38. ラブコメ展開って、その後が気まずいんだが

 翌日、青春部面々は保健室に集合していた。だがその中に鈴音の姿はない。

 ソファーに片足を上げていた詩織は、小説を片手に小首を傾げる。

「あの律儀で真面目な鈴音くんが遅刻だなんて、珍しい事もあるのね」 

 すると近くのベッドで寝転んで漫画を読んでいたリンが、ピンとアホ毛を伸ばして振り向いた。

「マ、ママならちょっと用事があるって言ってました。べべべ別にセンパイと昨日何かあったから今日は青春部に行きづらいとか言ってた訳じゃないですよ、ええそんな事は全くないのです!」

 昨日電話した時に、面倒臭かったので自分で解決してくださいって言いました。とも言える筈もなく、リンは吃りつつ声を裏返らせてそう言った。

「……そう、用事があるならば仕方ないわね。鈴音さんへの償いも兼ねて、焼き土下座の一つでもさせようかと思っていたのだけれど。私も小説の資料にできるから一石二鳥だものね」

 冗談にも聞こえない笑顔で詩織が言うが、歩夢は気にする様子も無く俯いたまま何かをボソボソ呟いている。

「あれか……? 菓子折りを持っていた方がやつなのか……?」

 歩夢は想定していたよりも、遥かに大きな鈴音との気まずさに思い詰めていた。

 始まりは、今朝歩夢が遅刻ギリギリの時間に起床するとスマホに『ごめん寝坊した。先に行ってて』と鈴音から通知が来ていたことから。

 中学校を含めて、鈴音が歩夢を起こしに来なかった日など無い。

(鈴音が寝坊って……今日は槍でも降るかもな)


 小学1年生から欠かさず毎朝4時に起床し、修練とランニングを欠かさない律儀な鈴音が寝坊するとは思えず、歩夢は疑心ながらも遅刻ギリギリで準備を終え登校した。

 教室に入ると普通に鈴音がいる上、いつもなら小言の一つでも言って来る筈がそれも無い。

 各休みや昼休みに話しかけてくる様子もなく、それどころか心なしか視線を避けられている気すらする。

 極め付けに鈴音が青春部の召集にすら来なかった事によって、歩夢の中で焦りが強くなった。

「もしかして俺、思ったより不味い事したかも…………?」

 昨日、鈴音のOPPAIに触れてしまった時は、歩夢にとって妹の身体に当たった程度の認識だった。

彼女に飢える歩夢が動揺しないのは、それほど鈴音が歩夢にとって家族ほど身近な存在であることの裏付けなのだが、もちろん当の鈴音がそれを知る由は無い。

 だが現実として、鈴音から避けられるという前代未聞の事態に歩夢は激しく頭を悩ませていた。

「だ、か、ら、聞いているのかしらこの脳内ピンク後輩は」

「いだだだだだ⁉︎」

 突如として詩織に横から頬をつねり上げられ、歩夢は耐えきれず声を上げる。

「なんですかいきなり⁉︎」

「途中から全部声に漏れてたわよ。まぁ私も鈴音くんが青春部に来ないのは、間違いなく歩夢くんが原因だと思うけれど」

「で、ですよね……」

 露骨にシュンと気を落とす歩夢に、詩織は呆れた様子で頭に手で頭を軽く打ち付けた。

「部員同士の関係を築き直す。それもまた青春らしい青春部の活動だけれど、どうしてもそれより優先してしないといけない事があるって話してたのよ」

「青春部が正式な部活として認められたのに、まだ何か決めないといけないんすか?」

 まっすぐ聞き返す歩夢に「本当に何も聞いていなかったのね」と詩織は深くため息を吐く。

「千秋センパイが言ってたのは部室の話をしてたんですよ。正式な部活動になったからこそちゃんと部室を申請しないといけないらしいです。……センパイ、ボクの胸は揉んじゃダメですよ?」

 ムフフっと笑うリンに、反射的に「揉む胸ないだろお前」と返しそうになりつつ歩夢はソファーに座り治す。

「それで、部室ならここでいいじゃ無いですか? 顧問もアリサ先生だし」

「その質問はセンスが無いわ歩夢くん。保健室は学校全体の公的施設であって生徒の任意で活動場所にしていい部屋じゃ無いのよ。それとも歩夢くんだけ活動場所は生徒玄関に指名しようかしら?」

「だからなんで千秋先輩は俺に当たりが強いんですか! あれですか⁉︎ 男子が嫌いなんですか⁉︎」

「あら心外ね。私は男女関係なく素晴らしい人間はちゃんと尊敬するわよ。こんな態度を取るのは歩夢くんにだけ」

「チクショウ俺が嫌いなだけかよ! ほら鈴音も何か言ってや……」

 そう言って歩夢が振り返るも、当然そこに鈴音の姿は無い。

 いつもの調子でやらかしてしまい、歩夢は羞恥心で見る間に耳の端まで赤く染まっていく。

「これは……思ったより重症ね」

「センパイ、ママのこと大好きすぎませんか?」

 ニヤニヤ笑いつつ頭を抑える詩織と、隠そうともせずにやけ面で煽るリン。

「あーもうめんどくせぇ!! 部室の話ですよね!! どこにしましょうか部室!! もう正面玄関で良く無いですかコレ!!」

 歩夢はヤケクソ気味に声を荒げるが、詩織は受け流すように小さく微笑んだ。

「千秋センパイ、センパイとママの復縁の為にも早く部室を決めてあげましょうよ。無難に空き教室とかはダメなんですか? 汚い部室を掃除して部室にするとか、それこそ青春っぽい感じがしますけど」

「それは私も調べてみたけど、既に道枝高校には空き教室がないのよ。使い古されて物置部屋にされているなんて理想の部屋もどこにも見つからなかったわ」

「そうですか……となると、部室を入手するのは中々大変そうですね……」

 歩夢とリンが頭を悩ませていると、詩織が思い立ったように掌を打った。

「また私が全校集会でパンツを見せて、他の部活の部室を乗っ取るのはどうかしら」

「絶対にダメですよ! 次にパンツを公開しようとしても俺は絶対隠しませんからね! それに他の男子だって二度も同じ手には…………かかるかもしれないけど、絶対ダメですからね」

 すると詩織は印象に合わず、目を閉じて「残念」と小さく舌を出した。

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