006: 聖域降臨!②




 朔弥はウキウキとキッチンの機能を一通り確認する。


「水でる、火もつく、電気つく。どっから電力きてんだ?気にすんな俺!冷蔵庫、レンジ動作OK。パントリーにストックあり。おっしゃ!」


 だが生鮮食材が足らない。そういえばあの日は買い出し直前だった。


「あー、レタスにトマト切らしてたんだ。バターも少ない。しまったな。こんなことならもうちょっと買い足しておけばよかった」


 大学の帰りに買って帰る予定だった。まさかこんな展開になるとも思っていなかったから仕方もない。キッチンがあっても食材がなければ何の意味もないだろう。


 落胆と共に野菜庫を再び開けて目を瞠る。先程は空だった野菜庫が今はレタスとミニトマトが入っている。レタスは丸まっていないリーフレタスで新鮮でパリパリ。ミニトマトも真っ赤だ。


「だがきゅうりがない」


 引き戸を閉めてもう一度開けるときゅうりが増えていた。


「‥‥バター」


 冷蔵庫を開けたらお気に入りの瓶入りバターが入っていた。扉を閉める。しばしうーんと唸る。


 これはひょっとして?


「インカの目覚め」


 野菜庫を開けたら小粒の黄色いじゃがいもが追加されていた。扉を閉めイメージを膨らませて呪文のように唱えてみる。


「紅あずま」

「青天の霹靂」

「ゴールドラッシュ」

「ダークホース」

「時知らず‥‥ってマジか?!」


 冷蔵庫にはさつまいもに米5キロ袋、とうもろこし、カボチャ、鮭の切り身が入っていた。鮭は皮付き。脳内でイメージしたものと全く同じものが冷蔵庫に入っている。


「やべぇ、これが天地創造?旬を無視しまくっとるがな!シナノスイート食べたい!」


 冷蔵庫のドアを閉じて開ければ美味しそうな赤リンゴが入っていた。


 マジか?マジか?!

 語彙貧困だがそれしか出ないって!


「買い出しいらず?!無限食材?!これは料理天国じゃないか!!」

「いえ、陛下、料理はほどほど」

「何作ろっかな?まずはいちご煮だ!仕込んだままだったし!いや、その前にとりあえずの腹ごしらえか」

「いえですから」

「米!まずは米だ!米を炊こう!土鍋!」


 苦言を呈するファウナそっちのけでうきうきと米を洗う。米を水に浸したあたりでルキナのことを思い出した。


「あ、そうだ。ごめん、ルキナも何か食べような。何がいいかな」


 側で大人しく朔弥の様子を見上げていた少女に笑いかける。


「米は時間かかるしなぁ。俺のイチオシは和風ナポリタンだけど食べられるかな?まあダメだったら俺が食うか」


 戸棚を開けてエプロンを取り出した。大鍋に湯を沸かす。冷蔵庫を開ければ思った通りナポリタンの食材が入っていた。この冷蔵庫は優秀だ。愛用の鋼三徳包丁を出しアイランドキッチンで玉ねぎとソーセージをスライス。ピーマンは好き嫌いがある。今回はやめておこう。フライパンでケチャップの水気を飛ばしながら背後に声をかけた。


「あ、ファウナさんも食べてく?俺の特製ナポリタン。大人気だったんだよ」


 高校の寮の夜食で一番人気だった。中華鍋で大量に作れるし材料も少ない。味付けは醤油、酒、みりん、ケチャップ。常備調味料というシンプルさ。何より炭水化物。最悪具がなくてもいい。これでも食っとけ!と飢えた後輩たちに山盛りを出していた。


 何か言いたげなファウナがぐっと顔を顰め、やれやれとテーブルについた。朔弥がニカッと笑う。

 ルキナが食べやすいよう半分に折ったパスタを茹でている間にケチャップと共に具材を炒め、茹で上がったパスタと絡めて出来上がり。


 皿に盛られたナポリタンにルキナは興味津々だ。目をまん丸にして湯気を見ている。トッピングに刻みのりを振る。三人で食卓についた。


「旨い!味がする!ルキナは?食べられるかな?」

「おそらく初めての食事です。最初は不慣れでももありますし大丈夫でしょう」


 記憶?記憶って何の?


 朔弥のフォークを真似てルキナがフォークを刺したがうまくすくえない。二人羽織のように後ろからフォークを持ってやる。


「こうやってくるくるっと‥口に入れて‥歯で噛むんだ。そんでごくんと」


 朔弥に助けられ、冷ましながら口に含みゆっくり咀嚼する。それからは口を真っ赤にしながら頑張ってフォークを使い食べ切った。


「お?うまいか?食べられてよかった。あ、ファウナさん、味はどうかな?まだ海苔あるよ」

「大変美味しゅうございます。あの陛下」

「何?」


 美しい所作でナポリタンを食べるファウナが口元を拭いふぅと息を吐いた。どうやら食事の仕方を知っているようだ。五千年も生きていれば当然だろう。


「私のことはファウナと呼び捨てでお願いいたします」

「えー?呼び捨てはなんかしっくりこないんだよね。ファウナ様も捨て難いし?ファウナさんも親しみがあっていいし?どっちがいい?」

「はぁ、お好きにお呼びくださいませ」

「じゃあファウナさんで」


 ナポリタンはちゃんと味がした。やはり作り手が味を知らないとダメらしい。逆を言えば味を覚えている自分が作れば美味いものを作れると言うことだ。


「さあて、後片付けと夕飯の準備をしようかな。皿はこうやって片付けるんだよ」


 ルキナと共に皿を下げ食器を洗う。踏み台に乗ったルキナは水に触れて楽しそうだ。その二人の仲睦まじい様子をファウナが見やり嘆息しつつ席を立つ。


「ごちそうさまでした。私はこれで」

「あ!今晩はいちご煮作るから!ファウナさんも絶対来てね!」

「はぁ、かしこまりました」

「絶対だよ!来ないと一生後悔するからね!」


 まずは敵の胃袋を掴もう、必殺技で。

 冷蔵庫を開けて朔弥はニヤリと笑う。


 帆立と利尻昆布の水出し。このコンビは最強だ。

 具もふんだんに入れる。北海道産のエゾアワビにムラサキウニだ。

 磯煮は一撃必殺。シンプルだが理不尽な凶器。誰も敵わない。


 そうしてその夜、ファウナはいちご煮に陥落した。

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