047:精霊の牢獄④
あの部屋でヴァルキリーに望みを尋ねた時はあの男の命を無限にするという提案。それは拒絶された。ならばもう一つ。
「え?いいの?だって‥」
「まだあの男には
「あの、でもその‥あの
「わかっている。厄介な男だ。お前もわかっているな?だからこれは賭けだ」
精神の大精霊の喉がこくりと鳴った。
「あの男の目を覚まさせろ。あの男から請われなければお前は消滅する。それでも賭けてみるか?」
大精霊の輪廻から外れ人族の嫁の輪廻に入る。これは大精霊の無限の命を捨てて有限の命の輪廻に入るということだ。そして有限の輪廻にさえ入れなければ大精霊は存在意義を失い消滅する。
ヴァルキリーは迷わず決断した。
「お願いします」
「いいな?賭けに勝ってもいずれお前は消滅する」
「構いません」
万年生きた大精霊が消滅する。その答えにニクスが目を閉じた。一方ヴァルナは衝撃から愕然と目を瞠る。ファウナもヴァルキリーをじっと見つめていた。
ヴァルキリーの真摯な視線を受けて朔弥がふわりと破顔した。そして大精霊の手を取り目を閉じる。
精霊界の理が見える。大自然の理。天から聞こえると思った声はここから聞こえていたのかもしれない。今そこに手を加える。輪廻を組み変える。
「ならばその通りに。お前の望むままに。行ってこい」
朔弥がヴァルキリーに手を翳した。それは時空魔法。牢の中は時空魔法が封じられていたが朔弥はそこを強力な精霊力で押し切った。
「ずいぶん時間が経ってしまった。改めて詫びを。俺の分まで猫に謝っておいてくれ」
「ふふ‥そうします」
「交代の守護精霊は後ほど送る」
「はい」
「元気でな、精神の」
「ありがとうサクヤ‥ルキナも助かったよ。ありがとね」
ヴァルキリーが傍に寄り添っていた光の大精霊の頭を撫でた。ヴァルキリーが囚われてからずっと付き添っていたのだろう。そしてここから朔弥をずっと呼んでいた。
有限の命の輪廻に入ればもう精霊界には戻れない。賭けがどう転ぼうとヴァルキリーに会うことはこれが最後だろう。返しきれないほどの借りを作ってしまった。これで少しは返せただろうか?
ヴァルキリーが朔弥の背後の二人の大精霊に視線を向け、ふとファウナに顔を向けた。歯を見せてにかっと笑う顔はいつものヴァルキリーだ。
「ファウナっち‥ごめんね。やっぱ無理」
「ヴァルキリー‥‥」
ヴァルキリーはおそらく無抵抗でこの牢に入った。相手がファウナだったから。二人は親しい友だった。ヴァルキリーはファウナの事情も理解していた。ファウナもそれと理解していた。しばし二人の視線が絡まりヴァルキリーは微笑んだ。
「ありがとう‥さよなら」
ヴァルキリーの笑顔が時空に消えた。
大精霊のいなくなった空間を見つめしばしのち、ふぅと息を吐いて朔弥が立ち上がる。そのままに口を開いた。
「ファウナ」
「はい」
ファウナが両手をついて平伏する。ファウナが呼ばれたのに黒紫の大精霊二人がびくりと身を震わせた。朔弥の声音が低い。怒りを帯びた凄みのある声だ。王は振り返り平伏する大精霊を見据えた。
「わかっているな?己のしでかしたことが」
「はい」
「俺は側女はいらないと言った。お前はその命に反いた」
「はい」
「監禁され脅されたヴァルキリーが応じたとしても俺が許さない。お前もそうとわかっていただろう?」
「はい」
「申し開きは?」
「ございません」
「そうか」
ルキナが朔弥の手をぎゅっと握った。
怒りはある。だがこれは自分への怒りだ。ここまでこの大精霊を追い詰めた。友であった大精霊を監禁するほどに。
どうすればよかった?
精霊界の事情だとしても嫌なものは嫌だ。
だが自分ができることももっとあったはずだ。
毎日会っていたのにどうしてもっと気を配れなかった?
精霊界は追い詰められているとはこういう意味か。
朔弥から嘆きとも怒りとも取れるため息が出た。
「それほどに精霊は数が少ないのか」
「多くはございません」
「俺に子を成せと?」
「それが精霊王の最大の使命でございます」
ファウナは職務を果たしただけだ。王の命に反いてまでも。王が心を許し気にかけた大精霊、その僅かな可能性に賭けた。それがこの大精霊の忠誠、違背は本意ではない。そこは理解している。
だがこのままというわけにもいかない。覚悟の上で王命に反き大精霊を監禁した。ファウナも罪を自覚している。許しが欲しい訳ではない。
「ヴァルキリーはお前の罪を問わなかった。だがお前は俺の命に反した。犯した罪は罪。贖え」
ファウナがさらに頭を下げる。そこへ王の厳威の声が降った。
「ファウナ、勅命を以て命ずる。これより半日この牢に留まれ」
背後の大精霊二人が絶句する。だがファウナは平伏したままだ。
「ヴァルキリーの負ったものをお前も負う。見張りはおかない。枷も錠もかけない。お前は俺の命で、その忠誠でここに留まる。いいな?」
「かしこまりました」
「ちょっと待った!一人でここに?!」
やはり体が先に動く闇の大精霊が立ち上がった。この大精霊はなんだかんだと仲間思いだ。だから最初に事情を語らなかった。
「わかってんだろ!ここは!精霊にとって地獄だって!」
「そうでなければ罰にならない」
「ヴァルキリーにはルキナがついていた!一人じゃ無理だ!辛すぎる!」
「それが罰だ」
「せめて見張りを」
「見張りはおかない」
ぐっとニクスが押し黙る。勅命は絶対だ。ヴァルナはファウナを見やり頷いてみせる。そのヴァルナにファウナはほのかに微笑んだ。そして再び頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
「罷免はしない。罪を償ったら俺の元に戻ってこい」
「はい、誠に」
「もう謝んないでよ」
朔弥がふぅと息を吐いた。その吐息で朔弥の纏う威圧が霧散する。
「全部償ったらおしまい。この話はもうしないよ?抹茶アイス作っとくからさ、戻ってきてねファウナさん」
ファウナが無言で平伏した。その肩は震えていた。
たぶん、これでいいんだよな?
手の中の暖かい手を握り返す。ルキナがこくんと頷いた。
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