011: だいせいれいがあらわれた!(たたかう/▶︎はなす/にげる)①




「ごちそーさまでした!」


 茶漬け風雑炊を完食した精神の大精霊はソファーの長椅子から朔弥に笑顔を向けた。


「ものすごく美味しかった!初めて食べる味でした」

「それは良かった」


 ニクスが復活も早いと言っていた。確かに早い。もう酒は抜けたようだ。朔弥が向かいのソファーに腰掛ける。その隣にはルキナが座る。ファウナは急激に疲れたと言って帰っていった。


「えっと?私に何か御用だとか?あ、私はヴァルキリーです。精神担当の」


 ヴァルキリー。又の名をヴァルキューレ。北欧神話に出てくる神の名前だ。勇猛な死を迎えた戦士の魂をヴァルハラに連れて行くと信仰された女神、戦乙女。それくらいなら朔弥でも知っている。それが大精霊の名になっているのは偶然なのか。


「用って程じゃないんだ。面白い大精霊がいるって聞いて興味が湧いてね」

「ああ、精神ってやつ?確かに珍しいですね」

「精神は小精霊もいない。大精霊のみだしな」


 カップ酒を片手に黒銀ニクスが床に寝転がっている。ビールが尽きたためだ。墓参りのお供え用に買った安いカップ酒をぐいぐい飲んでいた。

 隣では紫銀ヴァルナが優雅にクッションに座り込んでいた。手には濃いめのカシスオレンジ。最初はワイン、次は日本酒だった。このヤンキーと淑女はすでにちゃんぽんに突入していた。


「おいおい、くつろぎ過ぎだろ?ちょっとは遠慮しろよ。ここはお前らん家か?」

「土禁ってすげぇいいな。ゴロゴロできる」

「家飲みって外より居心地いいですわぁ」


 ぐうたらする二人を無視して朔弥は精神の大精霊に向き合った。


「こっちの世界の話を色々聞きたかった」

「こっち?精霊界?」

「まあそんなとこ」

「いえ?召喚時に情報は受け取らなかったですか?この世界の」

「は?いや何も」

「あ、悪い。それ失敗した」


 ニクスは腹ばいの格好から両肘で頬杖をついている。もう泊まりの女子会のようだ。


「王サマの召喚な、あれあたしがしたんだよ」

「は?!お前が?あの崩落をか?」

「崩落?そういやまあアッチもちょっと壊れたか」


 帆立の干し貝柱を頬張りながらニクスがカップ酒をキュッと飲んだ。飲み方が堂に入りすぎてオヤジ化していた。


「王サマ召喚は二回連続で失敗してて?今回は絶対外せねぇってファウナがうるさくてな。あたしが担ぎ出されたんだよ。あたしならまあ確実だからな。だがめんどくせぇったらありゃし」

「待て待てぃ!し?しっぱい?何が失敗?二回って?」

「前々回は王サマを別の時空に誤送しちまった。前回は召喚には成功したが精神体が死んでた」

「ゲゲッ」

「言っとくけどどっちもあたしじゃねぇからな?そんなヘマするかよ」


 おいおい!召喚って結構危険だったんじゃないか?無事に着いてよかった‥よかったんだよな?


 常世から精霊界にくるキッカケとなった事故。朔弥はに足首を掴まれて穴に引きずり込まれた。その様子を思い出してぶるりと身震いが出る。ホラーはとにかく勘弁だ。


「ん?そういや黒い手って?」

「これだろ?」


 にゅっと黒い手が空間を裂いて朔弥の前に現れた。白い手より指が長く太く爪が鋭い。五本指だが明らかに人のものではない。例えるなら鬼の手。その手に朔弥が青ざめてズサ——ッと壁まで後退った。


「うわぁぁッこれ!コイツが!」

「おう、だからあたしが王サマを召喚したんだって。闇の手の力で。そんでもって歴代王の情報をサクヤに落とそうとしたのにサクヤが手に命令しただろ?俺に触るなって」


 当時はパニくっててよく覚えていないが状況から拒絶しただろうことは予想できる。何も知らない自分がこれに掴まれれば恐慌に陥るだろう。


「王サマに命じられて闇の小精霊がビビったんだよ。もうちょっとで情報落とせたのに。で、情報転送失敗。まあ?五体満足でコッチに来れたからいいだろってことで?」

「よくねぇだろが!!手の見た目がホラーすぎる!」

「この程度でビビんじゃねぇよチキンが!この手はパワー重視だからこれは仕方ねぇんだよ!」

「ビビビビビってるんじゃない!もっと初心者に気を遣えと言ってるんだよ!」


 白い手は繊細で器用そう。黒い手は爪が伸びていて大きく強そう。黒い手はとてもお世話ができそうにない。戦闘担当ということだろうか。この手の主の性格がわかったような気がした。


「あちゃー、ニクスちんでもダウンロード失敗か。そりゃしゃあない」

「どういうことだ?」


 ヴァルキリーが親指を立てて鼻息荒くふふんと目を閉じた。なぜか誇らしげだ。


「なんと!ニクスちんは精霊界一のご長寿アーンド精霊界史上最悪最凶な大精霊!さらに守護精霊をバリバリこなしてる超売れっ子No.1大精霊ッスね。人呼んでクイーンオブ守護精霊!ニクスちんマジカッケーッ憧れちゃうゾ!」

「それヤメロ。全ッ然褒めてねぇぞ。言っとくがそう呼んでるのお前だけだからな?」

「そう呼んだら黒い狂犬にシバかれますものね。誰も正直に呼べませんわ」

「お前もそれヤメロ。誰が狂犬だよ、本気でシバくぞ?」


 ニクスが牙を剥いてバキバキと指を鳴らす。が、ヴァルナは全く動じていない。


「ちなみにヴァルナちんはこんなに腹黒レディなのにご長寿No.2デス!素敵すぎるぅッ」

「ディスりは許さなくてよ?腹黒レディではなく完璧なレディですわ。長生きした程度で年寄り扱いやめてくれないかしら?迷惑ですわ。ヴァルキリーだって三番目じゃない」

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