外伝:ルキナの絶叫①




 とある日の昼下がり。それは朔弥がキッチンに初めて大精霊三人を招いた日。


 ルキナはご機嫌斜めだった。もうムカムカのプンプンである。理由は正面に座る大精霊二人だ。無遠慮に酒をぐびぐびと飲んでいる。


 もう!ルキナのおやつの時間なのになんで朔弥は他の大精霊のゴハンばっかり作ってるの?!


 ルキナはキーッとイライラしながら無表情でお行儀よくキッチンの椅子に腰掛けていた。



 朔弥が召喚された日。それは王の側女ソバメを選ぶ日だ。ルキナは生まれてまだ十年。声がかかるわけもない。それでも呼ばれたのは光の大精霊だからだろう。

 おめかしが許される日。絵本に出てくるお姫様が着ているようなドレスが着たいと意思表示するも伝わらず、どう間違ったのかぶかぶかの大人の服に着せ替えられた。歩きづらいしとにかく重い。ルキナを誰も助けない。気にも留めない。やっとこさで部屋の末席に腰を下ろした。そしてルキナは召喚された王を初めて見た。


 真っ黒な髪に瞳。随分と若く見える。しゅっとした体によく通る声。カッコいいと目を奪われた。ふとよく読む絵本を思い出した。


 素敵‥まるで王子様みたい。

 ルキナをちょっとでも見てくれないかな?


 でも無理だ。こんなチグハグな服を着て部屋の隅っこで。こんなに小さい体。声も出ないし表情も変えられない。光の大精霊なのに口惜しいほどに何もできない。悔しくてぐすりと涙が鉄仮面に滲みかける。


 そう思っていたらなぜかその王子様と目があった。驚いたルキナが息が止まりそうなほどに固まってしまった、無表情で。ルキナの前に道が開ける。導かれるままに王子様の前に立ちじっとその顔を見上げた。


 あ、やっぱりカッコいいなぁ‥‥


「構わない。この子がいい」


 王子様が自分を妃(仮)に選んでくれた。どよめきの中、嬉しさできゅんとなる胸を押さえるも部屋の空気は生ぬるい。成長しきっていない大精霊。しかも前代は大失態を犯した。すぐに飽きられて捨てられるだろう。これは嘲りの空気だ。


 だがこの王子はルキナに優しかった。むしろ厄介ごとに巻き込んだと謝られ色々と気遣って声をかけられる。


 迷惑じゃないよ?むしろ私が王子様に迷惑をかけちゃう‥ごめんなさい


 それでもうまく喋れない自分と向き合って名前を聞き出してくれた。


「ルキナか。いい名前だね。よろしくな」


 こんな自分に向き合ってくれた。名前も褒めてくれた。やっぱり優しい王子様だった。とっても嬉しい。

 ルキナは満面の笑みの気分で無表情に頷いた。


 ルキナの大好きなレースの綺麗なワンピースにも着替えさせてくれた。絵本に出てくるドレスのように可愛らしい。


 なんでルキナの好きなものがわかったんだろう?

 王子様だから?服ありがとう!


 感謝の気持ちを込めて王子様に頷いてみせた。


 

 そこからの美味しいゴハン。

 この体では食べたことはなかったが前代の記憶がありなんとかナポリタンを食べることができた。不慣れなルキナに朔弥も手取り足取りで手伝ってくれる。この気遣いが嬉しい。この体でこんなに親切にされたのは初めてのことだ。


「ルキナえらいぞ。残さず食べたな」


 えらいの?とってもおいしかったよ?


「たくさん食べたら大きくなれるからな」


 大きくなれるの?朔弥みたいに?

 ならたくさん食べる。早く大きくなりたい。

 朔弥に並んでも釣り合うくらいに。


 朔弥が出す料理はどれも美味しい。しかも大きくなれる。ルキナは頑張ってなんでも食べた。


 もうその頃にはルキナは朔弥にメロメロになっていた。




 そしてその日も幸先の良いスタートだった。


 朝から朔弥にお世話されてワンピースを纏う。朔弥に作ってもらったヒラヒラかわいいワンピースにルキナも大満足だったが朔弥は不満があるようだ。しきりに謝られた。ルキナ的には朔弥に出会う前と違いかわいいワンピースが着られて十分満足だった。


 そして朝食。大好きなフレンチトーストだ。ふわふわのしっとりフレンチトーストにメープルシロップにシナモンシュガーをたっぷりかけていただく一品にルキナは心中恍惚であったが顔は無表情だ。


 ルキナは成長が追いついていないため顔の表情筋や感情を表現する術が拙い。中の人はこーんなに喜んで感動しているのに。せめてと朔弥にハグしたりぴょんぴょん跳ねて頑張って感情表現している。だがそれでもルキナの気持ちは一割も伝わっていないだろう。


 大好き!大好き!なんで気が付かないの?

 こんなに大好きなのに!どうしたら伝わるの?

 ねぇこっち見て!ルキナだけを見て!


 大好き!のぎゅーをしても朔弥は頭を撫でて穏やかに微笑むだけ。まるでよく懐いている愛玩動物ペットに対する態度だ。たまに困ったような顔をすることもあるがそれは迷惑ということだろうか?迷惑なら自分をオトモダチに選ぶはずがない。さっさと手放すだろう。


 そうだ!ルキナを好きだから困ってるんだ。きっとそう。これは照れてるんだ。


 ルキナはポジティブシンキングでふんと鼻息を荒くする。

 

 ルキナは朔弥のお嫁さん!じゃないけどそこに一番近いところにいるんだから!


 朔弥に側女はいない。側女の前にとオトモダチなるものを選定し晴れて自分が選ばれたのだ。自分が一番朔弥の妃に近いのだ。

 おかげで他の精霊から陰口を叩かれることも無くなった。王妃に一番近いルキナの階級は一気に上の上に跳ね上がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る