018:成長熱④




 翌日。


 ルキナの熱を半分引き受けた。朔弥の言にファウナは絶句する。ど肝を抜かれていたようだ。躊躇うような視線を朔弥に投げた。


「あの‥ルキナの熱は‥」

「知っている」


 夢で見たルキナのカルマ


 下界にいる守護すべき召喚士サモナーの二人の男女。夫婦ツガイになるべき二人を守護精霊が巡り合わせる。前代ルキナの犯した最大の罪は二人の邂逅かいこうが遅れたこと。そのせいで女に別の夫と子供ができてしまった。そこから二人を沿わせても幸せになれない。女は命を絶ち男も心を壊して死んだ。百年前、召喚士一族はこうして滅んだ。


 光の大精霊は罪をあがない代替わりした。だから本来はこの業をルキナ一人で背負う。だが苦しむルキナを見ていられず手を出してしまった。一人で抱えこむには辛すぎる。少しでも助けたい。これは朔弥のわがままで自己満足だ。

 そうなるとこれはルキナによくないことなのだろうか。不安になりファウナを無言で見上げるもファウナは目元を和らげて頷いた。


「問題はございません。問題があればこのようなことも叶わないでしょう」

「まずくないならいいけど」

「どうぞご心配なく。申し訳ございません、その、驚いてしまいまして。このようなことがお出来になるとは前例が‥いえ、精霊王にお出来にならないことはございませんね」

「ファウナさん?」

「あり得ないはあり得ないのですね。陛下の御代では」


 ファウナが呆れたのか諦めたようににこりと微笑んだ。

 やっぱりまたあり得ないことをしてしまったらしい。朔弥は汗だくの髪をかきむしった。まだ熱があるが動けないほどじゃない。


「風呂に入りたい。火と水の、すまないが準備してくれるか?ルキナ、ちょっと行ってくる。待っていろ。俺の次はルキナな?」


 熱が少し引いて意識が戻ったルキナは聞き分けが良くなった。無言でこくんと頷く。


 風呂で汗を流し着替えてルキナと入れ替わる。白い手がルキナを風呂に入れている間にヒカルがシーツを交換した。朔弥がウォーターベッドを冷やそうと氷の小精霊を呼ぼうとしてふと、あの時の記憶が蘇った。


「確かこう‥」


 氷の小精霊が朔弥の額に触れて朔弥の体に氷の力がみなぎった。ベッドに両手を置いて目を閉じて氷をイメージする。しばらく頑張ってみたがウォーターベッドの水に変化はなかった。


「うーん、まぁそう簡単じゃないか。氷を呼ばないと」


 風呂上がりのルキナが白い手に抱き上げられてやってきた。ルキナが朔弥の肩に手を置く。


「お?さっぱりしたか?まだ熱があるから動くなよ?メシ食えるかな?」


 そこへ氷の小精霊がぽつんと現れた。やはりイナゴの大群は現れていない。


「あ、ちょうどいいところに、氷の、またベッド冷やしてくれるか?ってもうやってくれたんだ?すげぇ気が利くな、サンキュ」


 朔弥に感謝されて氷の小精霊がこてんと小首をかしげた。


 冷えたベッドに寝るルキナが心地よさげにため息をついていた。


 


 ルキナが発熱して一週間が経った。


「ルキナ?気分はどうだ?熱は‥落ち着いたか。よかった。まずは水飲もうな」


 一ヶ月はかかると言われていた割には発熱は短く済んだ。熱を半分肩代わりしたのがうまくいったのか。添い寝してよかった。朔弥はほっと胸を撫で下ろした。


 朔弥が額に手を置いてルキナの前髪を優しくはらう。ルキナの体を起こしコップの水を飲ませてやる。朔弥が甲斐甲斐しく世話をしているところでルキナが口を開いた。


「さ‥」

「ん?」

「サクヤ」


 掠れた声に朔弥に激震が走った。ルキナは滅多に声を出さない。それで支障はなかったし意思疎通もできていた。だからルキナに名を呼ばれたのは初めてのことだ。


「今?今‥なんて?」

「サクヤ」


 間違いない。喋った。はっきりと。しかも自分の名を!

 ファウナは成長熱と言っていた。つまりルキナが成長したということだ。喋られるようになったということ。体も少し大きくなったよう。心なしか頬を染めたルキナの表情もほんのり柔らかい。


「すごい!ルキナが喋った!声可愛い!もっと!もっと喋って!」

「サクヤ」

「うんうん、朔弥!俺の名前な!すごいぞ!上手に喋れてる!」

「‥る‥ルキナ」

「うんうん、ルキナ!自分の名前な!ちゃんと喋れてる!ぐぅぅッ 成長したなぁ!感動だぁ!」

「ルキナ‥サクヤ‥すき」

「‥‥‥‥‥‥‥‥え?」


 ハテ?イマナント?


 歓喜に涙ぐんでいた朔弥が再びガチンと硬直する。カタコトだが耳に聞こえた言葉は確かに愛の告白。それくらいはわかる。ルキナの表情こそ薄いが今までの無表情に比べれば十分に甘い。それとわかるぐらい二人はずっと一緒にいた。


 朔弥の顔がボフンと真っ赤になった。


 おおお!落ち着け俺!


 きっと!きっと聞き間違いだ。そうに違いない!スキー?スキヤキ?スキンケア?ルキナが喋ったからって浮かれ過ぎだぞ俺!願望が強いとそう聞きたいように脳が勝手に‥‥


「サクヤ‥‥すき‥だいすき」

「うわぁぁッ 二度目!しかも大がついた!追い込んできたァッ」


 間違えようもなくルキナが朔弥にぎゅっと抱きついた。驚愕から朔弥が絶叫し頭を抱える。

 ルキナが元気になった!そして喋った!しかも自分の名前を呼んだ!告白!からのハグ。このとんでも展開に脳は多重事故処理が間に合わず大混乱だ。思考が濁流の如く流れていく。


 おおおおお!落ち着け俺!


 好きも色々ある!ここは父か兄という意味だろうから!慈愛だ家族愛だ!図々しく舞い上がるんじゃないぞ!ここは笑顔で流して‥だが異性としてという意味だったら?抱きつかれたし?ここで誤魔かして放置したらルキナが困るんじゃないか?無視されたと思って悲しんだらどうすんだ?いや?オトモダチとして好きって意味もあるかもしれないし?これもただの親愛のハグかも?または看病ありがと!の感謝のハグか?え?どれだ?この好きはどれなんだ?聞いてみる?確認するしかないよな?てか?これどうやって聞くんだ?いやいや?聞いたとして?答えが家族愛か友情だったら聞いた俺がイタいことになるんじゃね?この歳の差で何勘違いしてんのキモッってならないか?下手に地雷踏んだら大事故だぞ?だが返事もケアもなく放置して最低!と思われたら?そもそもツっこんで詳しく聞くことも失礼じゃね?察しろよって?だが俺に察する程の経験値もスキルもない!もうこれ詰んでんじゃね?



 結局嫌われるオチ?あれ?正解はどれだ?

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