045:精霊の牢獄②




「あたしが言えるのは精霊界は追い詰められているということだ。それだけは理解してくれ」

「追い詰められている?」

「ま、王サマのせいじゃないんだけどな。ヒカル!ミズキ!来い!」


 時空の裂け目からヒカルとミズキが舞い降りた。自分がいない時は大精霊の言うことを聞くように言いつけてあった。だからついてきたのだろう。二人は膝をついて朔弥とニクスに頭を下げる。


「王サマ、この二人ちょっと借りるぞ?ヨナは王サマ守ってろ」

「別に構わないが‥何をするんだ?」

ぎ払う。ここを抜けないと牢獄にいけない」

「牢獄?」


 その言葉にさらに怖気が、ここに降り立ってから感じていた寒気が身を震わせる。遠くの岩場に洞穴が見える。あれが牢獄ということだろう。だがそこに続く大地にはあの黒いものがうごめいている。


「サクヤでもわかるだろ?この地は穢れているんだよ。穢れた精霊が住み着く大地だ。あたしらはジャレイって呼んでる」

「ジャレイ?」


 脳内で邪霊と漢字変換される。そこで朔弥は理解する。精霊には属性があるがもう一つ分類が存在する。穢れているかそうでないか。朔弥の脳内のイメージではアンデットにニュアンスは近かったが意味合いはもっと簡単だ。


 精霊の出生や属性は関係ない。善悪でも光闇でもない。邪に染まったかそうでないか。光であれども邪に染まる。以前遭遇したあの鬼も穢れていた。


 だからこれほどの嫌悪感を感じるのかと納得した。この嫌悪感で自分はもう人ではなく完全に精霊なのだと痛いほどにわかった。


「この邪霊の巣に囲まれた牢獄。中は時空魔法が封じられている。普通は脱獄不可能だ。そもそも精霊が近づかない。牢獄の番人以外は入れないところだ。待ってるんだがどうやら説得は失敗したようだ。だから中央突破する」

「ちゅ、中央突破?!」

「押し通る。力押し。邪霊の数が尋常じゃねぇ。いちいち相手してらんねぇんだよ。こいつらに話は通じない、例え王サマでもな」


 精霊王でも話が通じない。知能がない。意思疎通ができないということだろうか。だがいつも勝ち気な闇の歯切れがやはり悪い。一抹の不安が募る。


「そんなことして大丈夫なのか?!」

「うーん?五分五分?まあやってみないとな」


 ふと闇の大精霊が笑みを浮かべた。


「まあサクヤが今来て話が出来てよかった。あたしがダメだったら何も見なかったことにして城に帰れ。サクヤはここにいちゃダメだ」

「は?何を‥」

「絶対無茶すんじゃねぇぞ。お前は死ぬな。王が死んだら全てが終わるからな。ヒカル!ミズキ!合体!」

「え?」


 ニクスの掛け声と共に二人の体が砂塵の如く崩れていく。兆を超える光と水の小精霊が蜂の群れのように黒い渦となった。そこにニクスの召喚した膨大な数の闇の小精霊が合わさる。そこから巨大な槍を持つ黒い人形ヒトガタが現れた。

 原理は朔弥がやった人型整形と同じ。だが属性が混ざりあい色も黒い。名も与えられていないために形が不安定だ。どうやら闇の小精霊でなんとか結合しているようだ。突如現れた黒い巨人を朔弥は口を開けて見上げていた。それはいつか見た鬼の姿に似ている。ニクスにとってこれが最強のイメージなのかもしれない。


 黒い巨人の登場に邪霊たちがざわめいた。巨人の肩にニクスが飛び乗る。そして鋭い声を発した。


「薙ぎ払え!」


 巨人の口が大きく開かれる。そこから眩い閃光が放たれた。水と光、闇の合わさった光線が山岳地帯を焼き払う。炎と熱風が朔弥に襲いかかるもヨナの翼に庇われた。辺りは一気に炎に包まれた。その様は世界の終末のよう。この巨人ならこの世界を焼き払えるだろう。


 その一方的な展開に朔弥が愕然とした。戦闘力に差がありすぎる。


「ニクス!止めろ!ここまでする必要はない!」


 だが戦闘は止まらない。巨人はゆっくり歩きながら光線を発射。岩場が抉られていく。閃光を避け邪霊は逃げ惑うも巨人に牙を剥いた。この地は彼らの地、突然現れた殺戮者へ当然の反応だろう。邪霊たちが巨人の脚に這い上がる。蟻のように群がる邪霊に巨人が払い除けようと槍を振るも足が止まった。そして閃光が瞬いた。ニクスも応戦しているが邪霊の数が多すぎる。


「ニクスもう止めろ!戦うな!」


 巨人に群がる黒い邪霊。ただ漫然と、無為に戦闘が続く。押し通ると言っていたニクスは中央突破できていない。個々は弱い存在でも数負けしている。このやり方では無理だ。心なしが巨人の形が崩れてきている。


 急いでいるのに。中にルキナとヴァルキリーがいる。囚われている。戦いたいわけじゃない。ここを通るだけでいい。なのに———


 ここで何も見なかったことにして俺に逃げろと?


「いい加減にしろよ‥」


 膝をついた朔弥がギリリと奥歯を噛み締めた。脳内でプツンと何かが切れる音がした。


「止めろお前ら‥止めろと言ってるのが聞こえないのかッ!!」


 振り下ろした朔弥の拳が地面に叩き込まれる。ズンという音と共にそこから衝撃波が噴き出し全てを吹き飛ばした。閃光で焼けた炎も巨人も巨人に群がる邪霊も吹き飛んだ。ニクスは衝撃波をモロに受けたがどうにか宙に留まっていた。


 衝撃波で巨人が砂塵ように崩れて小精霊となる。その欠片が集まりヒカルとミズキを形ち取った。そして朔弥の前に跪いた。


 辺りが静まり返る。宙に浮くニクスが目を瞠り絶句していた。


「‥‥あ?」

「俺の声が聞こえていただろう?俺が止めろと言ったらすぐに止めろ」


 朔弥は立ち上がり空のニクスを見据える。キレた朔弥の低く静かな、よく通る声にニクスが息を呑んだ。その謎の威圧に動けない。いつぞや一度この威圧を受けたが今はその比ではない。こくんと喉がなる。王に双眸そうぼうを鋭く据えられて動けない。ニクスの背を緩い汗が流れ落ちた。


「俺に反することは許さない。いいな」

「う‥‥‥」

「ニクス、答えろ」

「‥‥はい」

「次はない。覚えておけ」


 王から視線を外され呪縛の解けたニクスが地面に降り立ち膝をついた。その前を朔弥が歩み通る。そして吹き飛ばされ怯える邪霊たちに声を張った。


「先程はすまなかった。こちらに殺戮の意思はない。俺たちはここを通りたいだけだ。どうか戦わずにここを通してくれないか」


 言ってることは慇懃で丁寧。だが低い語気に圧がある。語る言葉は謝罪し願い出ているがこれは命令だ。誰も抗えない。力差は歴然。邪霊に話は通じなかったが、いいよな?文句あるか?あぁ?!と精霊王の覇気でねじ伏せられた。


「いくぞ。ヨナは一度戻っていい。ありがとな」

「クェェ」


 朔弥の歩みに合わせて震える邪霊が遠巻きに退いていく。そこを朔弥が悠然と通り抜けた。その後にニクスと中精霊二人がついていく。それを空から神鳥が見送った。

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