001:せいれいのせかいへようこそ!①




 そこは真っ白な世界だった。


 正確にはたくさんの白い布がぶら下がっていた天井だった。それがいわゆるベッドの天蓋だと朔弥は霞む目でようやく理解した。

 暗い穴を落ちていていきなり白い世界に入り目がくらむ。酷い眩暈でなんとか手を動かそうとしてその声が聞こえた。


「皆の衆、ついに‥ついに王君おうきみが降臨なされましたぞ!」


 少し艶のある落ち着いた女性の声。しかし知っている言葉がずいぶん古く堅苦しい。ぼぅとする頭でそちらを見て朔弥はさらに目を疑った。そこには女性という女性がじっと自分を見ている。広い部屋だと思しき視界全てに色とりどりの衣装を纏った美女がわんさか溢れていた。その先頭に若々しくも落ちついた、でもやはり美しい女性が微笑んでいた。肩までの長さのストレートの黒髪が美しい。


「ご気分はいかがでしょうか、我が君」

「‥‥‥‥」

「何かお口に含まれると意識がはっきりなさいましょう、これをお召し上がりください」


 差し出されたコップはガラスではない。なんともゴテゴテのコップから水らしきものを口にあてがわれ飲み込んだ。


「えっと‥‥俺はどうして‥‥」

「時空酔いが残っておいでですね、休まれればいずれご気分もよくなります」

「はぁ‥」


 先程からの酷い眩暈は酔っていたのか。酒は飲んでいなかったから乗り物酔いみたいなものか?それとも痛み止めか何かの薬?改めて周りを見回したがここは病院ではないようだ。身を起こした朔弥に黒髪の女性は気遣わしげだ。


「どうぞ無理をなさらずに」

「えっと‥俺の記憶では確か道路が崩壊して穴に落ちたんですが‥ここ、病院ですよね?」

「ビョウイン?いいえ、違います」

「ん?」

「ここはセイレイカイです。この度ヘイカはセイレイオウになられこの地に降臨なさいました」

「んん?」


 セイレイ会?セイレイ会病院?セイレイオウになった?病気の名前か?


 やはり事情がよくわからない。だが目に見えるこの状況は異常だ。自分はまだ意識を失って夢を見ているのかもしれない。そうでなければ女性達に囲まれる意味がわからない。服装から看護師とも思えない。キャバクラとかそういった浮ついた感じもない。美しい服や宝石で全員恐ろしく着飾られている。そこから連想するなら———


 ありえない。朔弥は頭を振って先程から話しかけてくる妙齢の女性に声をかけた。


「すみません、ちょっと頭が混乱していて‥先生を呼んでもらえます?」

「先生とは?何か調べごとでございますか?」

「えっと、何かおかしいんで調べてもらいたいんですが」

「何を‥‥?」

「俺の頭を」

「頭?」


 さらに困惑するその女性に朔弥も混乱していた。どうも話が噛み合わない。その女性が背後の者たちとヒソヒソと話をしていたがついと朔弥に振り返った。


「どうやら情報伝達で何か齟齬そごがあったようでございますので僭越ながら私から申し上げます。私のことはファウナとお呼びください」

「はぁ」


 やはり何か連絡不手際か人違いか。そう思っていたらとんでもないことが耳に飛び込んできた。


「ヘイカは我々のショウカンに応じセイレイオウになられました」

「‥‥‥‥‥ヘイカ?ショウカン?」

「ヘイカ。貴方様でございます」


 そこで脳内のヘイカという音が陛下に変換された。セイレイオウは精霊王。セイレイ会は精霊界。ショウカンは召喚。ぽんぽんと脳内で単語が漢字変換されここでようやく合点が行った。


 あーセイレイオウって精霊王か。なんだー、ヤバい病気か新種の魚かと思った。精霊界は病院名じゃなくて今流行りのアレ‥‥‥え?


「ええ?精霊界?ってどこ?どこだって?何県?」

「ここです。ここは精霊が集ま」

「ちょっと待って?精霊王?俺が?王サマ?!なんで?!」

「精霊界にはユウタイが存在しません。ハンショクキには王になる資格のあるお方を召喚しており」

「召喚って?!ユウタイ?!王の資格?なんで?なんで俺?!」

「特にセイリョクの強いお方をお招きしてお」

「なになに?セイリョク?セイリョクってなに?!全然意味わからん!」


 頭を抱え喚きまくる。大パニックでかぶせ気味にボンボン質問を投げる。大混乱の中で繁殖期、雄体、精力と脳内変換され愕然とする。


 精力といえば?夜がお盛んなアレかい?!


「ななな何かの間違いでは?!俺は!全く!ちっとも強くないです!」


 というか?自分の強弱もわからない。朔弥は彼女いない歴イコール実年齢のピカピカの未経験ドーテイだ。そもそもこんな枯れた男の精力が強いとはこれ如何に?!


 人生で何か成すことがあればいいとは思ったけどさ!だからってこの展開はないだろうが!ひどすぎる!


「いえ間違いなく。近年稀に見るほどに素晴らしい精力をお持ちです」

「精力!二回目!はぁ?!聞き間違いじゃないのか?!」


 目の前の女性は恥じらう様子もなくしゃあしゃあと言ってのける。その様子に朔弥は愕然としたがふと思いついて合点がいった。


「あ!精力って精霊力ってことか?」


 それならこのファウナという女性が恥じらわない意味がわかる。そもそもそういうエロい意味じゃないんだ。


 なあんだ、精霊王なら精霊力が強い?ってことか。流石にそうだ。いくら未経験だからってつい下ネタな発想をした自分が恥ずかしい。ははは。


 目を泳がせ軽く現実逃避気味に乾いた笑いをこぼす朔弥にファウナから冷静な否定が飛んでくる。


「いえ、陛下の精霊力も素晴らしいですが精力は精力です。子を成す力が強く強靭な生命力で子を」

「わ———ッ ストップストップッ もうそれ以上言わないで!!」


 ぎゃぁぁと悲鳴をあげて両手をかざす。もう下ネタキャパオーバーだ。

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