第42話 溺れるほどの愛をキミに
十年だろうが、二十年だろうが、何十年経っても。見えない将来は、色褪せる事もなく僕の前に眩しく輝き続いていく。
その先の未来で、キミが僕の隣で微笑んでくれる事を願ってやまない。
十四年前、僕は彼女に精一杯の想いを込め、告白をした。
「ぼくはキミが好きだ。それは、この先もずっと、かわらないじじつ!」
そう伝えると、彼女は僕の頭を撫でた。
「あはは。可愛い告白を、どうもありがとう」
と、言って。
それから僕は、めげる事なく何度も何度も、隙あらば「好き」と伝えた。だが、ある日。この執着にも似たこの感情で、彼女が怖がらないかと不安になった。
が、怖がるどころか、信じてもらえていなかった。全くもって、相手にされてないのだ。
何故か。
当時の僕は(誰が見ても)まだ彼女を守れる程、強くなかったから。
六歳の初恋。
彼女は、当時十三歳。
出会いは、近所の公園だった。
僕が、鉄棒の前で逆上がりが出来なくて悔し泣きしていたら、彼女が手を差し伸べてくれた。背中を押して、逆上がりの練習に何度も付き合ってくれて。
僕が出来ると、一緒に喜んでくれた。
その笑顔が、あまりにも眩しくて一目惚れしたんだ。
中学の制服を着た『名前も知らないお姉さん』だった。
その日から、彼女に会いたくて、あの日と同じ時間に毎日公園へ通って。
彼女の通学路でもあったから、毎日姿を見る事が出来た。僕がやたら熱心に『お姉さん』の話を親にしたもんだから、親まで彼女に会いたくなったらしく、一緒に公園で待機したことも。
僕があまりにも懐くから、いつの間にかウチの親が彼女の両親に挨拶をしていて、気が付けば家族ぐるみの付き合いになった。
そして十四年後の、いま。
二十歳になった僕は、今度こそと……。
「だからっ!! なんで、アンタは……っ!! こんな、馬鹿力なの……っ!!」
「だって! 僕が強くならないと、守ってあげられないでしょ!」
「その守る力で、なんで私を捩じ伏せてるのかなぁ!?」
「だって、僕の愛の告白から逃げようとするから!」
僕は、今日こそ僕の愛を受け止めてもらうべく、彼女の一人暮らしのアパートに突撃した。
まぁ、突撃と言っても、何度も彼女の部屋には上がっているのだが、こうして本気の愛を伝えるのは、十四年振りだ。
料理下手な彼女の胃袋を掴んでおくため、僕は子供の頃から母親に料理を習い、バイトもキッチン担当が出来る仕事を選び、腕に磨きをかけてきた。
その甲斐あってか、彼女は僕の料理が大好きで「ご飯作りに来たよ」と言えば、簡単に部屋へあげるのだ。
ちょっと心配になるよね。こんなチョロイと。他の男も簡単に部屋にあげてるかもって。
まぁ、最近については、その辺の心配はないか。
だって、彼女に好意を持つ男は、そっと身を引いてもらって来ていたし。彼女が他の男を見ないように、どれだけ僕が努力して来たことか……ふぅ。
それでも。二度、間男に彼女を横取りされた事はある……。あ、思い出したら、腹が立ってきた。いや、忘れろ。今はそんな事はどうでも良いんだ。
そうさ。そんな事は、さておき、だ。
現在、僕は彼女の両手首を片手で掴んで、若干、足癖の悪い彼女の両足が暴れない様に僕自身の足で固定して、リビングにある三人掛けのソファの上に押し倒し、覆い被さっている状態。
彼女曰く、無駄に大きくなった僕の身体は、軽く彼女を覆い隠せる。
彼女を守るため身体を鍛えようと始めた剣道のお陰で、まぁまぁ引き締まった体型だ。
身動き出来ない彼女が、顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で僕を睨み付けてくる。
うん。最高にかわいい。
「いい加減にしなさいよっ! 何なの、急に!」
「急じゃないよ。前にキミが言ったんじゃん。僕が二十歳になって、キミに彼氏が居なかったら付き合ってあげるって」
「あ、あれは単なる冗談でしょ?」
「約束の指切りげんまんしました!」
「小一の子供の頃の話でしょ!?」
「そんな小学一年生の純真無垢な子供に、嘘ついたんだ? なら、ハリセンボン飲まさないとね?」
今日の日を、僕がどれだけの気持ちで待ち、恋焦がれていた事か。
僕は空いているもう片方の手で、彼女の顎に手を当てる。
そして、ゆっくりと彼女の唇に自分のを重ねる。柔らかいのに弾力があって、何度も甘噛みしてしまう。
「なんで……キスなんて……」
若干、困惑顔で呟く彼女に、にっこり笑って見せる。
「ハリセンボンの代わり。痛いのより、気持ちいい方がいいでしょ?」
彼女は小さく呻いただけで、何も言わない。
「何度キスしても、やっぱりキミとのキスが最高に気持ちいい……」
「……え、ちょっと待って。え? 何度もって? 他の人……ってか、付き合ってる人、いるの?」
「ん? 付き合ってる人なんていないよ」
「過去には、いたって、こと……? まぁ……モテそうだとは、思うけど……」
何故か視線を逸らしながら、モゴモゴと何か言っている。これはこれは……。
「そこ、気になるんだ。嬉しい……」
「いやいや、そうじゃなくて!」
「誤魔化さなくても」
「違う! そういう子がいるなら、こんな事するなって言いたいの!」
「子供の頃から、何度も言ってるでしょ? 好きなのはキミだけだって」
「でも、キスした事あるんでしょ!?」
「うん。何度もしてるよ? キミと。キミとしか、キスした事ないし」
「え……どういう事ですか? 記憶に無いんですけど……妄想? え、怖いんですけど」
何故か敬語になる彼女。かなりテンパってるな。かわいいけど。
「怖がんないでよ。妄想じゃないし。事実だよ」
「でも、あたし……。何度もどころか、一度もされた記憶なんてない。ほっぺには、何度もされてたけど……口は……」
「そりゃそうだよ。だって唇には、寝てる時にしてたもん」
「……!!」
彼女は、僕の告白に目を見開いている。
「え……いつから?」
「ファーストキスは、七歳の僕の誕生日の時だよ。あの日、僕が駄々捏ねて泊まってもらったでしょ? それから、毎年夏休みに家族でキャンプとか旅行に出掛けて、同じ部屋だった八歳から十一歳までは、毎晩何度もしてたし、別部屋になってからも、朝起こす前にキスしてって感じで。全然、起きないし」
「待って、待って! 情報が凄すぎて追いつかない! 寝込みを襲ってたってこと!?」
「人聞き悪い事、言わないでよ。エッチな事はしてないもん」
心外だな、と彼女の胸の膨らみを見て、服越しから膨らみにチュッとキスをすれば、彼女から「ダメ!」と微かな声が漏れる。
色っぽい……これはダメじゃない時の声だ。
ふむ。これはちょっとマズイね。僕、暴走しない様にしないと……。
「そうだ。ひとつ、大事なこと。ファーストキス、奪ったのは僕だからね? 高校の時の初めての彼氏君には悪いけど」
そう笑えば、彼女が真っ赤な顔で口をパクパクしてる。
人って、本当にパクパクするんだね。驚いて何か言いたいけど、言葉にならない時。
そのパクパクに合わせて、再び口を塞いで舌を潜り込ませる。そうやって大人のキスをしても、彼女は抵抗する事なく受け入れてくれた。
水音が聞こえる中に、彼女の甘い吐息も漏れて聞こえる。
彼女の唇と口内をじゅんぶんに堪能し、ゆっくりと離れると、彼女の顔が蕩けていて。可愛すぎて、僕の頭の中も、もう沸騰寸前で。
「ねぇ、本当のところは、どうなの?」
「本当の、とろこ?」
「本当は、僕のこと好きなんじゃないの?」
「……」
「教えてよ」
真っ赤な額に、頬に、ひとつずつキスをしながら言った。
「前から言ってくる、年齢差が、ってのは無し」
彼女が小さく呻く。そして、掠れる声で言った。
「……嫌いだったら、こんな事、させない」
その言葉の先を促すように見つめれば、彼女が視線だけ逸らして囁いた。
「……好きよ」
「いつから?」
「ずっと前から」
「ずっとって、いつ?」
「……ずっとは、ずっとよ……!」
「僕は六歳の頃から、ずっと一筋だよ」
「……そのストーカー並みの執着に、絆されたのよ……」
「え、ストーカーって、酷い。僕、部屋にキミの写真いっぱい貼り付けたり、私物盗んだりした事ないよ!」
「精神的には同じこと!」
「じゃあ、怖かった? 僕のこと……」
「……怖くない。言ったでしょ。ずっと好きだったって」
「何がキッカケで、好きになってくれたの?」
「……可愛い弟みたいな存在が、大きくなってカッコよくなっても、ずっと変わらず好きって言い続けてくれてたら、気にならないハズない……」
「カッコイイって、思ってくれてるんだ?」
実は。
彼女が僕の顔が好みだというのは、彼女のお母さんから聞いて知っていた。
でも、本人から直接聞いたわけではないし、半信半疑でいた頃もあったけど。
僕が高一になった辺りから、身長がぐんと伸びて、それから僕を見つめる率が高くなった気がして。本当かも、とオシャレにも気を遣って、彼女に釣り合う様に自分を磨いてきた。
それが報われた瞬間……。
僕は彼女の手の拘束を解いて、そのまま抱きしめた。
「ちょ、苦しい」
彼女に覆い被さったからか、彼女が笑いながら僕の背中をペシペシと叩く。
「……結婚してください」
「え、付き合うんじゃなくて?」
「もう、いいじゃない。お互いのこと、じゅうぶん知ってるし」
「こんなプロポーズ、嫌なんだけど」
その一言に、僕は起き上がった。
「じゃあ、もっとちゃんと準備したら、いいって事?」
彼女はゆっくり起き上がり、自身の髪を軽く整え、ふと意味深な笑みを浮かべた。
そして、その顔が僕に近寄りチュッと唇の上で音を立てた。
思わぬ彼女からの初キスに驚き、一気に顔が熱くなる。
「私が好む、プロポーズをしてくれたら」
「え……」
「お互いのこと、もうじゅんぶん知っているんでしょ? なら、私が好むものが、どんな風かも分かるよね?」
そう言って、彼女は挑戦状でも叩きつける様に微笑んだ。
その笑顔が、あまりにも輝かしくて。
六歳の頃に一目惚れした笑顔を超えてきた。
やっぱ敵わないな。僕は、何度だってキミに落ちていく。
同じ所まで、落ちて来てよ。僕に溺れてよ……。
「わかった。今度こそ、逃がさないからね。息が出来ないくらい、惚れさせるから」
「ふふ。それは楽しみ」
「その時は、僕に溺れてよ。何度でもキスして助けてあげる」
彼女は声を上げて笑い、僕はその可愛い笑顔に小さくキスをした。
×××
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