第6話 夢でもいいから


 具合が悪くなると、どうにも寂しさが募る。


 夢から目覚めると、誰も居ない部屋に一人で寝ていて、しんどいから何もしたくなくて、また寝る……を、繰り返す。


 昨日の夕方から、妙な寒気に襲われて、バイトを早退した。そのまま病院へ行くと、風邪と診断され、夜になると薬を飲んだのに、高熱が出た。朦朧とした意識の中、喉が渇き目を覚ました。


「お、目ぇ覚めたか?」


(え?)


 私は熱に魘されているのだろうか。好きな人の声が聞こえた気がして、顔をそちらへ向ける。


「何か飲む? 水よりポカリとかの方が良いか。ちょい待ってろ」


 高熱過ぎて幻聴どころか、とうとう幻覚まで見始めたらしい。私はひとつ、大きく息を吐いて、再び目を閉じた。

 しばらくすると、寝室のドアが開く音が。


「あ? また寝ちまったか?」


 その声に、私は薄っすらと目を開ける。


 あぁ、そうか。もう、好きすぎて会いたすぎて、こんな夢を見てるのか。


 と、私は自分の欲望丸出しの夢に、心の中で苦笑した。


「起き上がれるか? 少しでも水分補給はしておいた方がいい。 脱水症状になると、危険だからな」


 その言葉に私は小さく頷き、身体を起こそうとしたが、上手く力が入らない。

 すると、夢の中の彼はがっしりとした、私の大好きな腕で抱き起こしてくれた。

 

 ああ、なんて幸せ……。


「ほら、少し飲め」と、私の口元にグラスを当てる。が、上手く飲み込めずむせ返ってしまった。彼は慌てて私の背中を優しく叩き、「困ったなぁ」と呟いた。


 私は、この際だ、どうせ夢だし色々我儘を言ってみよう、などと思った。


「……ねぇ、口移しで飲ませて……」

「え!?」

「……お願い……」


 私はぼんやりした思考の中、彼を見つめお願いをする。普段の私なら、絶対言わないセリフ。


「あ……いや、その……いいのか?」

「うん。お願い……」

「……わかった……」


 夢の中の彼は、なぜか顔を真っ赤にしていて、それでも私の願いを叶えようと、グラスに口を当て、傾けた。

 一口分、口に含むと、グラスをベッドサイドのキャビネットの上に置いて、私に向き直る。

 そして、私の口にそれを流し込んだ。

 柔らかな彼の唇の感触と、喉を通るポカリの感覚。


 すごくリアル。喉に潤いが流れていく。


「もっと、飲みたい……」


 私がそう言うと、彼は黙って先程と同じ様に、私に口移しをした。


「どうだ……? ちゃんと飲めたか?」

「うん……ありがとう……」

「いや……うん。……他に、して欲しいこと、あるか?」


 夢の中の彼の優しい声と、優しく頬に触れる手に、私は安心して、再び眠くなりはじめた。


「もっと、キスしたい……。まだ、抱きしめてて……」


 その言葉に、視界がよく見えない目にも分かるくらい、彼は顔をクシャとさせて笑う。

 そして、私の願いを叶えるように、私を抱き直すと、深いキスをくれた。


 もっと、とせがむ私の我儘に、何度も何度も、付き合ってくれた。




 翌朝。


「よく眠れたか? 熱も下がったみたいだな。よかった」


 私は、心臓が飛び出るくらい驚き、動きを止める。

 私の視界いっぱいに、大好きな人の顔が……!!


「ん? どうした? そんな驚いた顔して」

「せ、先輩、なんで、ウチに……?」


 彼は、私のバイト先で一緒に働いている先輩で。私の憧れで、密かに想いを寄せていて……。え? なんで? なんで???


「へ? なんでって……昨日、熱出てしんどいって、LI◯Eして来ただろ。寂しいとか、喉乾いたとか」


 それを聞いて、私は慌てて起き上がると、自分のスマホを見た。


 確かに、送っている……。なんてこった。


「え……でも、どうやって入って……?」

「え? てか、なんも覚えて無いの? 自分で俺を部屋に入れたんだぞ?」


 なんだってぇーーーー!!!!


「す、すみません!!!」

「……マジかぁ〜……」


 先輩は、両手で頭を抱えると、その手で自分の髪をわしゃわしゃと高速で掻いた。


「いや! すまん! 謝るのは俺の方だ!! 本当に、すみませんでした!!」


 先輩は、ベッドから素早く降りると、その下で土下座をした。

 

 ええええ!!?? どういうこと??!!

 はっ!! まさか!! 一線を越え……た?


 私は素早く自分の着ているものチェックした。ちゃんと着てる。

 その行動を見た先輩は、慌てて「いや! してない! してないから、安心しろ!」と顔を真っ赤にしつつ両手を前に突き出し振った。


「……えっと……そもそも、私が先輩を呼び付けたのが、悪いので……その、謝らないで、ください……」

「いや……。でも、病人に手を出したのは、確かだし……付き合っても無いのに……すみません」


 手を出した? 手を出したって?


「え……? なにか、しました……け?」


 私の質問に、先輩は罰が悪そうに顔を顰め、私を見上げた。


「キス……しました」

「……キス!!」

「はい。たくさん」

「たくさん!!??」


 私は、瞬時に思い出した。


 あれ、夢じゃなかったのかぁ!!!!!


「ごめんなさい!! 私、私……!!」

「いや、俺が悪いんだ!」

「いえ、私です! 夢だと思って、欲望丸出しでお願いしました!! 本当! ごめんなさい!!」


 私の謝罪に、先輩は「へ? 欲望丸出し?」と気の抜けた顔で訊ねてきた。

 私はきっとまた、熱が上がってきてる。全身、熱いもん。もう、ヤケクソだ!!


「はい! 欲望丸出しです! 私、先輩が大好きなんです! 憧れてました! ずっと! ごめんなさい!」


 今度は私がベッドの上で正座をし、勢いよく頭を下げて、謝る。

 恐る恐る顔を上げ先輩を見遣ると、先輩はなんとも言えない、困ったような笑みを浮かべ、私を見ていた。


「そっか……。そうか。ありがとう」


 そう言うと、先輩は頭を軽く掻き、私の大好きな笑顔を向け「俺も、お前が好きだ!」と宣言するように言った。


 夢だ。

 私、まだ夢を見ているんだ。

 きっと、そうに違いない。


 そう思ったら、ふっと意識が遠のいた。

 遠くで大好きな先輩の声がする。

 夢の中で感じた、大好きな逞しい腕に抱かれる感触を持ちながら、私は再び眠りの世界へ沈み込んだ。

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