05. タイムマシンとか、引き出しがマストなんだが
未来人? そんなフィクションの産物が実在するはずがない。
第一、未来人ってやつは歴史の都合上から秘匿するものであって、自分から自己紹介するような存在じゃなかった筈だ。
同調する様に、鈴音も苦笑いでこれを返す。
「ちょ、ちょっとアリサ先生まで何言ってるんですか! それにもしも本当なら、リンちゃんはあたしの娘ってことになっちゃいますよ?」
それを聞いたリンはムスッと頬を膨らませ、
「なーんで信じてくれないんですか! こんなにも可愛い娘が未来から会いに来てあげたんですよ?」
場が悪そうに鈴音は「あはは……」と苦笑いで流す。
それでも尚、アリサは真剣な表情を崩さず話を続けた。
「……私が先に言った、リンと私の複雑な関係。それは私たちがとあるミッションのために、未来の世界政府から厳選されたエージェントである事だ」
「厳選されたエージェント……ですか」
アリサの言葉を受けて、歩夢の視線は視線をそのままリンに移動した。
アリサ先生はともかく、このちびっ子が……厳選されたエージェント?
こんなのが厳選されるとは、他のエージェントは犬が怖くて泣くとかそんなレベルなんだろうか。
「……っふ(笑)」
思わず吹き出し笑いが飛び出た。
だがこれが逆鱗に触れたらしく、顔を真っ赤にしたリンは両腕を振り回し全力の抗議をみせる。
「何でこのタイミングで笑ったんですかセンパイ! この天才に何か文句があるんですかぁぁあ⁉︎」
それをアリサは軽く羽交い絞めし、空中でリンの足がブンブン空振りする。
「だから言っただろう、リン。私たちの存在を端から信じてもらうなんて事は不可能なんだ。時間を超えて母親が気づくなんてフィクションの話だろう?」
アリサの言葉に納得した様な、どこか納得のいかないような表情でリンは口を尖らせる。
「ちぇー、ボクはもっとロマンチックな再会がしたかったです……たしかにコレを見せれば一発で未来人って証明は出来ますけど」
「論より証拠、百聞は一見にしかず、だ。実際に体験してもらった方が早いだろう」
ゴソゴソとリンがポケットから取り出したそれは、青藍で半透明な立方体。
コンピューターの起動音にも似た精密音が定期的に小さく響く。
「なんだそれ? S Fラノベの精密機械っぽいけど」
ラノベやアニメのキーアイテムっぽい、とても中二心を擽るデザインに思わず歩夢も食いつく。
ニヤリと笑ったリンは、機嫌良さそうに人差し指を横にふる。
「まぁそんなモノですから、実際」
リンがそう言った直後、アリサが歩夢と鈴音の手を取り優しく引き寄せる。
歩夢は顔を軽く赤らめたが、これは思春期男子の正常な反応である。
同時にどこからともなく鈴音に足を強く踏み締められ、大きく顔を歪ませた。人間として正常な反応である。
「それじゃ始めるから、ボクからあんまり離れないでくださいね。干渉座標外に出ると最悪、時空の狭間に置き去りにしちゃうかもしれないです」
リンはそう言って、立方体を俺たち4人の中心部にポイッと投げ上げる。
「ちょ、ちょっと⁉︎ 精密機械なんて、落としたりしたら一発でお釈迦じゃない⁉︎」
反射的に鈴音が一瞬前に出て、それを落とすまいと腕を伸ばす。
だが、立方体が地面に衝突する事は無かった。
『限定座標認証、及び時空転送演算シーケンス開始……承認』
聞きなれない電子音声が保健室に響き、リンの投げ上げた立方体は小さく拡散した。
それらは周囲を規則的に浮遊し、歩夢たちの周りを取り囲む。
次第に身体が重力を無視し、歩夢と鈴音の体は宙に浮き始めた。
大げさな電子音と共にホログラムキーボードが出現し、リンは慣れた様子でそれに触れる。
「スッゲェー! なんだこの小さいの! どうやって浮いてんだよコレ⁉︎」
「な、なに何が始まるのコレ⁉︎ ちょっと、説明してほしんだけど!」
S F映画の様な未来技術に興奮して鼻息を荒立てる歩夢。
対象的に鈴音は顔色が悪く、奇妙な浮遊立方体と聴き慣れない機械音が不安を誘った。
「心配ない、ああ見えてリンは世紀の大天才だ」
不安げな鈴音の手を再びそっと取ったアリサは、穏やかに笑ってみせる。
「鈴音さん、未来の娘を……リンを信じてあげてくれ」
「あたしの……娘」
鈴音の視線が、リンへ移る。
別人のように真剣な眼差しでホログラムキーボードに入力を続けるリンの姿は、道場で竹刀を振る自分の姿に少し重なって見えた。
「……よしっ! 設定完了です!」
ピタリと手を止めた瞬間、保健室にまた機械音が響く。
『情報入力者認証……【水原 リン】クリア、承認
干渉先座標設定……29383,293658,38474,393849、承認
虚軸安定比率検証……92%及び修正可能、承認
時空干渉係数の観測を開始。観測完了。
最終移行跳躍式演算開始……………………完了。
時空転送演算シーケンス、終了。
システムダイブ、オールグリーン』
音声の終わりを合図に、歩夢達を囲う小型立方体が急激な加速を開始。
その速度は捉えられるレベルじゃなく、触れることすら危ういことが素人目にもわかった。
「こんなもん、SF映画でしか存在しないんじゃないのかよ! なんかすげぇ音してるし本当に大丈夫なのかこれ⁉︎」
立方体は更に加速を続け、稲妻や突風を作り上げる。
歩夢が突風や雷光に思わず目を瞑った瞬間、
「システム総承認! 【ダイブ】開始!」
リンは高く掲げた腕を、ホログラムキーボードへと叩きつけた。
――――――ィインッッッ!! バチバチバチ!!
迸る稲妻が弾け、視界は一気に眩んで意識にノイズが走る。
視界や平衡感覚と言った五感とは違う、世界と言う概念そのものが湾曲するような感覚。
「な、なんだこれ⁉︎ 目眩……? 頭が痛てぇ……!」
思わず歩夢が膝をつくと、横で鈴音も苦しそうに背を丸める。
「うぅ、気持ち悪い……視界とか意識が、無理やり鷲掴みにされてるみたい……」
鈴音は何度か武術の上で、意識の不明瞭を体感した事がある。
だが今回の不快感は、それとはまた違ったベクトルの心地悪さ。
外的要因で無く内部から感じる不快感は慣れる事なく嫌悪感を与えた。
『ダイブ終了。安定化装置フリー。動作を正常に終了しました』
再び電子音が聴こえた時、電子音声と共に稲妻と突風は徐々に収束していった。
連なるように不快感も徐々に薄まり、鈴音は数秒ほどで立ち上がれる様になる。
「こ、ここは……っとと⁉︎」
「落ち着いて、深呼吸するといい」
よろける鈴音を支える形で、アリサが腰に手を回す。
「時空酔いは耐性が付くまで三半規管に大きなダメージを与える。二人とも、調子は大丈夫だろうか?」
「あ、あたしは大丈夫です! あっちのズッキーニとかに負けそうな男とは違うので」
敏感に言葉を聞き取った歩夢は顔だけを起こし、半目で鈴音の方を見る。
「おい誰がズッキーニ以下だよ、この筋肉マシマシ女め。俺だって流石に動かない植物相手に負けないし、頑張れば近所のトイプードルにだって勝てるわ舐めんな」
「歩夢くん、トイプードルに勝てるのは誇れる事じゃないぞ……」
ちなみに現在3戦2勝、勝ち越しである。
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