005: 聖域降臨!①




 朔弥は楽観を決め込んだ。


 深く考えればドツボにハマる。衣食住は保障されている。命の危険もない。ホラーは苦手。血も嫌い。怖い目痛い目にも遭ってはいない、今のところは。つまり望んだ状況ではないが最悪の状況でもない。

 ファウナの何か言いたげな視線は痛いが繁殖期、王様云々も忘れた。しばらく問題ないだろう。そう踏んで早々に問題にぶち当たった。


「うわぁ、なにこれ‥」

「お口に合いませんでしょうか」

「口に合わない以前の問題。味がしない」


 食事がしたいと言えばファウナが驚いた顔をした。肉体がない精霊界ではそもそも食事からエネルギーを取る必要がないという。朔弥も腹は減っていないが一日三食きっちり食べていた習慣は簡単に消えない。脳が食事を欲しがった。


 見た目は豪華絢爛の料理だがどれも味がしない。食感もおかしい。歯ごたえが全部粘土のようだ。


「えっと?味覚って無くなるんだっけ?」

「そのようなことはございません。料理は食事をしたことがないものが作りましたので味がないのでしょう」

「うーん?そういうもん?」


 食べたことがないものに料理を作れというのも無茶か。


 じゃあこの料理はどこから?


 ふわふわと白い手が食卓に料理を並べる様子で思考を止めた。そこは学習済みだ。深く考えるのはやめよう。


「えっと?なら俺が作れば味がするんじゃないか?」

「陛下御自らおつくりに?」

「別にいいでしょ。キッチンどこ?」

「きっちん?」

「え?まさかのわからない?厨房?台所?」

「ちゅー?」


 料理がない世界にキッチンがあるはずもない。無駄とわかりながらも必死で説明する。ないなら作るしかない。食へのこだわりは人一倍だ。飯が食えないなら心が死んでしまう。


「えっとね?水が出て火が使えて材料冷やす倉庫があって食糧庫があって‥そんな部屋が欲しいんだけど」


 自宅のキッチンを思い浮かべる。リフォームしたての最新アイランドキッチンは掃除しやすく使い心地が良かった。脳裏に焼き付いた聖域が鮮明に思い浮かぶ。そんな思考でファウナに説明するも反応は鈍い。ファウナは困ったように首を傾げている。

 そこで朔弥は例により肩をトントンと叩かれた。この展開は何度も経験済みでもう慣れた。朔弥は、ん?と振り返る。


 白い手が背後の扉を指差した。先程までそこになかった扉。何もない空間にドアが立っている。誰でも知ってるかの有名な!どこにでも行けちゃうドアのように。突然現れたそれは見覚えがある聖域への扉だ。


「え?ええ?まさか?」


 扉を開けて朔弥は歓喜の声を上げる。そこは確かに朔弥の聖域のキッチンだ。アイランドキッチンにダイニングテーブル。大型冷蔵庫まで同じ。冷蔵庫を開ければ解凍中のウニやアワビ。アワビはまだ凍っている。奥には水出し昆布が見えた。チルドルームには大事に一枚ずつ食べていた千枚漬け。冷凍庫には牛トロ丼。


 冷蔵庫の前で朔弥がへなへなと腰砕けになる。常世で食い残した食材が目の前にある。涙をのんで諦めた食材が!


「これこれ!お前ホントすげぇな!俺んちのキッチンだ!くぅぅ!最高だよ親友!」


 散々ホラー扱いしていた白い手と朔弥はがっちり熱い握手をする。体があればハグしているところだ。嬉しいのか白い手がほんのり赤くなる。


「これは‥そんな‥」


 おずおずとキッチンに入ってきたファウナが青ざめている。


「すごいよ!うちのキッチンじゃん!帰ってこれたんだよね?‥‥って?あれ?何かまずいのか?」

「まずいというか‥ですね」


 眉間を揉んで瞑目するファウナ。何がいけないのか?


「これは陛下の“テンチソウゾウ”と“ジクウマホウ”のお力です」

「“てんちそうぞう”?“じくう”?」


 脳内で天地創造、時空魔法と漢字変換された。漢字表記は素晴らしい。一発で意味がわかる。


 天地を創造?時空?SF?創世記か?なんかすげぇのきたな。


「天地創造は大変珍しいお力です。全ての王君に顕現するものではありません。大変素晴らしいお力です」

「え?俺が作ったの?」

「正確には陛下のお力をお借りしてあの光の小精霊が作り出したようです」


 すでに白い手は消えていた。自分は使い方がわからない能力を使ってくれるとはありがたい存在だ。


「作られた‥えっと?ここは複製ってこと?じゃあ」


 浮かれていた朔弥の心がすっと冷えた。


 帰ってこられたわけではない。

 別に帰ってきたかったわけではない。

 あちら側に思い残したものもない。


 常世には未だに朔弥が帰らない本物の自宅がある。


 ふとキッチンから和室に続く廊下への扉に目をやる。



 あそこを開けたら和室の仏壇があるのか‥?



 ファウナは何やらブツブツ呟いている。ファウナの躊躇う意味がわからない。


「え?これ使っちゃダメだった?」

「いえ!めっそうもございません!どうぞ大いにお使いくださいませ!過去この能力をお持ちの王君は側女に部屋を設けて御子をたくさんおつくりでした!この能力で!側女を囲いお励みいた」

「さーってさっそく何か作ってみるかな?」


 握り拳で力説するファウナに朔弥がかぶせ気味に気合いの声を上げる。


 つまりキッチンなんか作んなと?

 いいじゃん気にすんな!皆まで言うなって!!

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