014:精霊創造②




「合格かな?よかった。ほら、行ってこい」


 朔弥に手を振り白い手がその体にくっついた。手の繋ぎ目が溶けて消えたところで少年がゆっくりと目を開けた。光の眷族。ルキナと同じ澄んだ青い目だ。

 理論上はうまくいったはず。だが初めてのことで朔弥も不安だ。


「どうだ?変なとこないかな?気分悪くないか?」


 自分の手をまじまじと見下ろしていた少年が朔弥とルキナを見やる。二人で覗き込んだ顔がにこりと笑った。やや垂れ目の笑顔が可愛らしい。そしてペコリと頭を下げた。ゆらりと輪郭が歪むがホログラムのように人の形を維持している。その笑顔は朔弥が思い浮かべた通り優しい人懐っこい笑顔だった。


「お?大丈夫そうか?よかった。だが———」


 なんか思ったより緩い。小精霊を集めて固めただけ、膨大な小精霊では意思疎通も困難だろう。動いたら崩れてしまいそうだ。


「何が違う?何が足りない?何かこう、かっちり形を安定させるにはどうすれば‥‥」


 朔弥に頭を撫でられて少年はくすぐったそうだ。蛍火のように光が弾ける。表情は豊か。やはりあの手に感情はあったんだと朔弥は確信した。そこで脳内で言葉が浮かび上がる。脈絡なく浮かんだ言葉を口に出してみた。


「ヒカル」

「ヒカル?陛下まさか!」


 傍で固唾を飲んで様子を見守っていたファウナが驚いた声を上げた。


「なんだろうな?こいつの名前?」

「小精霊に命名でございますか?!」


 ファウナがさらに目を瞠る。その反応で朔弥が返って慌ててしまった。


「え?ダメ?名前ないと不便でしょ?白い手っていう名前も長いし呼びにくいし、そもそも名前じゃない」

「いえ‥畏れ多くも陛下より名を賜れるとは大変な僥倖ぎょうこうでございます」

「え?いやいや?名前くらいでそんな大袈裟な」


 だが笑い話ではなかった。


 そもそも小精霊には名前がない。個体認識という概念がないのだ。名乗れるのは自我を持つ大精霊クラスだという。

 だが精霊王が名付ければ話は別だ。名は体を成し意味を成す。ヒカルと呼ばれた少年が光り輝いている。名を与えられてヒカルという実在する者として精霊界で個体認識されたようだ。崩れそうだと思った輪郭が名付け前と比べるとしっかりとしていた。キラキラとヒカルの体から溢れる輝きが落ち着けばエプロン姿が可愛らしい少年になった。原宿で歩いていればスカウトされそうだ。


「え?あれ?なんかやっちまったか?まあ済んだことだ!気にすんな!よし!次!何か食うぞ!」

「は?」

「口があれば食えるだろ?ヒカルにはいつも手伝わせてばかりだったからさ。旨いもん食わせたいじゃん?」

「じゃん‥とは‥‥畏れながら‥‥流石に小精霊に食事は」

「食える!口があればなんでも食える!そのために口をつけたんだからな!」


 というのは言い過ぎだが。旨いものを食わせたいというのは本当だ。


「うーん、何が食べたい?リクエストあるか?」


 ヒカルはエプロンの裾をいじってモジモジと顔を伏せる。照れているのだろうか?美少年のこの仕草だけで有閑マダム一撃陥落じゃなかろうか?


 ヒカルの様子に何やらぞくりと怖気おぞけが走りルキナを見やったがルキナに変化はない。ヒカルに何にも感じていないようだ。表情がなくてもルキナの凪いだ感情は伝わってくる。朔弥がふぅと息を吐いた。そこで朔弥は我に返る。


 ん?あれ?俺今?安心した?


 ヒカルが戸棚からハンドミキサーとボウルを出してきた。喋れない中、ジェスチャーで訴えてくる。


「あ!パンケーキか?初めて一緒に作った?」


 ヒカルが笑顔で頷いた。ルキナお気に入りで大精霊二人も陥落したスフレパンケーキ。定番のスイーツだ。


「おっし、じゃあパンケーキ焼くか?今日は一緒に焼いてみよう。自分で焼くと旨いんだぞ」


 ヒカルの笑顔が弾けた。何度も頷いて見せる。喋れないがルキナに比べると随分と感情豊かだ。そこをファウナが補足する。


「大精霊は成長に時間がかかります。どうぞ焦られませんよう」

「わかってるよ。ルキナはルキナのペースで大きくなればいいさ」


 傍のルキナの頭を笑顔で撫でれば抱きついてきた。以前に比べれば感情は芽生えてきている。表情がなくても気持ちをこうやって態度で表してくれるところが可愛らしいと朔弥は思っていた。


 料理を始めるにあたって朔弥は自分の失敗に気がついた。


「あ、スマン、前髪長すぎたな」


 ヒカルの前髪が目にかかっている。全身小精霊で作られたヒカル、髪の毛一本ですら小精霊製だ。そうなると前髪を切るのも忍びない。名付けた後で髪型を変えることも出来なさそうだ。ふと思いついて朔弥は背後を振り返った。


「えっと?ヘアピン的なものないかな?」


 朔弥の背後、そこにもうあの白い手はいない。代わりに正面のヒカルが笑顔で朔弥にヘアピンを差し出した。


「悪い。これはもう癖になってるな」


 この手はいつもこんな優しい表情でお世話してくれてたんだな。最初にホラー扱いして悪かったなぁ


 早くこのヒカルに慣れなくては。苦笑してヒカルの前髪をピンで留めた。そうするとますます可愛らしさがアップしてしまった。ルキナと二人並ぶとまるでふわふわ天使のようだ。朔弥は思わず感嘆のため息を漏らしてしまった。


「目の保養ってやつか。ヤバい。あっちの世界で一人歩かせたら犯罪に巻き込まれそうだ」


 その日皆で食べたパンケーキはとても上手に焼けていた。初めてのヒカルの食事、ヒカルは嬉しそうにケーキを頬張っていた。

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