第38話 交渉人

「久しいですね、ルドウィン卿。」

 アキラが話しかけるが、虚ろな瞳で答える雰囲気のない領主。


 衛兵長とあいじんが領主の前に立つ

「お前のような下賤の者が、お館様に話しかけるとは恐れ多い。」

「そうですか…。

 おかしいですねぇ、領主自ら依頼されたんですけどね。」

 そう言って、一枚の討伐書を彼らの前に見せるアキラ。


「そ、それはっ!」

 書類を見て、衛兵長が半歩下がり、冒険者たちがザワつき出す。

「何を騒いでいるの、バカバカしい。」

 髪をたくし上げ、領主の口元に耳を寄せる妾。

 しばらく話を聞いている風を装った後、領主の代弁を始める。


「この者たちに制裁をっ!」

「え~と、僕に制裁を掛けるのなら、その根拠を示してもらえます?」

「その討伐書を持って生還しているからです。」

「意味が解りませんよ、シーリン嬢。」

 妾が叫べば、アキラが冷静に受け答えしている。


「吸血鬼と対峙して、何故生きて帰ってこれるの?

 そんな事あるの?」

「お陰様で、ここに居ますよ。」

「それこそ、あなたが神隠しの主犯じゃないのっ!!」

「神隠しは何時から始まっていたのでしたっけ?」

「あぁ~~っ!!

 もう、うるさいうるさい、とっとと捕まえるのよっ!!」

 ヒステリックになっていくシーリンと、あくまでも冷静に答えるアキラ。

 その姿を見ていた衛兵や冒険者の多くがアキラに関心を示し、妾に疑問の眼差しを向けてくる。

 そして、彼女が激高したところで、大半の兵と冒険者が武器から手を離していく。


「何をしているの?

 ワイルダー卿っ!!何とかしなさいっ!!」

 妾が隣の衛兵長に噛み付く

「それは、主の声ですか?」

 ワイルダーも冷めた目でシーリンを見返す。

 徐々に後退りするシーリンと、冒険者の中に控えていた彼女の部下たちが領主を盾にするように集まりだす。


「おのれぇ~、人間風情がぁ~。」

 目が赤く光りだすシーリン。

「おやおや、ようやく本性が出てきましたね。」

 それまで黙っていた黒いフードがゆっくりとアキラの隣に出てくる。


「アキラくん、すまないがあいじんの相手をして下さい。」

 アイテムボックスから、アキラの相棒を引っ張り出す黒いフード。

「ワイルダー殿、ヴィー。

 兵と冒険者を我々の後ろに避難させなさい。」

了解、相棒You got it!!」

 アキラは妾に切りかかり、そのタイミングに合わせ、ワイルダーは領主を救出、ヴィーは衛兵と冒険者の前に障壁を展開する。


「忌々しい人間め、何故我々を追い詰めるっ!」

「あなた方は、自滅が得意なようですね。」

 腕で刀を受け止めシーリンが吠えれば、にこやかな顔で黒刀を振るい続けるアキラ。

 シーリンを取り巻く冒険者も常軌を逸した奇声を上げてアキラに襲いかかている。


 剣舞を舞うように乱戦を楽しむアキラ。

「これは、素晴らしい。

 英雄の名に相応しい剣舞まいですねぇ。」

 黒いフードが感嘆の声を上げれば、ヴィーを始め、一同が彼の剣舞を唾を飲んで見つめている。

 しかし、所詮は多勢に無勢、徐々に押され始めるアキラ。

 善戦しているが、剣舞の範囲は狭まり、包囲の口が閉じようとした正にそのタイミング。


「アキラ、離脱しなさいっ!」

 黒いフードが檄を飛ばす。

了解、相棒You got it!!」

 言葉と同時に、包囲の口から飛び出すアキラ。


封印シールドっ!!」

「こ、これは、神のふ…う…い………。」

 呪文の詠唱とともに、シーリン一味を囲むように白銀の魔法陣が出現したかと思うと、彼らの動きを一気に束縛する。

 辛うじて喋れていたシーリンも、瞳を動かす以外に術はなくなっている。


神の封印シールド…トマスも使えるけど…ここまでの代物とは…。」

 アキラが驚き、ワイルダーやヴィーたちも一瞬の出来事に言葉を失う。


「さて、領主様はどちらに?」

 黒いフードがワイルダーのもとに倒れ伏している、領主に按手をする。

浄化ピュリ。」

 領主の目に生気が戻ってくる。

「お館様!!」

 ワイルダーの声に答え、ゆっくりと起き上がる領主。

「すまぬが、事情を説明してもらえないか?」

 ワイルダーが領主を玉座に案内した後、今までの事情を掻い摘んで話していく。

「そうか…シーリンが…。」

 封印されているシーリンを憐れむように見つめる領主。

 …が、ここでハッとする領主。


「メリンダとレベッカはどうした?

 二人とも神隠しにあってしまったのか?」

 ワイルダーに食って掛かる領主。

 そして、何も答えられず黙り込んでしまうワイルダーと衛兵たち。


「ルドウィン卿。」

 黒刀を鞘に仕舞い、領主の前に進み出る。

「おお、勇者アキラよ。

 我妻と愛娘は居るのか?

 生きておるのか?」

「はい、領主様、こちらに。」

 アキラが隣に控える黒いフードに合図を送る。


次元門ゲート。」

 蜃気楼のような二つの人影が徐々に実体化する。

 そう、領主の妻と娘が現れる。

「メリンダ…レベッカ。」

「あなたっ!」

「お父様っ!」

 三人が駆け寄り抱き合うと、何処からともなく拍手がさざ波のように沸き立つ。


 やがて拍手が収まると、領主がアキラに話しかける。

「褒美は何を望まれるか、勇者よ。」

 アキラはくだんの討伐書をかざして領主に答える。

「本件を取り下げてもらいたい。」

「しかし、彼らは魔物だぞっ!」

 緊張する領主に不安げな顔になる兵と冒険者たち。


「彼女たちは、人ですよ。

 人ならば話せるんです。

 一方的に害するのはおかしくないですか?」

「し、しかし…。」

「お父様、アキラの意見は聞くべきよ。

 ねぇ、ラインちゃん。」

「そうね、レベッカ。」

 レベッカがウインクすると、それを合図に黒いフードを取る男。

 フードの下から現れるガイコツに愕然とする一同。

「お父様、私に対話のチャンスを頂戴。

 きっと、うまくいくわ。」

「レ、レベッカ?」

「あなた、私からもお願いします。」

 メリンダの一言で、領主も渋々、首を縦に振る。

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