39. いつだって青春とは、ぶつかりあうことなんだが
歩夢は「なんすかそれ可愛い」と口から漏れそうなのを必死に抑え、思考を巡らせる。
「それなら、部室を奪うんじゃなくてどこかの部活から借りればいいんですよ。どこか過剰な部室がある部活とか……リン、心当たりはないか?」
クラスで会話する相手が紅坂しか居ない詩織は戦力外とした事は内緒である。
「うーん……あ、そういえば昨日の昼休みにクラスメイトのバスケの子が、入部早々使う予定のない部室を掃除させられてるって嘆いていました」
「あ、それは確か俺も聞いたことあるな。なんでもミーティング室と用具室があるけど、ミーティングは体育館で済ませちゃうから使う機会がほとんど無いとか」
リンに頷き返す歩夢を見て、詩織はパタンと小説を閉じた。
「それじゃ、部室候補は決まったわね。早速バスケ部に直談判しに体育館に向かいましょうか」
「うーす」
「了解です」
かくして青春部面々は体育館へと移動するのであった。
体育館、練習中のバスケ部部長を呼び出し、事情を説明していた。
「なるほど、それで俺たちの使っているミーティング室を青春部の部室として譲ってほしいと」
「ええそういう事よ。練習中に呼び出してしまって申し訳ないわ」
「構わないさ、どうせ今日は顧問のいない自主練習だし」
そんな他愛のない会話を交わす二人を詩織の後ろで見守る歩夢は、和やかに会話する詩織に対して強い不信感を覚え、小さな声でリンに耳打ちした。
「なぁリン、あの千秋先輩が……男子に相手に毒を吐かないなんて変だと思わないか?」
「いや、千秋センパイは大体の生徒に対してあんな感じだと思いますよ。センパイに対して冷たいのは、センパイの日頃の行動の結果なのです」
「いやいやいやおかしいだろどう考えても! そもそも千秋先輩って友達いないから青春部作ったんだろ⁉︎ ボッチどころか普通に男子の陽キャと仲良く話せてるじゃねぇか!」
――――俺が陽キャの女子をナンパすると無視されるのに!
悔しさに血涙を流す歩夢を無視し、リンは興味深そうに口元に軽く触れる。
「それについてはボクも驚きましたが、どうやら千秋センパイは小説に狂っていたせいで友達がいないだけでコミュ力自体が足りない典型的ボッチな訳ではないみたいですね。あ、もちろんボッチの中でも特殊な感性のせいで他人が寄り付き辛く浮島状態になっていく紅ちゃんみたいなタイプもいますが」
「紅ちゃんって……お前から見れば、紅坂先輩は一応2つ上の先輩だからな」
「先輩後輩の壁に塞ぎ込まれないのがモットーなので。ボクにとって紅ちゃんは紅ちゃんなのです」
同時刻、紅坂が大きなくしゃみで買い食いしていたアイスの7割を失い、涙目になっていた事を二人は知らない。
「部長直々に交渉に当たっているのだから、せめて静かに待ってられないかしら……」
いつの間にか振り返っていた詩織がジト目で圧を飛ばす。
「すみません千秋先輩。やっぱりリンの声がデカかったですよね」
「センパイから話を振ってきたのでボクは悪く無いのです。そんなんだからセンパイには彼女が出来ないのです」
小学生の如く言い訳を並べる二人を、バスケ部部長は興味深そうに覗き込んだ。
「元気があっていいじゃないか。二人とも君の所の部員なのか?」
「そうね。随分と訳ありだけれど」
バスケ部部長はリンへ爽やかに手を振り、そのまま横に立つ歩夢に視線を移す。
「お、お前は!」
「ど、どうも……?」
そして歩夢と支線が重なった瞬間、爽やかだった視線が胡乱に曇らせた。
初対面だけど、何か嫌われることでもしたか? と頭を悩ませながら、歩夢はとりあえず挨拶を返した。
そんな空気を察する事なく、詩織は割り込む様にして再びバスケ部部長の前に立つ。
「改めてお願いするわ、バスケ部のミーティング室を私たち青春部に部室を譲り受けてくれないかしら」
すると先までの爽やかな空気はどこへ、バスケ部部長は詩織の方を向き直す。
「……なぁ部長さん『私たちの青春の為に部室の一部を譲ってほしい』と、あんたはそう言ったよな」
「ええ、確かにそう言ったわ」
バスケ部部長はゆっくりと俯いていた顔をあげ、詩織の言葉に呼応するように鋭い瞳で歩夢を見る。
「実は……俺たちバスケ部は、そこの信乃方と因縁があってな。正直な所、ミーティング室はそう簡単に引渡したくないのが本音だ」
「因縁、ですか」
リンと詩織は呆れた様子を隠そうともせず歩夢へ目を細める。
「歩夢くん、貴方は他人に損害を与えないと生きていけない生き物なのかしら?」
「そんなわけないでしょ! 大体、俺はバスケ部に恨みを買うような事はして……」
自分の行動を振り返るも、やはり見知らぬ男子生徒の恨みを買うような出来事は…………あった。一つあった、そういえば。
全校男子生徒の切なる願い。折角美少女がパンツ見せてくれる千載一遇のチャンスを、歩夢は破壊していた。
(パンツの恨みなら……仕方ないか)
歩夢を嫌う全校男性生徒の中には、当然バスケ部も含まれている。
その証拠として何より、もし立場が逆であれば歩夢自身が美少女のパンツを隠した人間など五体満足で返す訳がないからだ。
「…………俺に責任がある事はわかりました。それでも、それでも部室は手に入れないといけないんです」
かつてなく真剣な表情の歩夢に、詩織とリンは息を呑む。その因縁がパンツとも知らずに。
「引く気は無いと……。わかった、バスケ部と青春部。互いの青春をかけて勝負と行こうじゃないか」
正面から見つめる歩夢に、バスケ部部長はどこか物々しく笑ってみせる。
冷静に見ればツッコミどころ満載な惨状なのだが、青春部部長は「これぞ青春っぽいわね」と静かにテンションを上げていた。
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