幕間: ファウナのぼやき①




 新たな王が降臨した。



 今まで降臨した王たちは碌なものがいなかった。わがまま放題で女ばかり選り好みする。王として精霊界を治めようとする覇気など全くない。


「こちらは王を選べない。仕方がないのだけれど」


 なぜか精霊界には雄体が生まれてこない。精霊は全て雌体だ。よって召喚が可能な時期を繁殖期と定め異界から雄体を召喚する。最近は特に時空が不安定で一体の召喚が限界だ。召喚に成功しても雄体が事切れていることもあった。


「下界で召喚士が生まれ出でた今、たくさんの精霊を送り込まなければならない大事な時期。王にはどうか長生きしていただかなくては」


 精霊界と下界を繋ぐ召喚士が生まれた。突然変異によるものだ。下界は精霊が少ない。多くの精霊が必要だ。


「とにかく丈夫でお力の強いお方。精力が強いお方がいい」


 召喚をすでに二回失敗している。これ以上繁殖期を無駄にできない。最強の闇の大精霊ニクスと共に召喚の義を執り行い無事に新たな王を召喚できた。召喚された王は若い。しかも五体満足。望んだ通り精霊力が、何よりも精力が強い。


 第一段階クリアでファウナは胸を撫で下ろしたのだが。この王は文字通り一味違っていた。






 新しい精霊王の部屋からいつもの怒声が聞こえてくる。廊下を進むファウナが瞑目した。


「またですか‥今度はなんでしょうか」


 そっとリビングに入ればエプロン姿の精霊王が仁王立ちで腕を組んでいた。鬼神の如くお怒りだ。相手はキッチンに立っている二人の大精霊。


「お前らメシ食い過ぎだ!なんで一升炊きが二つもカラになるんだよ?!」

「ん?カレーがウマいから?」

「ウマいからって?ここは海軍か?ガチで寸胴ずんどう鍋で海軍カレー作って食べ切るとかバケモンかよ?!」

「え?バケモノ?それはどなたです?私はそんなに食べてませんわよ?大食いはニクスですわ」

「安心しろ、お前も存分に食ってるぞヴァルナ。そしておかわり」

「だから米はもうないって!話聞けよ大食いどもが!」

「あら?そこにまだありますわよ?」

「ふざけんなッ俺の分も食う気か?!お前ら鬼か?!」

「ちぇ、余りじゃないのか、紛らわしい。さっさと食えよ。じゃあルゥだけ」

「それもない!明日の朝用にたくさん作ったのに全部食いやがって!俺の一晩カレーが!寝かせたら絶ッ対うまくなるのに!」

「まぁ!それも食べたいですわ!ニクスが悪いんですのよ。最後におかわりしたのはニクスですもの」

「あたしのせいかよ?!その前にお前もさんざんおかわりしただろうが?!」

「お前ら二人とも食い過ぎだ!勝手におかわりしやがって!少しは作り手に感謝しろよ!」

「あらあら、鍋がひとつだなんて思いもよりませんでしたわ」

「完食が感謝ってもんだろが?!ちいせぇな!それよりケチケチしねぇでもっと作れよ!」


 黒紫銀のクレームに精霊王が鬼の形相で睨みつけた。


「あぁ?!誰が?誰がケチだって?!それが寸胴カレー全部たいらげた奴らの言うことか?!鍋は普通ひとつなんだよ!牛すじ三時間煮込んで玉ねぎも頑張って炒めたんだぞ?!ずっとずっとオリジナルレシピで作りたいと思ってたが出来上がり分量が多すぎて手が出なかったあの!夢にまで見た海軍カレーをたらふく食えると思ったのに!たった一皿とか!お前ら俺の飯を食う前にどっかで飯食ってこいや!」

「そんな場所ありませんわ」

「じゃあ野生の人参でも齧っとけ!!」


 怒声が飛び交う中でルキナが無言でパクパクとカレーを食べている。その様子にファウナは目眩を感じた。


 こちらは王を選べない。仕方がない。

 だがこの展開は予想外だ。




 傷ひとつなく召喚されたこの黒髪の王はいきなり規格外だった。初めてまみえた瞬間にファウナはそう思った。


 時空酔いからすぐに復活。普通なら三日ほど動けないのに。さらにどうやら闇の精霊の手を奈落で振り払ったようだ。精霊界に辿り着く前はまだ普通の人間。その時点で闇の精霊を従えたということになる。そのせいで歴代王の記憶のダウンロードがうまくいかなかった。

 そして一目で光の大精霊を選び出した。代替わりしてまだ未発達ではあるが大精霊の中でも一、二を争うほどの強力な大精霊。王君の妃としては申し分がない。見た目が幼いが故に選ばれないと思っていた。歴代の王は目先の美醜に囚われていたのに、この王は違う。本質を見抜く力がある。この王を舐めてかかった自分が恥ずかしい。


 だが別の意味でも厄介な王だった。


 早々に光の小精霊を従えたようだ。その小精霊と無自覚に連動して天地創造という大変希少レア能力を発動。いきなりできることではない。だがそれをなぜかキッチンというものに使った。その部屋のために時空まで歪めてみせた。王君の動機がよくわからない。


 食事がしたいと言い出した王君も初めてだった。恐ろしく食に執着がある。その執着のままに強力な精霊力で食材を創造し料理を作り出した。王の精霊力でできた食材の料理は上質な精霊力を食しているに等しいのだ。


 光の大精霊は強力が故に発育が遅い。成長にあと百年はかかると思われていたが、王君の料理を毎日食べているルキナがとんでもない勢いで成長していた。


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