第27話 王女の戦後処理 前編

「かぁ~いぃもぉ~~んっ!!」

 グレゴールの大声に答え、王都を取り囲む城塞の正門がゆっくりと開かれていく。

 門の中には、先行していたトリトン領の兵士たちが隊列を組み、王女シャルの凱旋を喧伝けんでんしている。

 が、人が見当たらず、グレゴールの叫ぶ声も虚しく響くばかりだった。


 中央通りを抜け、王城へ向かう一行。

 その姿を窓越しに眺める住民。


 王女を乗せた馬車オープンデッキが通過する際に注がれる視線には、憤怒、絶望、侮蔑、嫌悪の色が混ざり、およそ来訪者を迎えるには不相応な雰囲気を醸し出している。


 視線に晒され震えるシャルの手を強く握るソープ。

「私も居るわ…。」

 冷たい視線に晒されて、馬車は粛々と王城に入って行く。


 そして、城門が閉まると、迎えに出てくる人々はメイドたちだけ。

 男性に至っては、文官どころか、近衛兵すら居ない。


「国王は、本当に根こそぎ男性を連れて行かれました。」

「今、この国を護る術は有りません。

 王都の市民は憔悴しょうすいし、私たちも何をどうしたら良いのか…。」

「恐れながら、お供の兵士たちでは…たとえ、グレゴール卿が居られても、どうしようも有りません。」

 メイドたちが絞り出すように話せば、彼女たちの傍に寄り添い、真剣に聞き入るシャル。


 彼女たちの後ろで様子を見ているグレゴールにソープが話しかける。

「四爵の私兵は徴用されたかしら?」

「ソフィア様の兵士たちがそうであったように、恐らくは…。

 ただ、マイケル卿の話によれば、各人が領主のもとへ返されたと聞いています。」

「王都の住民と兵士はって、ラインが言ってたから…。」

 少し考え込んだ後、何かを閃いたのか、グレゴールの顔を見やるソープ。


「ソフィア様?」

「とりあえず、四爵の私兵を王都に呼べないかしら?

 それと、他の諸侯の方々も…。」

「手配します…が、近隣諸国への防備は?」

「今は、王都の維持が最優先よ。」

「御意っ!」

 グレゴールは、近くに居た兵士に声をかけ、指示を出し始める。


「こちらも準備しないと…。」

 そう言って、シャルのもとに向かうソープ。


◇ ◇ ◇


 二日後、玉座の間。

 第三王女シャルには不釣り合いな玉座、そこに座っているシャルの胸中は如何程のものだろうか。

 そして、彼女の前には四爵と言われる男性が膝をかがめ頭を垂れている。

 シャルの左隣にはグレゴールとメイド長が立っている。

 ちなみに、トリトン泊の後ろには、ソープが控えている。


「御前会議を始める。」

 グレゴールの一声で、全員が面を上げ、立ち上がる。

 どの顔も、一癖も二癖ありそうな顔が揃っている。


「それでは…。」

 早速、王国の防衛と治安について意見の交換が行われる…のだが。


「何にしても、男手が足りません。」

「我々の私兵でどうにか出来る段階ではないぞ。」

「しかし、有るもので何とかせねばなるまい。」

「女性騎士や術者まで徴用されていると言うではないか!」

 御前会議が喧々諤々けんけんがくがくの様相を呈している。


 シャルは黙って目を閉じ、四爵の口撃が終わるのを待っている。

「姫には、何か思うところがお有りのようですな。」

 トリトン伯がシャルに水を向けると、他の三人も押し黙る。


「はい…。」

 シャルがゆっくりと立ち上がる。


「魔王と取引を行い、捕虜となっているモノたちを返還してもらうのです。」

「して、キャツの要求する見返りは何でしょうか?」

「何が俎上そじょうに上るかは解りません。ゲイル卿。」

 ゲイルと言われた血気盛んな中年男がゆっくりと腕を組む。

「では、交渉はこれから…と。」

「そうです、オーウェン卿。」

 オーウェンと言われた老男性は、寂しくなった頭を掻き始める。


「異議ありっ!!」

 玉座の間の扉を開き登場する少年と母親とおぼしき貴婦人。

「これは、ティルト公爵様の嫡男ハンス殿と、ご母堂のアリーナ殿。」


 グレゴールが二人のそばに駆け寄り、お辞儀をする。

「殿下、此度の戦いは、貴女の母君、王妃陛下の敵討ちだったはず。

 その敵に情けを乞うというのですか?」

「ハンス、今は、私怨で動くときではないの。

 この国の存亡が掛かっているの。」

「しかし、姉上…。

 それでは、父王や姉上たちの恨みは誰がはらすのでしょう?」


 ハンスと言われた少年は、四爵を押しのけ、シャルの前に駆け込みひざまずく。

「お願いです、私に魔王討伐の下知をっ!!」

 アリーナも、ハンスの傍に来て跪く。

「殿下、どうか我々の願いを聞き届けて下さい。」

 言い寄る二人に、蔑視の視線を向けるシャル。

「そなたたちは、二人だけで挑むのですか?」

「いえ、四爵のお力をお借りして…。」

 ハンスが答えかけた時、シャルは彼の頬を張る。

「それでは、何の意味もないんです。」

 ハンスが頬に手を当て、シャルを見返す。

 視線の先にあったのは、涙をたたえ苦しい表情のシャル。

「…。」

 ハンスとアリーナは言葉を失った。

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