034:精霊界最強決定コンペ開催!⑧




 ニクスを見やりヴァルナが嘆息を落とした。


「まったく、すぐに群れに突っ込むんですから。あれじゃただの力押しですわ」

「え?そうか?」

「私はああいう野蛮は好みません。美しくないですもの」


 遠くではニクスの空中戦でドラゴンが飛び蹴りを喰らい宙を舞っていた。中国雑技団のような技のキレである。もう色々意味がわからない。


 だがそこからはぐれた数頭がこちらに向かってきていた。


「あらあら、一頭子供がいますわね。血の気の多いこと、仕方がありませんわ」


 ヴァルナの目前に水の渦が立ち込める。


「お子様はお帰りなさい」


 渦から突き出した水柱がドラゴン一頭を突き飛ばした。遥か彼方の湖で水飛沫が上がる。


「あれ溺れないか?!」

「このドラゴンは泳げますので大丈夫ですわ」


 残りのドラゴンもウォータージェットカッターでみじん切りにされていた。血飛沫さえ上がらない。笑顔のヴァルナが片手で容易くドラゴンをいなす。歴然とした力の差にこちらも魔王感満載だ。





 一方的な展開に朔弥が嘆息した時、異変は起こった。


 ドスンと何か落ちたような衝撃に朔弥がよろけてたたらを踏んだ。地震ではないが縦揺れ直下型地震のように突き上げる衝撃だった。森がざわめき鳥らしきものが一斉に飛び立った。


「クェェェェッ」


 ヨナの鳴き声が耳をつんざいた。高い鳴き声は何か脅威を伝えている。そして湖から飛び立ち朔弥の前に降り立った。その体をさらに大きくする。獣の本能かドラゴンたちも散り散りに逃げていく。


 一変して物々しい雰囲気になり朔弥が辺りを見回した。


「なんだ?」

「シッ」


 朔弥を制するヴァルナが辺りの気配を窺う。ニクスも同様だ。今までと違い二人とも毛が逆立った猫のように警戒している。厨房撤収が完了したヒカルとミズキが朔弥の左右を、ファウナが背後を守る。一方ルキナは朔弥に寄り添うも普段通りだ


「何かいますわ‥何かしら‥こんなの初めてですわ。とてつもなく大きい‥」

「ヤバいぞコレ!皆さが」


 ニクスの声を打ち消すような地響きが轟いた。湖の中央、水面みなもが大きく盛り上がる。飛沫を上げて湖から現れたその黒い巨体に朔弥は目を見開いた。


「‥‥あれはなんだ?」


 真っ黒い。巨大な人形ヒトガタの巨人。頭部に穴が三つ空いているが、その穴さえ漆黒の闇に見える。頭部に雄羊のもののように巻いているは角だろうか。


 朔弥の問いに誰も答えない。焦れた朔弥が声を張る。


「おい!あれはなんだと!」

「初めて見ます‥あれは一体‥」

「え?」


 ファウナの声が震えている。ファウナの囁きに、大精霊二人も同様に驚いているのだとわかる。万年生きた大精霊たちでさえ知らない。


「精霊界は精霊王が創られます。ですが存在する精霊や生命体は同じ。世界の姿のみ変わるものです。あのようなもの‥この世には‥」


 存在しない——


 ファウナの言外の意図に朔弥が絶句する。


「———じゃああれは何だ?」



 湖に現れた巨人が朔弥たちに向かって歩き出した。巨人が湖を踏み締めるたびに雑魚の骸が水面に浮かび上がる。皆死んでいた。


「あれに触るなよ。触ればおそらく穢される」

「穢される?」

「とにかる触るなって意味だ!サクヤは絶対前線に来るんじゃねぇぞ!」


 頼まれても行く気はない。こんな自分じゃどうせ盾役にもなれない。


「ヴァルナ!行くぞ!ヒカルにミズキは援護!ヨナとルキナはサクヤから離れるなよ!ファウナ!準備しとけ!」

「言われなくても参りましてよ!」


 ニクスが鋭い声を上げる。ニクスの手の鎌が大きくなった。迎撃体制に入ったとわかる。朔弥の前にヒカルとミズキが庇うように進み出て手を掲げた。二人の手から光と水の渦が発生する。二人は非戦闘員と思い込んでいた朔弥が庇うヨナの翼越しに目を瞠る。


「あの二人戦えるのか?!」

「能力は中精霊相当、二人合わされば大精霊相当となりましょう」

「え?大精霊?!」


 こんなに可愛らしいお世話コンビが?!

 それはめちゃくちゃ強い。


 ただの手だった二人が体を得てそこまで強くなった?それとも?


 ミズキの作り出した水が上空で大きな凸レンズの形になった。そこへヒカルの光が集められた。集められた光がレンズ越しに焦点を結び森をじりりと焼いた。ミズキがレンズを巨人に向ける。集められた光の焦点が巨人の正面を焦し煙が上がるがダメージにはなっていないようだ。巨人の歩みは止まらない。

 ミズキがさらに水レンズを大きくした。さらに強くなった光線が巨人を焦し、焼ける匂いが辺りに漂う。外れた光線が地面を焦し火がついている。宇宙空間から地上の標的を狙う衛星レーザー兵器のようだ。


 ヴァルナのウォータジェットカッターも入り乱れる中、光線をすり抜けてニクスが鎌を巨人の首に振り下した。ガキンと音を立てるも闇の鎌が弾かれた。ニクスが目を瞠る。


「硬ってぇ!何でできてんだ?!」

「湖から出してはダメですわ!」

「わかってる!」


 すでに湖が赤く染まっている。もうこの湖に生命体はいないだろう。ガツガツと鎌を振るいまとわりつく大精霊に邪魔な虫でも払うように巨人が手を振り上げた。それを大精霊二人はかわすもヴァルナがその手の爆風に巻き込まれバランスを崩した。振り上げた巨人の手がヴァルナに振り下ろされる。


「避けろヴァルナ!」


 だがバランスを崩し避けるには間に合わない。そのヴァルナの体がどんと押し出された。


「ミズキ?!」


 駆けつけたミズキがヴァルナの体をついて軌道を変える。だが巨人の手がミズキの背中をかすめた。


「———ッ」


 悲鳴は聞こえなかったがその表情でミズキの苦痛がわかった。かすめただけでこの威力。その様子にヴァルナが目を瞠った。ヴァルナの目の前でミズキの体が背中から塵のように崩れていく。


「‥いや‥‥そんな‥なんで‥」

「避けろ!まだ来るぞ!」


 薙ぎ払う巨人の手を庇うニクスが鎌で跳ね返す。茫然とするヴァルナを駆けつけたヒカルが引き上げた。その様子を目にした朔弥も衝撃で茫然と空を見上げている。


「ミズキが‥‥」

「大丈夫です、精霊は死にません」


 ファウナの言に朔弥が目を見開いた。


 今目の前で崩れ果てたのに?

 死なない?死なないとは?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る