第22話 俺の理不尽な一日について
嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ、嘘だろぉーーーー!!!
マジかっ! 何てこった! 誰か嘘だと言ってくれぇーーーー!!
只今俺は、絶賛未知の世界へお招きされている真っ最中だ。
俺は今、自分の口に吸い付いてくる男を、力一杯に引き剥がそうとしている。
だが、男は俺よりもガタイが良い。なんせレスニングをやっている奴だからだ。片や俺は、運動といえば、社会人になってからはジョギングくらいしかしてない。
男は片腕を俺の腰にしっかりと巻きつけ、大きな手で俺の頭をガッチリホールドしており、全くもって剥がせないのである。
「う゛う゛う゛ぅぅぅっ!!!」
唸り声をあげて抗議をするが、全くの無駄。
むしろ、唇を舐められてこじ開けようとしてくるから、もう大変だ。
歯と唇にグッと力を入れて、絶対に侵入させてたまるか! と、必死に抵抗。
誰かぁ……本当に助けてくれよぉ……! てか、コイツ酒臭えよ!!
心の中で涙を流しながら、俺は相変わらず効いてるのか効いてないのか分からない拳と蹴りで、抵抗を続ける。
そんな所へ……。
「ちょっ!? え!? なに!!?? ちょっ、ちょっと!! お兄ちゃん! 何してるのよ!?」
「あらやだぁ〜、二人とも〜。なかなか戻って来ないと思ったらぁ。いつの間に、そんなに仲良くなってぇ。あははは!」
女性二人の声が……。
おい、ごらぁ! 笑ってないで何とかしてくれ!!
俺は必死に目を見開き呻きながら、動く片腕を振り回してジェスチャーする。
「もぉ〜、はいはい、私の愛しい旦那様? 弟が涙目になってるから、そろそろ離してあげてねぇ」
「お兄ちゃん! キスする相手、間違えてるから! 顔は似てるけど、新婦さんじゃないから!」
そう言いながら、二人の女性が大男を俺から引き剥がしてくれた……。
そして俺は……。
高速で自分の唇をスーツの袖で何度も強く擦る。スーツが汚れる? そんなもん、クリーニングにだしゃぁいい! 今はこの不快な感覚をいち早く忘れたいんだ!!
「お兄ちゃんがすみませんでした! あ、あの、そ、そんなに擦ったら、唇が腫れちゃいますよ……?」
心配そうに俺を見上げてくる彼女は、この大男の妹だ。全く似ていない。美人よりも可愛い部類に入るだろう。小動物みたいなクリンとした瞳が、じっと見つめてくる。小リスみたいだな。
俺は死んだ目のまま彼女を見つめ、拭っていた腕をダランと脱力し下ろした。
「あらあら、そんな死んだ目してぇ。いいじゃない? キスくらい。減るもんじゃないんだし」
「よかねぇよ! 俺はノーマルなんだよ! そもそも、ねぇちゃんは気になんないのかよ!」
「ん〜。女の人にキスしてるなら張り倒すけど、弟にだし。別にいっかなって♡」
うふふ。と小首を傾げ、軽く両肩をあげて戯けてみせる。
「いっかな♡ じゃない! 俺は嫌なの!!」
「なら、お姉ちゃんがちゅーしなおしてあげよっか?」
上書き、上書き♪ などと言いながら、姉は俺に向かって両腕を伸ばし近寄ってくる。
「いるか! そんな上書き!」
姉を避けると、ええ〜と不満そうに唇を尖らせる。
「姉弟でキスなんかする趣味はないんだよ! 俺にはっ!」
「あら、子供の頃はよくしてたのにぃ」
「俺の記憶にない事をいうな! いつの話だよ!」
「なんでこんな可愛げが無くなったのかしらぁ。まぁ、いいわ。私の愛しい旦那様? お口直ししましょうねぇ」
そう言って、姉は酔っ払い大男の両頬に手を当ててキスをしだした……。
ちょっと待て。ねぇちゃんよ……。今、ここでそれやるか?……俺と間接キスしてんじゃねぇか!!
そう気付いたら、今度は吐き気が襲って、俺は目の前のトイレへと駆け込んで行った。
なぜ、こんな事になったのか。
ほんの数分前に、時を戻そうか。
今日は姉と大男の結婚式だった。
そして今は、その二次会である。
俺はちょっとトイレへと席を外した。ついでにタバコでも吸おうかと思いながらトイレを出てすぐの廊下で、新郎である大男と出会した。
大男は少し酔っていた様で、覚束ない足取りだった。その為、俺が「大丈夫ですか?」とちょっと近寄ったのだ。
すると大男は俺と目が合った途端、姉の名前を叫び「好きだーー!!!」と言いながらの……冒頭の出来事だった。という訳である。
大男は新郎だし、そんなに酒も強くないと聞いているので、あまり飲ませない様にしていた筈だった。なのに、あの酔いよう……。
恐らく、この二次会の席で新郎の悪友どもが飲ませたのだろう……。
何という迷惑行為。
別に、LGBTを否定する訳じゃない。ただ、俺は女の子が好きなのだ。女の子とキスがしたいのだ!(姉以外の)
まぁ、単にアイツは酔っ払って勘違いしたんだろう。俺は姉と顔が似ていると、よく言われるから。俺はよく【女顔だ】とも言われるし……。ただ姉の方が、もう少しふんわりしてて、背も低いから全然違うと思うんで、す、が、ねっ!
普段食べない高級料理が、残念ながら俺の栄養とはならずにトイレへと流れていった。悲しみ。
手洗い場で口を濯ぎ、喉うがいを何度か繰り返す。不快感が無くなり、ふぅっと大きく息を吐き出す。
ふと、目の前の鏡を見ると、相変わらず死んだ目をしている。
俺の瞳の輝き、どこ行った。戻ってこい。
「タバコ吸いに行こ……」
もう一度、大きく息を吐き、トイレを出ると小リスちゃんがトイレの前で俺を待っていてくれた様で、「大丈夫ですか?」と心配気に近寄って来た。
「ああ……。うん。大丈夫。ありがとう」
「いえ……あの、本当にすみませんでした」
「……うん。あの、出来ればもう、忘れて? 俺も速攻で忘れるから」
「は、はい! すみません」
ぺこぺこと頭を下げて謝る小リスちゃんの頭をポンポンと撫でて、俺は喫煙所に向かった。
喫煙所と言っても、店の外にあって灰皿とご丁寧に長椅子が置いてある。
俺はそれに腰掛けてスーツのポケットを探った。すると、何故か小リスちゃんが隣に座ってきた。ちょこん、と音がしそうな感じ。両手を膝の上に重ねて。
何だ? この子もタバコ吸うのか? 見た目は絶対吸わなそうなのに……。
俺がタバコを咥え火を付けようとした時。
「あの……」と、小リスちゃんが俺の方に身体を向けて声を掛けてきた。
俺はタバコに火を付けるのをやめて「なに?」と彼女に顔を向けると。
俺の唇に、ふんわりとマシュマロみたいな甘い口付けがされた。
すぐに離れていくそれを、俺は呆然として見つめる。
「……上書き、です」
顔を真っ赤にして、そう言った彼女は、スクッと立ち上がり、ぺこっと頭を下げて立ち去る。
のを、俺はその手首を素早く取った。
「待ちなさい」
「……」
「君、何歳だったっけ?」
「……20歳、です」
と、少々オロオロした様子で答える。
「……なら、犯罪じゃないな……」と一人口の中で呟くと、俺はそのまま彼女を引き寄せてキスをした。
少し長めの。
ゆっくり離れると、彼女は顔と耳だけでなく首まで真っ赤に染めて俺を見上げている。
俺はニヤリと笑って「ごちそうさま」と、彼女の手首を離した。
タバコに火を付けようとライターを持った手を、彼女が止める。なに? と彼女へ視線を向けると、その両手が俺の頬を包み唇を押し当ててきた。
そんな時。
なかなか戻って来ない俺たちを、姉と大男が迎えに来て……。
俺は、大男に張り倒された。
なんて理不尽な!
×××
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