002:せいれいのせかいへようこそ!②




「なんで?!なんで王になるのにアレの力が?!全然関係ないでしょ?」

「現在精霊界は数百年に一度の繁殖期でございます。そのために多くの子を成していただくためにこの度は特に精力の強いお方をと天に望みました」

「‥‥はぁ?俺はつまり種馬ってこと?」

「いえそのようなこ」

「言ってんじゃん!!」


 絶叫する朔弥にファウナは無表情だ。見た目の若さに比べ中身はなかなかに豪胆だ。


「で?繁殖期って?」

「はい、繁殖期にのみ我々は王君をこの地にお呼びすることができます。この期を逃すと次の繁殖期まで子を為せません」

「え?は?子?」

「はい、陛下の血を引く御子です。どうぞ陛下の御子を私どもにお授けくださいませ」

「えっと?私とは?」

「こちらいる者でございます」


 ファウナの背後に控える女性陣が全員頭を下げる。大部屋の奥までその姿が広がる。一体何人いるのか。朔弥がぞっと引いた。ドン引きだ。


「私はおしとね下がりさせていただいております。もうそのような歳でもございません」

「えっと?そのような?歳じゃない?失礼ですが?おいくつですか?」

「忘れましたが‥‥五千ほどでしょうか」

「五千‥ッ」


 朔弥が絶句する。話す言葉は確かに年配の貫禄を感じていたが。見た目は朔弥と同じか少し年上にしか見えない。


「ここではトコヨと違い見た目は年齢と影響ございません。力が強いものほど若く見える傾向があります」

「トコヨ?」

「陛下がいらした世界です」


 脳内で常世と漢字変換された。その表現は意味深だ。朔弥の背に汗が滲む。


「え?常世?えっと‥聞いてもいいかな?ここは死後の世界なのかな?」

「いわゆる死後ではございませんが、常世での陛下の肉体は消滅しております」

「消滅?俺は死んだのか?!」

「精神は生きております。この地では肉体は不要ですので召喚時に消し去られると伝え聞いております」

「じゃあ?どうやったら帰れるのかな?!」

「帰られるのですか?過去即位された王君にそのような前例は‥」


 だろうよ!こんなハーレム、普通の男なら天国だろうがな!


 だが朔弥にはそれ以上に大事なものがあった。

 戸惑うファウナに朔弥は頭を抱えて絶叫する。


「冷蔵庫に利尻昆布の水出しが入ってるのに!お取り寄せのアワビとウニも解凍してたのに!今日はそれで美味しいいちご煮にしようと思ってたのに!!千枚漬けに牛トロ丼!全部食べておけばよかった!!」

「イチゴ?セン?」

「あ、いいです。俺の魂の叫び。いやしんぼ。煩悩です。はぁ‥‥」


 天涯孤独。親しい友人もいない。やり残したこともない。いわゆる常世への心残りは食い残した食材だけだ。


 諦めればどってことない。どってこと‥ない‥


 朔弥は目元を押さえぐっと涙を堪える。なかなかのダメージだ。


「そろそろよろしいでしょうか?」

「ぐいぐいきますね。よくないですけどなんですか?」

「あまり時間もありません。ひとまず一人目を選んでいただけますでしょうか?」

「一人目?」

「ソバメでございます」


 ずいとファウナが焦れたように詰め寄ってきた。朔弥の脳内でソバメが側女と漢字変換される。


 側女?側に置く女?お世話してくれる人?それともソッチの意味?この文脈なら後者か?


「‥‥‥‥え?」

「ですから」

「いや、意味はわかった。わかったけど時間がないとは?」

「召喚された王君の寿命は五百年から千年ほど。それほど時間がござ」

「五百?!十分でしょ?そこ急ぐとこ?!」

「人数も多いので時間も」

「いやいや?どんだけ想定してるのさ?いきなりシないからね?!勘弁してよ!なんなのここは!俺そこまで節操なしじゃないし!」

「しかし」

「絶対ダメ!!むむ無理!ぜ!全員お友達からお願いします!」

「‥‥‥‥オトモダチ?」

「お友達!これ命令ね!」


 ファウナが背後の女性たちとヒソヒソと話をしている。どうやらオトモダチの意味がわからない模様。ファウナが困惑顔だ。


「失礼ながら‥オトモダチとは?」

「お!おおおお友達はとりあえず名前を覚えて話をして一緒に遊んで!」

「それ、要りますか?」

「お友達!要る!絶対!」

「はぁ‥でしたらオトモダチでよろしいので一人選んでください」

「えええええ?!」


 逃さないと言わんばかりのファウナの圧に朔弥が後退る。側女だろうと友達だろう結局誰か選ばなくてはならない。


「陛下は人選の明をお持ちです。この中に誰かおりませんか?」

「人選?」

「王が王配を選ぶ才でございます。目が合えばそれと解ります。ささ、如何でしょう」


 選ぶという意味もわからず目だけで辺りを見回す。多くの目と視線が合うもやはりよくわからない。

 困り果て目前に控える女人の群れを見渡していた時、朔弥の背筋をぞくりと何かが這い上がった。無視できないそれに朔弥が振り返る。群れの端、白いものが朔弥の視界を掠めた。

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