038:開かずの扉②




「それはそうと、今日はなんでこっちに戻ってきたんだ?」


 鳥の姿に戻ったヨナにきゅうりを差し出していた朔弥がヴァルキリーに問いかけた。ヨナは嬉しそうにきゅうりをぼりぼり頬張るも終わる気配がない。どこぞの大精霊のように大食漢だ。

 きゅうりが尽きたところでヒカルから渦巻きキャンディをもらって嘴で必死に舐めている。これも気に入ったようだ。もうそこまでするなら人の姿になってもいいのだが。


 ヨナが鳥の姿に戻ったところでルキナはデザートを取りに行っていた。ルキナとヨナ二人から解放され朔弥はやれやれと息をついた。キッチンを見やれば肉食大精霊の二人もルキナの後に続いてデザート配給の列に並んでいる。


 精神の大精霊がぎくりと反応した。


「え?ええええっとね?呼び出されたっというか?」

「呼び出された?誰に?」

「ファウナっちに。至急戻ってこいって。でも何もなかったし。なんかあったかと思って返って無駄に身構えちゃったよもぅアハハ」

「何もなかったのファウナさん?」

「陛下がお気にかけておいででしたので顔を見せるようにと」

「あぁ、なるほど。すまなかったな、別に用はなくて。どうしてるか気になった。元気にやってたんだな」

「うん元気!下界で肉体もゲットできたしモリモリ食べてオシゴト頑張ってるし!ケーキオイシー!カフェサイコー!観光タノシー!」

「程々にしとけよ?お前にも食育が必要か?」


 守護精霊は本来肉体はないがある条件で下界の肉体を得られる。だが本質は大精霊、肉体を得ても精霊の力は変わらない。


「特に何もなかったん?じゃあ戻ろっかな?ゴハンごちそーさま!サクヤのゴハンは元気出るねぇ、すっかり癒されちゃった」

「待ってヴァルキリー、ちょっと話が‥」


 いそいそと立ち上がったヴァルキリーがファウナの声に異常に反応する。びくりと体を震わせた。


「‥‥‥‥え?なに?なに?見つかってないんでしょ?まさかいたの?」

「いえ、その話ではなくて大事な」

「見つかっていない?いた?」


 朔弥の問いにさらに精神がビクビクっと反応する。


「え?なに?別に探し物が見ツカラナクテ安心してナイナイアルヨ?ゼンゼン平気デス」

「なんで急にカタコトになる?探し物見つかってない?安心?」

「ぎくーん!ベツニナンデモナイヨ~」


 ヴァルキリーは両手を振って後ずさるが隠し事が全くダメダメだ。ファウナがふぅと目元を覆っている。


 この大精霊チョロ過ぎる。情報ダダ漏れだ。


「あああ安心というかまだ先でほっとしたっていうか!見つからないと困るけど見つかっても困るというか!」

「お前は何を言っているんだ?」

「あ!そろそろ行かなくちゃ!の前に私もデザート!」


 ぴゅぅぅとキッチンに駆け込んでデザートの列の最後尾に並んだ。先頭のルキナがヒカルからアイスをもらっている。


「落ち着かないヤツだな。ファウナさんの用は大丈夫?」

「あ、いえ。後ほどヴァルキリーに話すので大丈夫でございます」


 こちらもススと顔を伏せた。何やら誤魔化されたようにも感じられた。朔弥に細かい報告はせず雑多なことはファウナが処理した。その権限は与えている。だから問題ないだろうと朔弥も聞き流した。一方冷蔵庫の前ではデザート争奪戦争勃発中。


「なんだよ次あたしだろ!いちごアイスよこせ!」

「私はデザート選び放題ですのよ!最後のいちごアイスは私のですわ!」

「順番あたしが先だろ?ヴァルナは戸棚のせんべいでも食っとけよ!」

「それはデザートではなくておやつですわ!」

「せんべい?ってなあに?」


 言い争う二人にヴァルキリーが無邪気に問う。


「あっちの戸棚に入ってんだよ!ヴァルキリーはそれでも食っとけ!あたしはアイスを」

「だからそれ!私のですわ!」

「ん?ここ?」


 ヴァルキリーがぞんざいに扉を開けた。そこは戸棚ではない。戸棚の隣にあったもう一つの扉。誰も開けることができない扉。

 ギィと開いた扉にキッチンにいた者全てがガチンと固まり絶句する。その空気にヴァルキリーは気がついてない。


「あれ?ここおやつない?戸棚じゃないよん?暗くてよくわかんないな。ん?みんなどした」


 バン!と手前に開いた扉が閉じられた。朔弥の手が勢いよく扉を押し閉じた。一同がさらに息を呑むもヴァルキリーは呑気だ。


「あれ?サクヤ?」

「なか」

「ん?」

「なかみた?」


 顔を伏せる朔弥に問われたヴァルキリーはキョトンとするも素直に答える。


「え?見たよ?暗くてよくわからなかったけど」

「なか‥何があった?」

「え?なにって‥‥」


 ここら辺でようやくヴァルキリーは重い空気に気がついた。キッチンにいる全員が自分を見ている。


「え?ここ開けちゃまず」

「何があったと聞いている」


 朔弥の低い声にヴァルキリーが慌てて応じた。


「えっと?よく見えなかったよ?暗くて、細長い部屋?板敷の。あ、でも」

「———なんだ」

「香りが‥‥多分お香の香りがし」


 バキバキと音がしてヴァルキリーが目を見張った。それは朔弥がドアノブをもぎ取った音だ。ゴトンとドアノブが床に落ちた。その様子に大精霊二人がさらに息を呑んだ。もげたドアノブの穴に朔弥が触れればバーナーで焼いたようにドロリと溶けた。


「悪い。ノブがあるから開いたなここ」

「へ?あれ?」

「ここはもう開かない」

「みたい‥だね」


 地雷を踏み抜いたと理解したヴァルキリーがぎこちなく頷いて応じた。それに目もくれず朔弥がキッチンを後にした。


「おい!どこ行くんだよ?!」

「ちょっと出てくる」

「い‥今からですの?」

「でしたら私も一緒に参り」

「いらない。一人にしてくれ。ヨナ」


 ファウナを制し神鳥を呼んだ。呼ばれた白鵬はクェェと無邪気に朔弥に駆け寄った。鳥ゆえに空気は読んでいない。


「心配しないで。結界の外には行かないから」

「ですが」

「ファウナさん」


 言い淀むファウナに顔を伏せたまま朔弥がぼそりと呟いた。


「悪い。やっぱ俺、王様無理だ」


 その言にファウナの体がガクガクと震える。顔に血の気がない。


「そんな‥一体なぜ」

「え?いきなり何言ってんだよ?無理も何ももう」

「こんな俺が王になんてなれるわけないんだよ!こんな知りもしない世界の王とか!ダメに決まってる!」


 その一喝に誰も何も言えない。駆け寄るルキナを朔弥が手をかざし押しとどめる。いつも一緒にいた、そのルキナを拒絶した。初めてのことだ。ルキナが目を瞠る。


「サクヤ」

「ごめんなルキナ。待っててくれ」


 ただ一人神鳥に乗った朔弥が闇の空に消えた。

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