第36話 早く起きたら


お題【高校生】【朝焼け(早起き)】

お題提供者・有木 珠乃様

ありがとうございますm(_ _)m

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 受験生の夏休みは、あって無いようなものだと、親戚の兄ちゃんが言っていたっけ。


 初めてそれを聞いた時、あんまりピンと来なかった。オレの学校は、進学校って訳じゃないし、オレは部活にも入ってないし。

 けど、兄ちゃんが言っていた意味が、今なら少し分かる気がする。


「夏休みだからって、ゲームばっかしてないの! 受験生なんだから少しは勉強しなさい!」

「うるさいなぁ。少し息抜きしてるだけじゃん」

「その息抜きが、何時間経つと思ってるの! 勉強する気が無いんだった、少しはお母さんの手伝いくらいして欲しいものね!」

「あーもぉー! わかったよ!」


 ゲーム機を片付けて、オレが自室へ行こうとすると、母親が「勉強するの?」と聞いてきた。


 あぁ、もう! 勉強、勉強って! 


「ああ! するよ! 今からやりますよ!」

「いまアンタ、うるさいなぁと思ったでしょ。勉強しないとアンタが困るんだからね? 浪人なんてしても来年はヒマリの受験だし、お母さん達お金無いんだから。兄としての意地を見せて一発合格するか、自分で稼いで何とかしなさいよ!」

「お兄ちゃん、がんばれぇ」

「ああ、はいはい! 頑張りますよっ!」


 些か乱暴にドアを閉めると、オレはひとまず勉強机に向かった。のは、いいが。思わずスマホに手を伸ばす。


 メッセンジャーアプリで友達に「いま、何してる?」なんて送って。

 三分待っても、五分待っても、三十分待っても返信が……ない! 既読すら付かない!! どういう事だ!?


「あー……。ほら、もしかしたらよ? 海とかさ、映画館とか! なかなかメッセージ見れない状況かもだし! そうそう。きっと、そうだ!」


 なんて自分に言い聞かせていたら、ピコンと通知音がなる。

 急いでスマホを見ると、一番仲良しのヤツからの返信。


『わるい』

『今、夏期講習でさ』

『見るの遅くなった』


 へ? 夏期講習? 


「え、『塾行ってんの?』っと……」

『うん』

『受験生だし?』

「マジか……」

『そっちは、何してたん?』

「……う゛っ……『家で勉強』」

『えらいじゃん』

『オレ、家だと絶対集中出来ない』


 ダラダラした熊のスタンプがピコンとやって来た。


 この熊は、今のオレそのものだ……。


『ごめん、次の授業始まるや』

『またな』

「『おう、がんばれよ』っと」

『お前もな』


 オレは椅子から立ち上がると、スマホをベッドへ放り投げ、「あ゛ぁぁぁ」と溜息とも欠伸ともつかない大きな呻き声を上げながら、両腕を思いっきり天井に向け持ち上げた。


「お兄ちゃん、うるさい!」と、隣の部屋から壁をドンとひとつ叩かれる音が。


 はい、すみません。


 脱力して溜息を吐き、渋々、勉強机の椅子に腰を下ろし、参考書を広げる。

 

 玄関のドアベルが鳴り、母親が出て行く音が聞こえた。なにやら賑やかな声が徐々にオレの部屋へ近寄ってきて。

 オレの部屋のドアがノックされる。


 オレ、今からちゃんと勉強しよって思って、ノートとか広げたんです。それを邪魔するのは、誰ですか?


「へぇーい、開いてるよ」と、ひっくい声で言えば、ドアの向こうから軽やかな笑い声が聞こえ、それと一緒にドアが開いた。


「なに、その低い声」


 笑いながら入って来たのは、同じマンションに住む幼馴染だ。と言っても彼女は二個上で、大学生だ。


「へぇ、ちゃんと勉強してるじゃない。えらい、えらい」


 オレに近寄って来て、頭を撫でてこようとするのを、すんでの所で止める。


「もうガキじゃないんだ。頭撫でるの止めろって言ってんだろっ」

「あら。髪型が崩れるの気にしてる? 色気ずいちゃってぇ〜。なに、なに? ついに好きな子でも出来た?」

「ちっがうっ!! そういう事じゃ無い! てか、男の部屋に普通に入って来んなって毎回言ってんだろ!?」

「男って言われても……オムツ着けてる時から知ってるし……」


 幼馴染は、「ねぇ?」と同意を求める様に首を傾げる。普通に、ムカつく。ぜってぇ頷くもんか。言っとくがなぁ、オレの初恋はお前なんだよっ! って、言わねぇけど……。


「で? 何しに来たんだよ」

「あれ? おばさんから聞いてない?」

「あ? 何を」

「今日から夏休み期間中、私が家庭教師をするって」

「はぁ!? 聞いてねぇよ! ちょっ! おい、ババァ!」


 オレが部屋のドアを開けて叫ぶと「なんだ! クソガキ!」と、怒りを含んだ母親の声……。が、負けるわけにいかねぇ。


「家庭教師なんて、聞いてねぇぞ!」

「あれ? そうだった?」と、リビングから惚けた顔を覗かせる。


「何なんだよ!」

「いいじゃない。幼馴染で気兼ねなく教えてもらえるでしょ? アンタ人見知りするし、恥ずかしがり屋だから、知らない人に教わるとなると、何にも聞けないで終わるでしょ。そんな無駄な時間にお金を使う余裕なんて、ウチには無いのよ。××ちゃん、本当、引き受けてくれてありがとうね。助かるわぁ」

「いいえ、私も家庭教師、やってみたかったので」


 なんだよ。オレの知らない所で話しやがって。


「あぁもういいよ。わかった。わかりました! 勉強すりゃ良いんだろ! やりますよ!」


 オレは折り畳み式のテーブルを用意して、クッションを幼馴染に手渡すと、勉強道具を広げる。


「どれからやる? というか、どの教科が一番弱いの?」

「……全部」

「……嘘でしょ」

「……」


 オレは無言で期末テストの結果をテーブルに広げる。


「全ての教科において、ギリギリ赤点を免れている……。こんな奇跡的なスゴ技が出来るなら、もっと真面目に勉強すれば高得点取れるはずよ……」


 キラリと鋭く光る瞳に、オレは慄きから思わずゴクリと唾を飲み込む。


「明日から、合宿をします」


 突然の宣言に、オレは「はぇ?」と気の抜けた声を上げる。


「アホ声出さない。ちょっと、おばさんに許可貰ってくるわ」


 そういうなり、幼馴染は部屋を出て行こうとする。


「待て待て!」

「おばさーん、明日からウチの田舎にある……」と説明すると、妹が部屋から顔を出し。


「えー! 何それ、面白そう! アタシも行きたーい!」

「良いんじゃ無いかしら? 家だとゲームばっかりだし」

「電波もそんなに良くないので、スマホで遊ぶのも控えられるかと思うんです」

「最高な環境ねぇ!」

「えぇー。スマホ使えないのぉ? なら、アタシはやめておこうかなぁ」

「おいコラ、勝手に話進めんな! だいたい、幼馴染とはいえ、男女だぞ!? 母さんも何アッサリ賛成してんだよ!」

「そんな言っても、お兄ちゃんヘタレだから」

「オイッ!」


 妹がフッと鼻で笑うと、母親まで「大丈夫でしょう」なんて言いやがる。ウチの家族、大丈夫かよ?!


「私も一旦、両親に話してみます。多分、大丈夫って言うと思うけど。寧ろ、母がその話をチラッとして来たので」

「あら、そうなの? 私も後で陽子さんに連絡してみるわ」

「ええ。それじゃあ、とりあえず今日は、教えずどこまで自力で出来るか……。さぁ、勉強するわよー! 部屋へ戻った戻った!」





 そんなこんなで、三日後。まさかの二人きりの合宿が許可された。

 ウチもウチだが、コイツの両親もどうかと思う。


 電車で一時間半。駅から三十分歩いた所に、目的地の家があった。

 元々、幼馴染のばぁちゃんちだったそうで、ばぁちゃんが長期入院中のため、今は誰もいないんだとか。それでも、毎月定期的に掃除に来ているから、綺麗なんだと言った。


 高台にあるため、荷物を持ちながらなだらかな坂を上るのは、なかなかしんどいものがある。

 オレは無言で幼馴染の荷物を取り、坂を上りだすと、後ろから嬉しそうに笑う声が聞こえた。その声に、我ながらカッコつけたなと、恥ずかしくもなったが、振り向く事なく道なりに歩いて行った。

 家は、坂を上りきった頂上にあり、庭から見た風景は圧巻だった。

 到着したのが、ちょうど夕暮れ時で、陽が沈むのをこんなにじっくりと見たのは初めてだった。


「夕暮れ時も綺麗だけど、晴れた日の朝焼けは、もっと綺麗なのよ」と、幼馴染が言う。


「じゃあ、ここに居る間に見れたらいいな」

「早起き出来る?」

「早く寝りゃあ、起きれるだろ」

「ふふ。そうね。じゃあ、今日は九時まで勉強して、十時には寝ようか」

「十時? 早すぎねぇ?」

「遊べるアイテムは無いし」

「テレビは?」

「テレビはあるけど、有料放送は加入してないから、面白くないと思うわよ?」

「ふぅん」


 そんなやり取りをして、何だかんだと二人で夕飯の支度をして、勉強して。

 オレが先に風呂に入る様に言われたから、先に入って、与えられた部屋で布団を敷いた。

 あ、もちろん、寝る部屋は別々だ。


 布団に入ると、他人の家の匂いが強く感じて、なかなか落ち着かなくて寝付けない。疲れもあって、十時でも寝れるかなと思っていたが、意外とオレはナイーブだったようだ。目を閉じても眠れる気がしなくて、結局、起き上がった。

 スマホを見ても電波が入ったり消えたり。台所では電波がよく入っていたが、部屋によって入らないのだ。だからといって、台所行ってまでスマホを見たいとも思わなかった。

 

 オレは暫く目を閉じてじっとしていたが、眠れそうになく、寝るのを諦めた。


「勉強でもすっか……」


 虫の声が聞こえるだけで、それ以外の音が聞こえない。車の音も、電車の音も。不思議と、問題にのめり込めて、気が付けば、鳥の声がしだし、窓の外が明るくなって来たのが分かった。


「……もう朝……」


 オレはカーテンを捲り、外を見る。


 雲が少しあるが、それがかえって良い具合に光を反射し、煌めいて見える。


「すっげぇ……」


 オレは上着を羽織って、庭に出た。

 水色の空に白い雲、それに朝日の光が当たりオレンジにも金色にも見える。


「ピンク色の空の時もあるのよ」


 背後から声がし振り向くと、幼馴染が立っていて、その姿にドキリとした。

 だって、金色の光が当たって、めちゃくちゃ綺麗で……。

 幼馴染が一瞬、ブルリと身体を震わせる。


「今朝は、少し肌寒いね」と言って、自分の両の手で腕を摩る。

 オレは自分が着ていたパーカーを脱いで、幼馴染に駆け寄ると、その肩にかけた。


「ありがとう……」


 オレを見上げて笑う。その金色の笑顔が、本当に綺麗で。

 オレは、思わず幼馴染の顎を指先で少し持ち上げてキスをした。


「……ごめん」


 驚き目を見開く幼馴染を見て、思わず謝る。けど、彼女は何も言わなくて。


「好きだよ。子供の頃から……。キス……したくなるくらいに」

「……え……うそ……」

「嘘とか冗談でキスすると思う? オレが」

「……いや、出来ないと思います」

「なんで敬語」と、思わず笑う。


「あの……その……。その気持ちは、えっと……」

「恋人になりたいと思う、好き。です……」

「子供の頃から……? ずっと?」

「うん……」


 空が、少しずつ色を変えていく。けど、今はそれどころじゃなくて。彼女の赤く染まった顔が、朝焼けの色のせいなのか、オレのせいなのか、見定めたくて目が離せない。


「でも、高一の時、彼女いたよね?」

「それ今言う?……自分だって、彼氏居たじゃん……」

「それは……」

「確かに、付き合ってた子いたけど。すぐ別れたよ。なんか、どこ行くにも何するにも、お前じゃないって思う自分がいて。その子に悪い気がしたから……」


 その答えを聞いて、幼馴染は俯いてしまった。


「なぁ。もし、オレがお前と同じ大学合格したら、彼女になってくれる?」

「え……」

「本当は、今すぐが良いけど」

「それは……受験生なんだから、勉強、頑張ってほしいです」

「じゃあ頑張るから、一日一回、キスしていい?」

「何故そうなる!?」


 勢いよく顔を上げた幼馴染に、オレは素早くキスを落とす。


「こうやって、マーキングしなきゃいけないから」

「マーキングって……!」

「好きだよ。本当に」

「……うん」

「ねぇ」

「うん?」

「オレがキスしても嫌がらないの、期待するけど。いいの?」

「……いいよ。だって。私も、ずっと好きだから……」

「……なにそれ、ズルいんだけど」


 オレは嬉しさのあまり、彼女を抱きしめた。


 オレのこと、ヘタレって言った妹よ。

 兄ちゃん、決める時は決めんだぜ?



×××

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