42. このラブコメは、まだ始まったばかりなんだが

 体育館から離れ、少し移動した一室。

「なんというか、意外に狭いんだな」

「だね……」

 ミィーティング室を一瞥して、歩夢と鈴音はそんな感想を漏らした。

 大袈裟な壁掛けホワイトボードと、6個の椅子と申し訳程度の長机。

 会議室のような部屋を想像していたが実際はそんなに広くなく、階段下の物置と言ったほうがイメージに合っている。 

「まぁ青春部で使うには広すぎず、ちょうどいいんじゃないか?」

「あ、あたしもそう思う! 人数も少ないし小さい秘密基地っぽくていいっていうか!」

 気まずさを必死に隠そうとするも、表情に隠しきれない鈴音を見て歩夢は軽く苦笑いを浮かべながら近くの椅子に腰掛ける。

(話すなら今だよな……昨日の事)

鈴音と少し距離が出来た今日1日で、歩夢は自分にとって鈴音がどれだけ身近で影響が大きな存在か痛感していた。

 意図していない事故とはいえ、昨日の出来事は一人の女子として納得できる訳もない。

 ――鈴音は昨日の事は無かった事にしたいんじゃないか。

 ――万に一つ気にしていない可能性もあるじゃないか。

 ――俺からこの問題に触れるべきではないんじゃないか。

 突如として再認識した鈴音との関係性を、歩夢は昨晩から数え切れないほどに反芻していた。そして考えれば考えるほどに、一つの結末に辿り着く。

 ――――それでも、俺は。この関係性を失いたくない。

「鈴音、昨日は悪かった」

 歩夢が脱力した瞬間、言葉は無意識に口から滑り落ちた。あまりの自然さに、歩夢本人が驚くほどに。

「っ……」

 鈴音もまた、当然この話題になることは察していた。

 察してはいたのだが、順応に対処できるかはまた別問題である。

「…………ほぇっと……ですね。昨日のアレはあたしも不注意だったというか……」

 緊張のあまり甘噛みした鈴音は、恥ずかしそうに歩夢へ背を向ける。

 頬まで赤く染まったこの顔を、歩夢に見せる訳にはいかないから。

 この顔で微笑むのは、リンたちのミッションが達成したその日と決めているから。

「ップ! ははははは! そこで噛むか普通!」

「しょ、しょうがないじゃん! 歩夢が変な雰囲気にするのが悪いんでしょ!」

 緊張の糸が切れた様に噴き出して笑う歩夢に、思わず鈴音は怒りながら笑いながら複雑な表情で振り返る。

 それを見た歩夢は心の底から安心した様に目を細め、何度も脳裏に過ぎった不安を素直に口にした。

「よかった。もしかすると、もう俺と会いたくないくらい……怒ってるんじゃないかって思ってた」

 思いのほか歩夢が思い詰めていた事に驚きつつ、鈴音は穏やかな笑顔で笑って返す。

(……もう少し。もう少しだけ歩夢の中で、少しでも特別な存在になりたい)

 綻びそうな口元に力を込める。今すぐに、この感情を思い切り叫び出してしまいたい。

 自分にとって、もっと歩夢は特別な存在なのだと。

 でもそれは、本当の意味で歩夢の横に立てた日だと決めているから。だから、だから今はまだ。妹みたいな幼馴染でもいい。

 そう自分自身に言い聞かせ、鈴音は真っ直ぐに歩夢を見つめる。

「そんな事ないよ。あたしも、別に嫌な訳じゃなかったから」

 本心から小さく呟く鈴音。その言葉を聞いた瞬間、歩夢の体が硬直した。

 ――――――はい? 

 突如として飛び出した言葉に、心臓の鼓動がかつてない程に暴れ回る。

 見慣れた鈴音の表情が妙に艶めかしく、歩夢の瞬きの回数が急上昇した。

言い間違えや違う意味とも捉えづらい言葉が、脳内で乱反射して止まらない。

(そういうアレなのか⁉︎ …………そう意味なのかコレは⁉︎ )

 化物みたいな怪力を持つ幼馴染の、妹の様に思っていた鈴音の言葉の真意が理解できず、歩夢はポツリと呟いてみる。

「嫌じゃ……なかった?」

「…………あっ!!」

 その歩夢の復唱で、鈴音はようやく自分のやらかしに気がついた。

「……えっとそれは……その……なんというかですね…………そ、そのままの意味できゃぁああああああああああああああああああああ⁉︎」

「うわぁぁぁぁあ⁉︎ 何だ⁉︎ どうした⁉︎」

 突如として勘高い叫び声を上げた鈴音に驚き、歩夢が振り返ると廊下窓からひっそりとミィーティング室もとい青春部部室の中を詩織の姿があった。「うわぁぁぁぁあ⁉︎ 何だ⁉︎ どうした⁉︎」

 突如として勘高い叫び声を上げた鈴音に驚き、歩夢が振り返る。

すると、廊下窓からひっそりとミィーティング室もとい青春部部室の中を詩織の姿があった。

「な、何やってるんですか千秋先輩!」

「二人とも帰って来るのが遅かったから、様子を見に来たのよ。そしたら何やら中からいい資料に成りそうな青春を感じるじゃない、これはちょうどいいと観察させてもらっていたという事よ」

「い、いつ頃から……」

 かつてないほどまでに顔を真っ赤に染めた鈴音が訥々と問うと、詩織は声を低くしてキメ顔を見せる。

「『鈴音……昨日は悪かった』」

「うわぁあああああああ⁉︎ やめろぉぉぉぉぉおお!!」

 口を塞ごうと飛びつく歩夢を、詩織はヒラリと躱す。

そして今度は、自分の両手を繋ぎらなら目をウルウルさせて、

「『あたしも、別に嫌な訳じゃなかったから』」

「きゃぁああああああああああ⁉︎」

 白亜紀に生息していたであろう怪鳥を感じさせる鈴音の悲鳴が、青春部部室で大きく反響した。


 屋上、青春部部室を見下ろしていた二人の未来人。片方のアリサはため息を吐く。

「もう少しだったんだが、残念だったな。このまま特異点を完全に排除できるかと思ったんだが、邪魔が入ってしまった」

「いいんですよ、これで。着実に特異点の解消には近づいていますから。むしろあと一年というリミットの中で、こんなにも順調なスタートを切って良いものかと不安になるくらいです」

 そうか、と微笑むアリサの横で、リンは再び顔を赤くして詩織を追いかける両親の姿を見る。

 その表情は、どこか懐かしさに浸る高校生で、どこか両親に甘える子供そのもので。

「まだまだ、これからです。ボクらの未来に辿り着くまで、センパイがママに告白するまで、このラブコメは終わりませんよ」


これから一年間。未来人の知る未来まで、未確認の日々が訪れる。

青春部に巻き起こる数々の、友情を、事件を、笑顔を、喧嘩を、――――青春を。凄惨な結末を。 

 青き春の残酷さを、知るものは誰もいない。

青春は、痛々しく残酷で、これ以上ないくらいに美しい。



これは紛れもなく。

信乃方歩夢の、未来人によって破壊されるラブコメである。

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