40. 勝負メンバーは、揃ったんだが

「さて、勝負まであと10分。とりあえず人数を集めないといけないわね」

 体育館から出で保健室へ向かう廊下、リンがどこか不安げに呟いた。

「それにしても千秋センパイ、本当に勝負内容はあれでよかったんですか? バスケ部に随分と有利な勝負だと思うのですが」

「ええ構わないわ。相手に有利な状況からひっくり返すほど、青春を感じるものじゃない。それともまさか天才未来人であろうリンちゃんが……怖いのかしら?」

「まままままさかそんな訳ないじゃ無いですか! 全員ボクが2秒で踏んだり蹴ったりしてやりますよ!」

「やめろ、見事までに全部ファールだ」

バスケ部から提示された勝負内容は、各メンバーによる5対5の20分間のバスケの試合。

 バスケ部を相手にバスケの勝負を申し込むのはなんとも無謀と言えるが、かっこよく勝負の約束をしてしまった以上は歩夢に断ることができなかった。詩織は『青春っぽくていいじゃない』と返し、リンは不利なことにすら気がついていなかった様子で勝負の内容が決まってしまったのである。

 運動音痴の凝縮体であるリンに加え、歩夢自身も運動は得意では無い。一見壊滅的に見える状況だが、歩夢は特段焦ってはいなかった。

(ま、アリサ先生が居れば負ける事はまずないだろ)

 怪力こそ鈴音には及ばないものの、先日の紅坂の件でアリサが見せた身のこなしは鈴音のそれを優に超えていた。

保健室の目の前で扉に触れる直前、詩織は歩夢の思考を読んだようにサラリと告げる。

「それと、今回はアリサ先生の力は借りないわ」

「え⁉︎ なんですか! アリサ先生が協力してくれれば一発じゃ無いですか!」

「こちらが顧問の力を借りたら、当然相手の顧問にも参加する権利がある筈でしょう? こちらだけアリサ先生に参加してもらうのはズルしている感じがあって青春っぽく無いじゃない」

 詩織の言葉を聞いて、歩夢はふとバスケ部は今日は顧問がおらず自主練習だった事を思い出す。

 青春部の活動理念が詩織の青春の体感であり、詩織が青春でないといえばそれは部活動として反する事になる。

「アリサを勧誘しに来たんじゃないなら、保健室には何をしに来たんですか?」

「さっきも言った通り、メンバーを増やしに来たのよ。ここに一人は必ずいるもの。

 リンの質問に詩織は少し嫌そうな顔をしながら扉を開けた。

「アリサ先生まだ帰ってこないかな……アリサ先生♡」

 すると保健室内で紅坂が目を♡に変え、椅子に座って嬌声を上げる生徒に視線が集まる。

「なるほど、紅ちゃんですか」

「あの3番勝負以来、時間があればここにいるもの。位置がわかって便利だわ」

「うわぁぁぁああ⁉︎ な、なんの用だ青春部!!」

 涙目で叫ぶ紅坂を無視し、詩織は淡白に用事を告げた。

「ちょっと青春部の為にバスケをする必要があるの。もしも上手くいったら青春部加入も考えて上げないことも無くは無いから、紅坂さんも力を貸しなさい」

「え……我のこと青春部に入れてくれるの?」

「言ったでしょう。上手くいったら考えてあげない事も無くは無いわ」

「本当に……? 我が頑張ったら考えてくれる?」

「そう言ってるでしょう。もう時間が無いわ、急いで体育館に移動するわよ」

「わ、わかった! ククク、我の邪竜【ジャジヴァリス】の力を解放する時……」

 そう言いながらウキウキで荷物をまとめ始める紅坂を、青春部の面々はそっと見守る。

「チョロいな」

「チョロいですね」

「チョロくて本当に助かるわ」

 保健室内を見渡した歩夢は、ある事に気がついた。

「紅坂先輩にするとして、メンバーにはあと一人必要ですよね? どうするんですか?」

「あら、歩夢くんも酷いことを言うのね。青春部のメンバーは4人だったはずだけれど。とっくに最後のメンバーには試合開始時刻をメールしてあるわ」

「うぐ……」

 詩織が示唆しているのが鈴音だと、歩夢にとって気がつかない方が難しい。

 そして同時に詩織が、鈴音の空席を開けて試合に臨むつもりである事。つまり詩織は4人でバスケ部と勝負するつもりであると悟った。

 暗い表情を浮かべる歩夢とは多少的に、リンが穏やかな笑顔で目を瞑る。

「大丈夫なのです。ママは絶対来ますよ」

「…………だな。信じるしかないな」

 歩夢は、自分にとっては妹のように考えていた。だからこそ、自分から見た関係性は相手と共有されている。そう信じ込んでしまっていた。

 もしも鈴音が姿を著してくれたのなら、鈴音から見た自分の関係性を見直そう。自分と鈴音の思い違いを、少しでも減らしていこう。

心の片隅で、歩夢はそう小さく誓う。

 この瞬間、リンは無意識的に自分のミッションに大きな好転を齎したのだが、リン自身がこれを知る事はない。

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