第34話 吸血姫
「ああ、私たちのご主人さまは、いつ来てくださるのかしら?」
「お姉様、まだ十年しか経っておりません。」
「そうね…まだ十年ですものね。」
「ええ、その前は三十年もご不在でしたもの。」
「本当に、女を焦らすのが、お好きな方よね。」
「そうですね、お姉様。」
月の光に照らされ、天蓋を備えたベッドに座る二人の少女。
この部屋には二人以外誰も居ない。
静寂を破り、扉を叩く音が部屋に広がる。
「どうしました?」
「お客様です。」
姉妹の問いに、扉の向こうでメイドが答える。
「客間にご案内を。」
「かしこまりました。」
外套を羽織り、ベッドから降り立ち、誰が来たのかと話しながら客間へ移動する姉妹。
客間の扉を開くと、客人は既に待っていた。
食台の脇に立つ黒いフードを纏った巨漢。
「まぁ、ライン様。」
「ライン様、お久しぶりです。」
姉妹が会釈をすると、黒フードが振り返り、フードの下からガイコツが顔を出す。
「ライラ、シイラ。ご無沙汰ね。
元気してた?」
ひらひらと手を降るガイコツと、満面の笑みで客を迎える
メイドが入ってきて、給仕を始めた頃、再び扉を叩く音。
「どうしました?」
「お客様です。
…が、冒険者を名乗っておりまして…。」
「こちらにお通ししなさい。」
何のためらいもなくメイドに指示を出すライラ。
「かしこまりました。」
メイドの気配が扉から離れる。
「大丈夫でしょうか、お姉様。」
「こんな夜更け、しかも満月の夜に、私たちのところに来るなど、よほど腕に自信のある勇者か、どうしようもない愚者のどちらかよ。」
姉妹が話していると、その隣に席を移動してくるライン。
「彼らが紳士であるといいんだけど。」
出されたお茶の匂いを楽しみ、ゆっくりと飲んでいるライン。
姉妹もお互い微笑みあって、客人の来訪を待つ。
廊下を歩いてくる複数人の足音。
扉で停まると、ノック音が響く。
「どうぞ。」
ライラに促され入ってくる冒険者。
さて、入ってきたのは、モーニング姿の紳士が二名と祭祀姿の男性が一名の三人パーティ。
隣に控えるメイドが携えているのは、ブレード一本とスタッフ一本。
どういう訳か、冒険者はエモノを素直に渡したらしい。
メイドに案内され、姉妹の対面に座る冒険者。
「こんばんは。
突然の来訪にも関わらず、丁重なおもてなしに感謝します。」
年少の青年が頭を下げ、伴の二人も同じように頭を下げる。
「それで、どのようなご用件かしら?」
「はい、実は…。」
一枚の討伐依頼書を取り出す青年。
「あなた方の討伐依頼書です。」
「ふむ。」
書類に目を通す姉妹。
「それで、私たちの討伐に?」
ライラが微笑む。
「であれば、ここでお茶を頂くことは有りません。」
「そうね。」
青年の返答に、シイラも微笑む。
「僕の名前はアキラ。
隣はクロムウェル。
そしてトマスです。
お見知り置きを。」
「私はライラ。
妹のシイラ。
そして、ハインケル様です。」
紹介を受けたものが、一人づつ会釈をしていく。
「ここに来ましたのは、この依頼書の真偽を確認するためです。」
「ほう。」
アキラの言葉にラインが興味を示す。
「僕たちは、とある方からこの依頼を受けました。
しかし、話の出処が不明瞭なこと…。
道中で立ち寄った村々の話を聞くと、依頼の背景に整合性が取れないこと…。
不確定要素が二つも揃った以上、当の討伐対象の話も聞かねばと思い、伺った次第です。」
「私たちが、この場であなた方を殺害することは考えなかったのかしら?」
「門番の丁寧な対応を見れば、いきなり殺害もないと思います。」
ライラの問いに、あえてウインクを返すアキラだが、どうにもアキラの不釣り合いな所作に、一同笑ってしまう。
場が和んだところで、シイラが話をする。
「察しの通り、私たちは吸血鬼です。
働いているメイドたちも近隣の村から集めました。
が、手当も出せば、彼女たちの望みに合わせて、一時帰休も認めています。
彼女たちの血を少なからず分けて頂いていますが、健康を害する事の無いように注意しています。」
「普通に食事もしますからね。」
ライラがウインクする。
あまりの可憐さに来客三人が赤面してしまう。
「ということは、神隠しなどはあり得なく、一般的な吸血鬼のように、貪ることはないわけですよね。」
アキラの問いに頷く姉妹。
「さて、アキラくんは、どうするのかな?」
「これは、依頼者である領主に、討伐書と前金突っ返して、おさらばするしかありませんね。」
アキラがにこやかに答え立ち上がる。
「突然お邪魔し、大変失礼しました。」
「今夜は、こちらに泊まっていきなさい。」
礼をして立ち去ろうとするところをライラに呼び止められるアキラ。
「夜はまだ長いし、トマスくんは、ハインケル様に興味がありそうよ。
それに、クロムウェルさんは、流石に眠そうね。」
実際、クロムウェルは大あくびを何回かしているし、トマスはハインケルの方に釘付け状態だった。
「では、お言葉に甘えて。」
メイドに促され退室するアキラとクロムウェル。
そして、トマスは客間に留まる事を許されるのであった。
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