幕間: ファウナのぼやき②




 精霊王の無自覚は続いた。精霊界の中で最も長生きし最多の守護精霊の任についた闇の大精霊ニクス、そして二番目に長寿で腹黒にかけては精霊界一と言える水の大精霊ヴァルナ。ファウナですら二人に頭が上がらない。その二人をパンケーキで手懐けた。これはわからないでもない。ファウナもいちご煮でねじ伏せられた。

 歴代の精霊王とはトラブル続きのあの二人が初見であの王君の言うことをすんなりと聞いた。食事で釣られたとしてもとても信じられなかった。


「言うことを聞くと言うか‥同類と言うべきか‥」


 この王は無体を言わない。むしろ精霊界の事に興味を持っているようだ。最近では外の散策にも出かけている。覇王としての気概さえ感じられた。だが肝心の子作りは行っていない。王君としての最大の使命。過去子作りで手を煩わされた王はいなかったのに。

 ここまで子作りを厭う。いっそ歴代王のように衝動で動いてくれた方が話は早かった。何か事情があるとは感じていた。原因は何だろうか?そのせいでだろうかこの王の力はまだ全て解き放たれていないようだ。


「まったく、困ったお方ですね」


 ファウナはリビングダイニングと呼ばれる部屋のソファに腰掛けた。怒声が響くキッチンにファウナが遠巻きにぬるい視線を投げていれば、光の中精霊がやってきた。


 王君からはヒカルと呼ばれている。一般的な見た目は白髪の美しい中性的な少年。だが性は有していない。尋常じゃない数の小精霊を集めて作られた人形ヒトガタ。名を賜り擬人化された小精霊など精霊界史上初だろう。


 精霊界に君臨する精霊王。全知全能にして最強。唯一無二。何事にも囚われない融通自在な存在だ。この精霊界において掟である王に出来ないことはない。この王は歴代王の中でも格段に強い精霊力を持っていたが、特に過去類を見ないのはそんなことを考えた王君が今までいなかったためだ。発想が柔軟が故か、この王君はなんとも奇抜で破天荒だ。


 そのヒカルが苦笑を浮かべて抹茶アイスを差し出してきた。粒あん白玉添え、黒蜜きな粉もかかっている。ファウナの大好物だ。


「あ、ファウナさんゴメン!せっかくの海軍カレーだったのにこいつら全部食いやがったんだよ。ファウナさんの分もあったのに。また作るからさ、今日はそれで勘弁してやって」

「いえ、私のことはどうかお気遣いなく」


 大精霊に食事は不要だ。だが下界で肉体を得た大精霊は食事で力を取り込む習慣が身についてしまう。上位な大精霊であればなおさらだ。強大な精霊力で作られた王君の料理を食べると何やら力が漲る。この抹茶アイスでも同等の効果がある。カレーという食べ物も美味しいがあの大精霊たちほどにこだわってはいない。


 動機はアレだが厄介な大精霊二人がこれほどに王君に心酔している。強いものほど力に惹きつけられる。これも一種の魅了なのだろうか?


 畏れ多くも精霊王に叱られている二人は悪びれていない。不平タラタラだ。子供のように叱られてふくれっ面で文句を言う大精霊を見るに耐えられず、ファウナはそっと目を閉じた。


「ほら?だってよ。ファウナいらねって。もうネチネチ言うなよ」

「ファウナは普段もっといいもの食べてますもの。ズルいですわ。職権濫用ではなくて?」

「どの口が言ってやがるんだ?お前らの方がさんざん食い荒らしてんだよ?!あ、ルキナ?残さず全部食べたか?うんうん、お片付けえらいぞ。デザートあるから食べろよ?ヒカル、いちごアイス出してくれ」

「うちらも完食したのに反応全然違くね?」

「完食は当然ですわ。ルキナを贔屓しすぎじゃないかしら。教育上良くありませんわよ」

「お前らは量が可愛くないんだよ!少しはルキナの量を見習え!燃費悪すぎだろ?!自分らの大食いを無かったことにするな!ここは給食センターじゃねぇんだぞ!もう帰れ!」

「え?まだデザート食べてませんわ?」

「だな。ヒカル、ファウナと同じのふたつな」

「まだ食う気か?!どこまで食い意地が張ってるんだ?!ヒカル!絶ッ対デザート出すなよ!海軍カレーの恨み‥一生忘れないからな!」


 食い意地の張った三人が今度は抹茶アイスで揉めている。ファウナから深いため息が出た。オトモダチを増やして欲しいと思ったが。


 ちがうちがう、こうじゃない。


 皿を下げたルキナが大好きなストロベリーアイスを手にファウナの隣に腰掛けた。アイスに添えられたホイップクリームに真っ赤ないちごソースが見た目にも愛らしい。ルキナがアイスを一口食べてふにゃといい顔で笑う。


「アイス、おいしい」


 光の大精霊は超越した存在が故に特に感情を伴わない。そのルキナが朔弥お手製のアイスを食べて笑顔を見せている。

 王君の眩いばかりの寵愛を受けてルキナの精神ココロが急成長している。体も成長しているようだ。随分と大きくなった。王君が降臨してたったひと月のことだ。百年かかると思われていた光の大精霊の覚醒もひょっとしたら間近なのかもしれない。


 王自ら王妃を育てている。聞いたことがない。

 子作りせず料理ばかり、それでいてこの溺愛。

 前例がないことばかり。


 これから一体どうなることやら‥‥


「ですがそれもあのお方らしい」


 キッチンから聞こえる罵り合いを聞き流し抹茶アイスを口に運べば笑みが自然と溢れる。ルキナと笑い合いながらファウナは抹茶アイスを堪能した。

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