×××

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