第45話 高校デビューの、冬


 高校デビューだ! と、意気込んで。

 中学の卒業式後、みんながワイワイ何やら最後の親睦を深めている最中。俺はホームルームが終わって速攻で教室を出た。

 なんでも、在校生が卒業生を見送るとかで、正門前までアーチだか何だか、花道を作るとか担任が言ってたけど、そんなの関係ねぇ。俺は、こんなクソみたいな中学生活をサッサと捨てて、新しい俺になるんだ。


 俺の中学生活。

 まぁ平たく言えば陰キャだった。


 絵に描いたような分厚い眼鏡。切ってもすぐに伸びる量の多い髪のおかげで、常にモサっとしている見た目。一見、めちゃくちゃ真面目君なのに、勉強が出来るわけでも、スポーツが得意なわけでもなく……成績は中の下。オモロイ話が出来る訳でもない、かと言って趣味の話が出来る訳でもない。友達と呼んで良いのかどうかもわからない同級生が二人いたが……。

 とにかく、何においても非常に中途半端な出来具合。

 真面目に授業出てんのにな。何故か身になってないんだよ。何故か。ほんっと、不思議なくらい。


 まぁ、そのおかげで軽いイジメ的な事もあった。だが、それにめげる事なく、ちゃんと通った三年間。

 部活動もやって無かった俺には、後輩に思い入れがある訳でもない。てな事で、俺は裏門から誰に見送られる事なく出て行った。

 どっかの青春ドラマなら、門を出て学校に向かってお辞儀でもすんだろうけど。そんなお辞儀をするほど、学校の教師やらに良くしてもらった記憶もない。むしろ、名前すら覚えてくれなかった教師すら居たくらいだ。そんな大人にお世辞にも「お世話になりました」なんぞ言いたくもない。


 愚痴が長過ぎたが、とにかく俺は裏門から出て、どこへ行ったか。


「そんで? 高校入学までに、髪染めてピアス開けてコンタクトにしたい、と……」


 俺は、親戚の兄ちゃんの家に来て、事前に買っておいたファーストピアスのキッドをテーブルの上に置いた。

 目の前に置かれたキッドを見て、俺を見る。兄ちゃんは、バンドのボーカルをやってるだけあって、めちゃくちゃにイケてる。少し長めの髪はダークブロンドに染められて、両耳のピアスは……あれ? 前より増えてんな? 何個開いてるんだ?

 ……ともかく、俺の密かな憧れでもある。その憧れの人の目は、どこか面倒くさそうだ。

 

「自分じゃ怖くて出来ないから、オレに開けろと」

「頼めるの、兄ちゃんだけなんだよっ」


 俺は……四人兄弟の末っ子で上は三人姉妹だ……。女所帯の我が家の大黒柱、唯一の味方である父ちゃんは、単身赴任中。

 男同士の会話なんぞ、この兄ちゃんの他、出来る人間が居ないのだ。


「一昨日、今日の予定を聞いてきたと思ったら、こういう事かぁ。そんで? 髪の毛はどうすんの? その薄っすら見える袋ん中、ブリーチだよな? もしかして、オレが切って染めんの?」

「うっす!」


 俺が気合いを入れて返事をすれば


「うっす、じゃねぇよ」

 

 とイケメンが笑う。


 ……俺も、こんな風にカッコよく変身したい……っ!!


「オレ、美容師じゃないからな?」

「でも、兄ちゃん器用じゃん。自分の髪、自分で切ってるって言ってたろ?」

「まぁ、金ねぇから。バンドに金使いたいからなぁ」

「カッコいいよ、兄ちゃんの髪型!」


 わはは、と笑いながら「あんがと」と言う兄ちゃんは、しかしなぁ……とテーブルに頬杖をついた。


「おじさんには、電話したの?」

「うん。母ちゃん達には内緒でやってしまえって。言うと、絶対反対されるからって」

「おじさんも、ぶっ飛んでるからなぁ。しかしだ、オレ、お前の姉ちゃんズに責められるの、ほんっと、嫌なんだけど?」

「大丈夫。その辺の対策は父ちゃんからアドバイス貰った」

「アドバイス?」

「船尾屋のケーキ買っておけって」

「船尾屋て。中坊に買えねぇだろ。あんな高級ケーキ屋」

「大丈夫。軍資金って、父ちゃんが振り込んでくれたんだ」

「ピアス代もか?」

「それは自分の小遣い。ピアス代とかも軍資金出るなら、美容室行くって」


 兄ちゃんは、そりゃそうかと独り言のように言うと、ニヤリと笑い俺の肩をパンと叩きつつ手を置いた。


「よっし。わかった! もし、ピアス代やらブリーチ代もおじさんの軍資金って言ったら、協力しなかったが……。自分の小遣いでやろってんなら、協力してやるよ」

「本当!?」

「おぅ。そうと決まれば、サッサとやろう。まずは、髪から。ピアス先に開けると、衛生面で心配だからな」

「え、開けてすぐ風呂とか入っちゃダメなの?」


 ファーストピアスの知識も何も無い、勢いだけで来た俺に、兄ちゃんは色んなことを教えてくれながら、俺の大変身を手伝ってくれた。


 大変身と同時に持って帰った船尾屋のケーキは、父ちゃんの予想通り良い仕事をしてくれて、姉ちゃんズからの口煩い小言は最小限に抑えられ、寧ろ「案外、似合ってるじゃない」なんて言われた。


 ケーキ(賄賂)の力、恐るべし……。


 そして、あれから三年……。


 高校デビューをして、見た目が大きく変わった俺だが、中身までもが陽キャになった訳ではない。というか、寧ろ、どちらかというと、なんというか……。


 ヤンキーに間違われて、遠巻きに見られる一年を過ごした。


 ……こんな筈じゃなかったのに……。


 髪色を黒に戻そうかと思ったが、何故か兄ちゃんが定期的に髪の毛のメンテナンスをしてくれるが為に、断りづらくなり……そして、スキルアップした兄ちゃんの腕により、俺の髪型は斬新になり……さらに人が寄り付かなくなった二年。たまに話しかけられても、コミュ力が無さ過ぎて会話が続かなかったおかげで『無口キャラ』設定にされてしまった……。

 


 そして、高校三年の冬。


 この三年間、イジメ的なものには一度も合わなかったし、変な輩に絡まれる事も特にないが、友達ができる訳でも無かった。成績は……相変わらず、中の下で。しかし、『見た目の割に出来てる』という謎の高評価が……良かったのか何なのか。複雑な気持ち。


 次は、大学デビューか。


 そんな事を考えながら、受験勉強に疲れて近所の公園に来ていた。


 子供の頃には大きく見えた滑り台が、やけに小さく見える。そのてっぺんに登って、手摺りに腰を下ろす。


 夕暮れが、地平線で悪足掻きして、夜になるのを拒んでいるみたいに赤く染まっている。

 天井を見上げれば、一番星が勝ち誇ったように輝いて、夜の訪れを告げている。


 ぼんやりと、夕空と夜空の攻防戦を見守りながら頭の中を空っぽにしていると、誰かに呼ばれた気がして、視線を下へおろした。


 滑り台の下には、同じクラスの女子生徒が一人。二年から同じクラスになって、俺が唯一、喋る子だ。って言っても、何気に委員会が被るから、それで話す機会があるってだけだ。

 それ以外の会話は、ほぼない。

 何故なら、俺の元々の糞コミュ力が『無口キャラ』設定により人語を失いかけてしまい、言葉が出てこなくなったのだ。これは、本当に致命的である。


 それでも、彼女だけは、よく話しかけてくれた。朝の挨拶や、帰り際に。


 それもあってか、彼女の事はちょい気になっていた。……けど、彼女の周りはいつも笑顔があって、明るい奴が揃ってて。俺には眩し過ぎて、近寄れなくて。

 たまにチラ見するだけで、幸せな気持ちになれた。多分、これは好きって気持ち。でも、言わない。笑顔をチラ見するので、満足だった。


 だから、こんな所で声を掛けられるなんて、思いもしなくて。俺は驚きながら、思わず手摺りを飛び越えて、そのまま滑り台のてっぺんから飛び降りた。


「あはは! すごい! 大丈夫?」

「え? あ、ああ。うん。……どうしたの、こんな所で……」

「従姉妹の家が、この近くなの。今から帰ろうとしてたんだけど、空が綺麗だから、ちょっと公園に寄ってみようって思って来たら、キミがいた!」

「ああ……ここ、まぁまぁ、高い場所だからな」

「そう。だから、空が綺麗に見えるかなって」

「そうか……だいぶ、暗くなってるけど」


 彼女は、そうだねと、笑って答えた。少し離れた場所にある街灯の灯りが、仄暗く彼女を照らす。

 その姿を見て、俺は頭の中に浮かんだ言葉を、口にするか否か考えた。沈黙が流れていく中、彼女は空を見上げている。

 その姿が、なんとも心許なくて。


 俺は、自分の中の勇気を振り絞って言った。


「……こんな時間に、女の子が一人で来るには、あんま良くないよ」


 俺の言葉に、彼女が驚いた様に見上げてくる。


「……こんな時間にって言っても、まだ六時半だよ?」

「え、あ! いや、あの、えっと……」

「ふふ。ありがとう、暗くなってから来るのは危ないって、心配してくれたんだよね?」

「あ……あの。……はい。そうです……」

「なんで敬語!」


 薄暗い公園に、明るい笑い声が響く。

 

「ありがとう……。ところで、キミは何してたの?」

「お、俺は……。家が、近くなんだ。勉強に疲れたから、ちょっと散歩してて……」

「へぇ、そうなんだ!」


 この辺に住んでたんだねぇ、と独り言の様に小声で言って、軽く辺りを見回す。


「あのさ、」

「あのね、」


 声が重なって、お互いオロオロしながら譲り合う。すると、彼女が少し硬い笑顔を見せて、俺を若干、上目遣いで見上げる。


 か、かわ……。


「あのね……あの。好きな人って、います、か?」


 ん? 


「あの、ですね……」


 急に彼女が顔を下げ、もじもじとしだした。

 文字通り、両手をもじもじさせているのだ。


 どんな鈍感な俺でも、気が付いた。


 この展開は、もしや……来る!?


 大きく息を吸い込んだ彼女が、グイッと顔を上げる。その顔は、何やら戦いに挑むかの様で……ちょ、ちょっと、怖い……。


「受験中って、わかっているんだけどね!」

「う、うん……」

「でもね、やっぱ、どんな結末であろうと、スッキリしてから、勉強を頑張りたいって思うのよ」

「ん?……うん」


 なに? あれ? 想像と違うか?


 勝手に盛り上がって来ていた俺の心の中は、しゅんと萎み出す。


「一年の時、正門で出会ったあの日から、ずっと好きでした!」


 来たーーーーーーーーーーー!!!!


「付き合ってくださいっ!」


 薄暗くてもわかる程、赤く染まる顔でグッと両目を瞑る彼女に、俺の萎んだ心が再び膨らむ。

 嬉しい……めっちゃ嬉しい。

 気になってた子から。しかも、一年の頃からって言った? この子っ!? 俺覚えてないけど!

 俺は、黙ったまま喜びを噛み締めていたら、彼女がそぉっと目を開け、不安そうな瞳とぶつかる。


「ご、ごめんなさい……」

「……え?」

「迷惑、だったよね……。忘れて! 今のなし!」


 えぇーーーー!?

 いやいや、待ってよ! なんで!?

 あ! 俺のせいかっ!


 ごめんなさい、と勢いのある、しかしやたらと綺麗なお辞儀をして立ち去ろうとした彼女。

 俺は、一瞬呆気に取られ、立ち去る彼女の後ろ姿を見送ろうとしていた。が、ハッと気が付き急いで追いかける。


「待って!」


 彼女の手首を掴むと、勢いついてそのまま自分の腕の中に彼女が収まる。


 ……あ、これ、ドラマで見た事あるー……。


 自分の心臓の音が、やたらうるさく耳に響いて、彼女が何かを言ったのが、よく聞こえない。だけど、自分の気持ち、ちゃんと言わないと。


「ありがとう……凄く、嬉しい……」

「……うそ」


 俺は、自分の両腕に少し力を入れ、彼女を抱きしめる。


「……本当です」


 彼女が静かに泣く声が、耳に届く。ますます、心臓が激しく鼓動を打つ。

 経験値0男の俺は、抱きしめたまま、この後、どうしたら良いのか分からず、とりあえず彼女の頭を恐る恐る撫でる。……泣き止んで欲しくて。


 しばらくして、お互いぎこちなく離れれば、彼女が涙でぐしゃぐしゃな顔で上目遣いをする。


 かわいいなぁと思いつつ、自分のパーカーの袖で彼女の頬の涙を拭った。


「俺、みんなに怖がられてるし、あんま、みんなと話してないけど。いつもキミが声を掛けてくれるの、嬉しかったんだ……」

「……みんな、怖がってないよ?」

「え……?」

「カッコ良いって。男版、高嶺の花って感じで。みんな、女子はもちろんだけど、男子も言ってるよ? 玉ちゃんなんて、キミに憧れて髪染めたんだよ?」


 え、なに、男版高嶺の花って?

 玉ちゃん? たしか、俺の斜め後ろの席の男子生徒か? あ、確かに、突然、髪染めて来てたな……そういや、なんか、やたら視線を感じてたけど。ガンつけられてるんだと思って、怖くて見ない様にしてたわ……あわわわ……。


「……そう、だったのか……気が付かなかった……」

「もう一度、言って良いですか?」

「え? なに」


 彼女が、涙で濡れた瞳で見上げてくる。

 街灯の下。さっきより、しっかりと彼女の顔が見える。少し緊張したような、でも、どこか嬉しそうな顔。


「ずっと前から好きです」

「待って」

「え?」


 制した俺を、瞬時に不安そうに見つめる。大丈夫、不安にならないでよ。


「俺に言わせて?」

「え……?」

「俺も、ずっと気になってました。俺と、付き合ってくれませんか?」


 大きく見開かれた瞳が、街灯の灯りでキラキラと輝く。そして、数秒間を置き、彼女は満面な笑みで「はい!」と返事をくれた。


 お互い、へへッと照れ笑いを浮かべていると、彼女が熱のこもった瞳を向けてきた。

 何か、期待のこもった瞳……これは、もしや……アレを、期待してる??

 いや、だがしかしだよ、今、告白し合ったばかり……。


 あ、目を閉じた……これは……やはり、そういう事ですよね?


 多分、彼女は俺の風貌から『慣れてる』と思っているのか……いや、もしかしたら彼女が『慣れてる』のか? え、なんか急に不安になるんですけど!?


 そうこう思っていると、彼女がクイッと背伸びをして、俺の唇に自分のそれを押し当てた。ほんの数秒。パッと離れる。


 俺は心の中で「きゃっ」といい、目を見開いた。

 彼女は、頬に自分の両手を当てて、恥ずかしそうに瞬きを繰り返している。


 ああ……もう、アレコレ考えるのはやめだ。彼女が『慣れて』いようがいまいが、今この時は、俺の彼女になったんだから。


 彼女の両手の上に俺の両手を重ねれば、彼女が僅かに顔を上げる。

 それと同時に、俺はその艶やかな唇にキスをした。


 高校三年の冬。


 受験真っ只中の今日、俺は高校デビューを成功させた。


×××

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コバルトブルーの空の下で 藤原 清蓮 @seiren_fujiwara

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