第9話 監獄 ~オリヴィア視点~

 頬に伝わる、冷たい感覚に目を覚ますオリヴィア。

 ゆっくり起き上がり、漠然と辺りを見回すと、先程まで共に戦っていた女性達が倒れている。

 向かいの牢屋には、農民の様な雰囲気の女性達が、足を抱えてうずくまっている。

 牢屋の入口にはランタンの光が煌々と焚かれているおかげで、こちらも向こうも状況は容易に把握できる。


「勇者さま、起きられましたか?」

 声の主へ振り返るオリヴィア。

 それは、両膝に仲間の頭を置いた一人の剣士だった。

 彼女の仲間の両腕には包帯が巻いてある。


「彼女達の手当を…。」

 オリヴィアが、近付くと剣士は首を横に振った。


「ここに連れて来られた直後に、スケルトンが回復魔法をかけてくれました。

 そして、『心労しているようだ。』と語りかけ、この状態で私にも回復魔法をかけました。

 そのまま意識を失い、目覚めたら、勇者さまが居ました。」


 オリヴィアは剣士の前に屈み、彼女の頭に手を置いた。

「私は勇者ではありません。

 さぁ、もう少し眠りなさい。」

 誘眠の呪文を唱えると、剣士は再び眠りに着いた。


「さって…と。」

 ゆっくり立ち上がり、改めて全体を見回すオリヴィア。

 ようやく自分達が捕らえられている状況が見えてきた。


 オリヴィア達遊撃部隊の女性達が隔離されている部屋。

 向かい側は、恐らく物資を運んでいた商隊の女性達。

 彼女達の右隣りの部屋に商隊の男性達。

 左隣りは護衛兵の男性達。

 そのさらに左隣りに護衛兵の女性達。


 どうやら、ここ数日で手にした捕虜を性別と捕らえた場所ごとに集めているようだ。

 牢屋は、さらに奥へと伸びているが、オリヴィアが確認できたのは、その程度の事だった。

 部屋を隔てるかべはもちろん、牢屋の格子も頑強な造りのようで、物理攻撃は勿論、魔法も通用しそうにない、黒く冷たい鉱石で設えられている。


 さて、オリヴィアが観察を続けていると、左奥から木棚を押しているコボルドを従えた鎧姿のスケルトンが現れる。


 彼らは牢屋の前で立ち止まると、スケルトンが牢屋の中を確認し、コボルド達に指示をする。

 指示を受け、コボルド達は木棚からパンとスープ皿を牢屋の入り口に置いていく。


 同じ作業を繰り返しながら、徐々にオリヴィアの牢屋に近づいてくるスケルトン一行。

 オリヴィアの向かい側の牢屋に来たところで問題が発生する。


 コボルドが差し出したスープを取り上げ、スケルトンへ投げつける農民の女性。

 彼女の行動に激高し、コボルト達が牢屋に飛び付こうとするが、その行動を阻止するスープまみれのスケルトン。

 彼は深々と頭を下げると、農民の女性は崩れ落ち、さめざめと泣き出す。


 さて、おもむろにスケルトンがオリヴィアの方に向き直ると、オリヴィアは深々と頭を下げ話した。

「申し訳ありません。

 みんな、正気ではないのです。」


 オリヴィアが顔をあげるとスケルトンを始め、コボルド達も頭を下げてきた。

 規律正しい所作に驚くオリヴィア。


「貴方達は、なぜ食事を準備されるのですか?」

 黙々と作業を進めるコボルト達。


 彼らから直接パンとスープを受け取るオリヴィア。

「ありがとう。」

 オリヴィアがお礼を述べると、コボルト達は恥ずかしそうにハニカミながらスケルトンの後ろに隠れてしまう。

 スケルトンは、しばらくオリヴィアの顔を見つめた後、改めて頭を下げ、次の牢屋へ移動しようとする。


「あの…。」

 呼びかけるオリヴィアの声に足を止めるスケルトン。


「シャル…シャーロットという子は居ませんか?

 彼女は無事ですか?」

 しばし立ち止まっていたスケルトンは、振り返ること無く、ゆっくりと歩みを進めて行った。


 次の牢屋でも同じ所作をするスケルトン。

 しかし、コボルド達は、オリビアの顔をチラチラと心配そうに眺めながら、作業を続けていた。

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