第34話 重たいキス

お題【ポテチ】

お題提供者・貴葵 音々子様

ありがとうございますm(_ _)m

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「これ、美味しい。また買おうかな」


 夏限定ポテチの袋を覗き込んで、最後の一枚を手に取りそう言えば、隣りに座ってゲームをしている彼がくるりとこちらに顔を向ける。


「どれ?」


 彼の言葉と同時に、私は既にポテチを咥えている。


「あ、食べちゃった」

「じゃあ、こっち」


 こっち? って、なに?


 と、思うと同時に彼が私の手を取り、指先に残ったポテチの味を確かめる様に、ペロリと舐める。


「え!?」


 私が戸惑っていると、彼は私の指を持ったまま私の反応を観察する様に、少し鋭さのある黒目がちな瞳で、真っ直ぐ見つめてくる。

 すると、片方の口角を意地悪く持ち上げ、その指を……親指と人差し指を順に口の中に咥えた。


「ちょっ、ちょっと!」


 手を引こうとするが、彼の力は強くてびくともしない。指先に付いたポテチ味を全て舐めとり、わざとらしくチュパッと音を立てて口から指を出す。


「うん。旨いな」とニヤリと笑う。程よくぽってりとした下唇が艶めいて、なんともエロ……いや、カッコよくて、思わずキュンとなる。


 さて、こちらのなんとも言えないエロい感じの彼。

 半年前から、お付き合いをしている私の恋人様でございます。


 二つ年下くんですが、なんか時々、年上にも感じるしっかり者。


 なんだけど……。


「ねぇ、俺ももっと食べたいんだけど」


 と、ゲームのリモコンをテーブルに置き、私の腰に片腕を回す。

 グイッと引き寄せられ、眼福の面構えが鼻先に当たる。


「も、もう、全部食べちゃったよ?」

「ふぅん? でも、ここに残ってる」


 端正な顔立ちがすっと目を細め、色気を纏いながら、ゆっくり近づいてくる。

 私は思わず、ギュッと目を閉じると、小声で「可愛い」と言われ恥ずかしくなる。


 すると、ペロリと唇の端を舐められ「ほら、取れた」と言うのだ。


「ふぇ?」と間抜けな声を出せば、彼が「ぷふ」っと小さく吹き出す。


「なに、その声。どっから出したの?」

「と、取れたって、なに?」

「ん? 口の端にポテチ付けてたから。それを俺が食べたんだよ?」

「そ、そんなんじゃ、小さすぎて食べたに入らないよぉ」

「うん。じゃあ、もっと欲しいなぁ」

「だから、もう無いってば……んっ……」


 開いた口からヌルリと舌を入れられ、口内を余す事なく舐められる。

 どちらかの唾液かも分からないものが、口の端から溢れ落ちると、彼の唇がそれを追って私の首筋へと移った。

 チュッチュッと音を立てながら、首から鎖骨、そして……。

 シャツのボタンに指を掛けられ、その手を柔く制する。


「ちょ……そこにはポテチ、落ちてないでしょ?」

「服の中、ちゃんと確認しないと。落ちてるかも知れないでしょ?」

「そ、そこまで食べた方、汚くないもん」

「ふふ。うん。そっか」


 そう言って、おでこにキスをすると、彼は私から身体を離した。

 さっきまでの柔らかな温もりと重みがなくなり、急に寂しくなった私は、思わず彼の服を摘んでしまって。


「ん? どした?」


 小首を傾げる彼は、やっぱりとんでもなくイケメンで、それだけでもうキュンとなる。


「あ、あのね」

「うん」

「コーヒー、飲みたい」


 いや、そうじゃない。本当は、それが言いたかったんじゃ無いんだけど……でも、彼の淹れるコーヒーは美味しいから飲みたいのは、ある。

 彼は柔らかな笑みを浮かべると、私に軽く口付けをして「わかった。待ってて」と言い、立ち上がり、頭を撫でていく。

 

 彼はイケメンなだけじゃない。優しくて、穏やかで、しっかり者で、ちょっと天然ボケ入ってるけど、付き合う前から私を大切にしてくれているのが伝わってきていて……。


 彼と出会ったのは、休日出勤した仕事帰りに入ったレトロ感溢れるお洒落なカフェだった。以前から気になっていたけど、なかなか来る機会がなく、やっと来れた店。


 私はコーヒーより紅茶が好きなのだが、いつもお店の前を通るとコーヒーの香ばしい良い香りが。そしてドアを開ければ、お店の中に漂う香りがあまりにも濃厚で、口の中が一気にコーヒーになっていく。


 彼はその店でバリスタをやっていて、店に入った時に目が合った彼は、とんでもなく鋭い視線を私に向け、決して印象が良いとは言えなかった。一瞬そのまま引き返そうとかと思ったけど、店に入ってしまったし、この香りのコーヒーを飲んでみたいと思ってしまったから、窓際にひとつ空いた席へ座った。

 睨み付けた彼とは別の男性がオーダーを聞いてくれて、運ばれたコーヒーを一口飲むと、あまりの美味しさに驚いたものだった。

 それから、私はすっかりその店の常連となったが、座る席は決まって初めて来た時と同じ窓際の端っこ席。


 付き合ってから知った事だけど、彼は『若き新星バリスタ特集』とやらで、テレビで紹介された事があるのだとか。それで、いっとき彼目当ての女性客で混雑したそうだ。それもあって、初めて来た女性客を睨み付けてしまう様になったと聞いた。

 そんな彼が、私に心を開いてくれたのは、純粋にコーヒーを楽しむ為に店に来てくれているのだと、感じたからだと。


 私が好んで座る席は、カウンターが見えない。彼目当てで来るのであれば、あの席には座らないだろうとオーナーに言われてから、私を観察する様になったんだとか。

 そしたら、一度もカウンターを振り返る事もなく、静かにコーヒーを楽しんでいる姿に、なんだか嬉しくなったそうだ。


 私が通い出した時には、確かに女性客が若干多く感じたが、だいぶ落ち着いてきていた頃なんだと言っていた。常連客の多くは男性で、静かにコーヒーを飲む事を楽しんでいる。

 コーヒー以外の目的で(つまり彼目当てで)来店した客には、彼自身が「ここは静かにコーヒーを楽しんで頂く場所だ」と言って早々に帰らせていた。

 最初は、SNSで店の評判が悪くなると思って言うのを控えていたそうだが、決して広くは無い店に常連客が入れない日々が続き、最初は「すぐに落ち着く」と思っていた様だが、落ち着く気配が無かったことと、個人情報を根掘り葉掘り聞き出す客にうんざりして、オーナーに断りを入れ、自分目当ての女性客には塩対応をし出したんだと言っていた。

 

 常連になった頃には、他の常連客のオジさんやオーナー、そして彼とも簡単な雑談をする程度には、仲良くなっていた。

 そんなある時。女性客が私一人しかいなくなったときに、常連客のオジさんが「あれだけモテてたら、選り取り見取りだろ」などと彼に言った。


 彼は笑って「いえいえ」と答えると、こう続けた。


「俺、こう見えて一途なんですよ。自分から好きにならないと付き合いたいと思えなくて。それに、大切なものは長く大切にしたい方なんですよ。物でも人でも場所でも。でも、それが却って重たすぎるのか、付き合っても、すぐ振られちゃうんです」

「おぅ? その言い方は、今、彼女いないのか?」

「あはは。突っ込みますね。ええ、今はフリーですけど、気になる人はいますよ。付き合えたら、めちゃくちゃ大切にしたいなって思う人が。けど、この話、内緒ですよ?」


 普段、あまり声を張って喋るタイプでは無いのに、その時は大きな声で。まるで、私にも聞かせるみたいに……。


 それは自惚れじゃなく、その通りだった。


 帰り際に耳打ちされたのだ。


「さっき話してた、俺の気になる人。キミのことだよ」


 はぁ。思い出しても、しあわせ……。


 いざ、付き合うってなったとき、彼はこう言った。


「俺、めちゃくちゃ重いけど、覚悟してね?」


 その時を思い出すと、今も顔が熱くなるし、ニマニマしてしまう。


 私が一人、ニマニマしていると、彼がコーヒーカップを二つ持って戻って来た。


「なに、一人でニヤついてんの?」


 私は、顔を赤くしつつ彼を見上げてカップを一つ受け取る。


「付き合うときのこと、思い出してた」と、答えると、彼はカラッとした声で笑った。


「また?」

「うん。また」

「そんなに嬉しかった?」

「うん。めちゃくちゃ嬉しかった」

「じゃあ、どう? 付き合ってみて、俺の重さは」


 そう笑って訊ねる彼に、私は一瞬考えるフリをする。そして。


「ん〜。足りない」

「足りない?」

「うん。全然、足りない」

「じゃあ、本領発揮してもいい?」

「ふふふ。まだ本領発揮してなかったの?」

「そりゃぁ、俺だって振られたく無いし。今までとは、違うんだよ、××のことは」


 と、私の名を呼ぶ声が、甘い。


「違う?」と、甘えた声で聞けば、彼は私の頭を優しく撫で「そ、違う」と言った。


 ローテーブルの下にあるお洒落な収納ボックスである黒箱を開けると、中から小さな箱を取り出す。

 彼が私の方に身体を向け正座をし、その箱を差し出して……。


「こんな風に言うつもりじゃなかったんだけど。まぁ、また改めて言うとして。これを渡したいと思えたのは、後にも先にもキミだけ。付き合ってまだ半年だけど、知れば知るほど好きになる。大切にしたいと心から思う。心から愛してる」


 開いた小箱の中には、キラキラと煌めくダイヤが三つ付いた指輪。


「これ……」

「命が終わるその時まで、俺と一緒にいてくれませんか?」

「……ずっと、美味しいコーヒーを淹れてくれる?」

「キミが好きなポテチも付けよう」


 真顔で言う彼に、私は思わず笑ってしまう。


「手、貸して」


 そっと震える左手を差し出せば、薬指にゆっくり嵌められる指輪。


「結婚しよう」

「……はい!」


 彼に抱きつき、私からしたキスは、コーヒーの味がするもので、さっき食べたポテチの味は消えていた。


「俺の淹れたコーヒー味がする」

「この先、ポテチとコーヒー味しかしないかも」

「俺の淹れたコーヒー味以外は、ダメだからね?」


「重いね」と、笑えば「嫌か?」と優しく笑う。


「全然。もっと重くてもいいくらい」

「言質取ったからな?」


 私達は笑い合いながら、最高に美味しいコーヒー味のキスを交わした。



×××

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