41. 彼女=ヒロインは、ここから始まるんだが
それから数分後、約束の時刻。再び体育館。
バスケ部と対面するチーム青春部(+紅坂)は気合十分とばかりに準備運動をしていた。
「俺たちバスケ部相手に4人で勝負か……随分と自信があるみたいだな」
「あら、残念。私たちはちゃんと5人よ。最終兵器は最後まで隠しておく主義なの」
不敵に笑って返す詩織に、バスケ部部長も鼻で笑って返してみせる。
「だとしても俺たちは男子5人に対して、そっちは男子が一人だろ? 流石に勝負にならない、ハンデでもつけるか?」
「どうかな? 俺たちは頭脳型の天才チームなんでね、男子は一人だとしても盤面はこっちが支配して見せますよ」
と、紅坂が男子であることを忘れた歩夢に、紅坂が横から両手を上げて反論する。
「聞き捨てならないんだがー! 我は男なんだがー!」
ギギギと首を動かし歩夢の方を向いたバスケ部部長は顔面を蒼白して、
「そんな馬鹿な……信乃方、お前……女子だったか?」
「んな訳あるかぁ!」
そんなこんなで両チームは準備運動を終え、試合が始まった。
試合開始から5分ほど。試合の優劣は、もはや考えるまでも無かった。
開始数分でリンが顔面から転倒。鼻血を垂らしながら無事に退場。
リンの壊滅的な運動センスを知っていた為、ここまでは歩夢にも事前に予測できた。
だが、問題はここからである。
「っはぁ……はぁ……はぁ」
屈んだままの詩織は会話もできないほどに疲弊し、コート状の置物同然となっていた。
リンほど壊滅的な運動神経では無いものの、幼少期から読書だけに熱中してきた肉体は単純に体力が少ない。
急激な運動の反動として、過呼吸気味に立ち尽くすしか無いのである。
「はっはぁ……わ、我が邪竜の力が……っはぁ……暴走している……」
歩夢にとって、唯一の頼み綱である紅坂も既に限界が近かった。
マラソンの時と同様に既に体操着に多く汗を滲ませて、ダッシュさえ苦しいのが目に見えて分かった。
「……はぁ……くっそ…どうしろってんだよ……」
当然、歩夢も疲弊しきっていた。
ふらつく足元に喝を入れ、無理矢理でも視界のボールを追う。
「っはぁ……はぁ……はぁっはぁ……はぁ……」
だが、それを追う体力は無尽蔵では無く、とうとう歩夢の足が止まる。
「これだけ点差が開いたんだ、これ以上は続けても逆転できないだろ」
汗一つ流していないバスケ部部長は、器用にボールをドリブルしながら歩夢を見下ろした。
「っはぁ……でも、まだ……試合終わってないだろ」
「諦めないのは嫌いじゃない。でも現実ってやつは、そう簡単にひっくり返るもんじゃ無いんだよ」
そう言いながら、バスケ部部長はその手に取ったボールを円弧状に打ち放つ。
完璧な力加減。洗練されたシュートはブレる事なく綺麗な曲線を描いてゴールへと吸い込まれて行く。
――――だが、それがゴールのリングを潜る事は無かった。
「まだ負けてない! ここから巻き返せるよ!」
驚きながら歩夢が見上げると、常人では考えられない距離をジャンプしてボールを掴む鈴音の姿。
「す、鈴音⁉︎」
「私がオフェンスするから、二人でディフェンスして!」
どこか恥ずかしさをかき消すように声を張る鈴音に、歩夢は飛び出そうな言葉を必死に整理する。
「その……昨日は……」
鈴音の背に向けて、歩夢が小さく呟く。
それは、この状況下で出てきてしまうほど本音に近い言葉だった。
歩夢の言葉に顔を真っ赤に染めながら、鈴音の右手のドリブルが加速する。
「その話は後で! その……あたしも色々話したい事があるし……とにかく今はこの試合に勝たないと!」
「わ、悪い! そうだな!」
再び前を向いた鈴音に、バスケ部部長が立ちはだかる。
「君が青春部部長の言っていた秘密兵器か……まさか女子とはな。出オチで悪いがこの試合の逆転はもう不可能だろうさ」
「悲しい事に、あたしはもう数回も出オチしてるんです。もう気にするレベルじゃ無いですよ。それに……今回のあたしは出オチじゃないですよ」
心の底から楽しそうに笑う鈴音は、人間離れした速度でボールを操りドリブルで舞う。
「ここからが、あたしのスタートなので!」
そこからは、実に一方的な試合だった。
先までの展開とは逆転し、鈴音一人でバスケ部全員をコート上で翻弄し続ける。
バスケ部員がパスを出せばボールより早く移動してそれをカットし、ドリブルで攻めてくれば電光石火よろしくボールを一瞬で奪い去る。
ようやく速度を捉えたと思えば、フィジカル勝負でバスケ部員が消し飛ばされていく。
(いくらバスケ部とはいえ、人間でいる限り勝機は無いな……)
その暴れっぷりに、歩夢はコート後ろで苦笑いを浮かべる。
ディフェンスを任された紅坂と歩夢だったが、結局試合終了までボールが飛んでくる事は無かった。
――――ビー!!
試合終了のホイッスルが鳴り響いた時、コート上のバスケ部ほぼ全員が倒れ込むように地に手を着いた。中には恐怖の目で鈴音を見上げる者もいる。
対する青春部は詩織も休んだ事で息遣いも落ち着き、歩夢と紅坂はすっかり体力を回復させていた。
コート上で倒れ込むバスケ部部長に、詩織はドヤ顔でしゃがみ込む。
「23ー21。私たち青春部の勝ちね」
「はぁ……はぁ……。聞いてないぞ、あんな化物」
「あら女の子に化物だなんてマナーがなってないんじゃないかしら。うちの部活はお気に召さなかったかしら?」
「…………悔しいけど、お前のところの部員は最高だった。俺たちの負けだ、ミーティング室は青春部で好きに使ってくれよ」
これ以上ないくらい爽やかに笑うバスケ部部長の言葉に、歩夢が含まれている事を詩織は知っていた。
試合が終わり、後ろで気まずそうな雰囲気な二人の後輩のために青春部部長は指示を出す。
「それじゃ、歩夢くんと鈴音さん。戦利品の様子を見にミーティング室へ行ってもらってもいいかしら」
「あ、あたしと歩夢でですか⁉︎」
運動していた時よりも顔を赤くした鈴音は、無言でミーティング室へ向かう歩夢の後を追っていく。
「紅坂、我は? 我は青春部に入れてくれるのか⁉︎」
「あぁそんな事も言ったかしら。考えたけどダメね。青春部に厨二病は入れられないわ」
「そんなぁ⁉︎」
体育館から全校中を響き渡る絶叫で、血のついたティッシュを鼻に詰めていたリンの目を覚ました。
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