046:精霊の牢獄③




 洞窟は細く伸びていた。途中邪霊に出くわしもすぐに怯えたように身を隠す。朔弥の放つ精霊王の気配が邪霊を遠ざける。朔弥は足を止めることもなく黙々と奥へと進んだ。何か突き抜けたせいで思考は澄んでいて躊躇いはない。何も恐れるものはなかった。


 牢獄の最奥、少し開けた場所に出て朔弥が目を瞠る。そこには二人の大精霊。


「サクヤ‥」

「陛下‥」


 二人の大精霊が争っていたとわかる。その背後には牢の鉄格子。その中に朔弥が視線を送り息を呑んだ。


「ルキナ‥ヴァルキリー」


 牢の中で両手両足を鎖にばくされた精神の大精霊、そこに寄り添う光の大精霊。二人が投獄されている。見えたものが信じられない。


 ここは牢獄。番人しか入れない。おそらく番人はこの大精霊二人。だが二人は争っていた。一人は説得役。ニクスもそう言っていた。そしてもう一人は牢を背にしている、相手を阻止するように。一目で状況は理解した。しかし事情はわからない。


 その大精霊に朔弥は目を向けた。


「———これはどういうことだ、ファウナ」


 膝をつき頭を下げ平伏する樹木の大精霊ファウナは無言だ。朔弥の放つ威圧に水の大精霊ヴァルナが身を引いた。ニクスに囁きかける。


「これはどういうことですの?なぜサクヤがここに?!」

「悪い。地雷を踏み抜いた」

「はぁ?大事にしないよう説得するまで待つって」

「すまん、焦って動いちまった。今のあいつに逆らうな。あたしらでも消される」


 無言のファウナを見据えるも答えはない。取り繕うこともない。ファウナのその様子で朔弥の脳内にある可能性が浮かび上がった。


 目を細めた朔弥が視線を鉄格子に向けて右手を払う。その一振りで鉄格子が砂塵の如く崩れ去った。罪人を逃さないように特に丈夫に作られた格子を手刀一振りで粉々にした。控えていた大精霊二人が目を瞠る。


 無言で牢に入った朔弥が二人に歩み寄った。そしてヴァルキリーの枷に繋がる鎖を手刀で切断する。意識なく倒れるヴァルキリーを受け止めて抱き支えた。ルキナは縛されていなかった。きつく抱きついてくるルキナの肩を労うように抱いてやれば安堵の息が出た。語らなくてもその態度でルキナも不安だったとわかる。朔弥の中の焦燥が半分消えた。


「遅くなってごめんな。よく頑張った、えらかったぞ。大丈夫か?」

「ルキナへいき。まもったけどヴァルキリーつかれてる」

「どのくらいここにいた?」

「はんにちくらい」


 自分が眠っていた間だ。それはキツい。王であってもここのおそましさがわかる。息苦しい。精霊界で最上位に相当する光のルキナがヴァルキリーを守っていてもこれだけ消耗しているのは枷で縛されたためか。それとも下界で肉体を有しているためか。意識のないヴァルキリーの額に手を置いて精霊力を送る。そのすべはなんとなくわかった。ふわりと大精霊が目を開けた。


「ヴァルキリー?」

「サ‥クヤ?」

「ああ、すまん。巻き込んだな。俺のせいだな?」

「ごめん‥サクヤ‥わたし‥側女になれないよ」


 その言葉にやはりと朔弥は確信し目を閉じた。


 朔弥にそのつもりはない。この大精霊はあくまで自分の同士だ。心を許してはいるが恋愛対象にない。だがそう映らなかったあの大精霊に縛された。


「それは絶対ない。俺がさせない。本当にすまない。俺の意図したことではないがお前に酷いことをした」

「サク‥」

「下界まで送り届けよう。だがその前にもう少し力を。だいぶ弱っている」

「‥‥よかった‥」


 ふぅと安堵の息を吐くヴァルキリーとの会話をファウナが平伏しただ沈黙して聞いている。


「詫びがしたい。もう一度問う。お前の願いはないか」

「‥いいよもう」

「部下のしでかしたことは王の責任だ。そうだろう?」


 身を起こしたヴァルキリーの手を取り目を閉じる。精神の大精霊を通して下界の様子が朔弥の脳内に映し出される。

 灰銀色の髪の男が見えるもすぐに消える。そして傍に愛らしい小柄の女性。さらにそこにはもう一人の男。端正な顔立ち、やや冷たい雰囲気で背が高く鈍い金髪を有している。だがあまりに精霊力が希薄だ。


 魔術?魔導士か。少し違う?この男は?

 だがひどく心が硬い‥これは‥‥

 

 そこで映像がぷつりと途絶えた。ヴァルキリーが打ち切ったようだ。精神は頬を赤らめて目を伏せている。そこでこの大精霊が置かれている状況を理解した。


「なるほど‥‥これは手強いな」


 呟いてふむと朔弥が思案する。


 これもおそらく前例がないことだろう。歴代王の記憶はない。だが本能でわかる。精霊界の摂理を歪める行為だ。だが不安はなかった。


「ヴァルキリー、お前を守護精霊の任から解く」

「‥‥‥‥え?」

「お前はただの大精霊だ。誰のものでもない」


 ヴァルキリーが掠れた声を出して目を瞠る。周りの大精霊も同様だ。


「待て待てサクヤ!それはマズい!」

「なぜだ?」


 闇が思わず声を上げてからしまったと顔を顰める。これがこの大精霊の性分。考えるより先に体が動いた。


「いやぁその‥‥まだ召喚士は下界にいるし守護精霊がいなくなるのは」

「当然代わりの守護精霊は送るようになる。交代するだけだ」

「こ、交代すんのか?!」

「ありえませんわ!」


 今度は水も声をあげる。朔弥が眉を顰めた。それ程に異例のことなのか。


「ヴァルキリーはもう下界で肉体を得ています。それは守護精霊だからですわ。それを交代すればヴァルキリーがどうなるか」

「どうもならない。肉体もこのままだ。ただ守護精霊の任を解く。ヴァルキリー、選べ。あの男のツガイになるか?」


 精神の大精霊の喉がひゅっと鳴った。背後の大精霊たちも息を呑むが言葉は発しなかった。

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