26. 校則は、悪用する為にあるんだが

 悩ましそうに唇に手を添える詩織の横で、リンが何の気無しに手を挙げる。


「あ、顧問に着いては大丈夫だと思います。ボクに心当たりがあるので」

「心当たり? リンちゃん、誰か顧問を請け負ってくれそうな先生がいるの?」


 意外そうに驚く詩織に、リンはコクリと頷く。

 その様子を見てギョッと目を見開いた鈴音は、捲り立てるように手を挙げた。


「あ、あたしも心当たりがあります! アリサ先生って先生が、実はあたしの遠い親戚なんですよ! きっと頼んだら多分受け持ってくれると思います!」

 突如として凄絶な勢いを見せる鈴音に驚きつつ、詩織は感嘆の息を漏らした。

 リンは鈴音が何を言っているのか理解できず、ポカンと口を開けている。


「それはありがたい話だけれど、アリサ先生って確か新任の養護教諭の先生よね。色々と新任作業で忙しかったりしないのかしら?」

「一応、本人にも請け負ってもらえるか確認してみますね!」


 そして詩織に考える時間を与えないまま鈴音はスマホを取り出し、大急ぎでメッセージを送信した。

 すると送信の瞬間に既読がつき、すぐにアリサから「了解、請け負った」とメッセージが帰って来た。


「大丈夫みたいです!」

「まぁ、そう言うことなら遠慮なくアリサ先生にお願いしようかしら」

 驚きつつも頷く詩織。鈴音は表には出さず、ほっと息を吐く。

 リンが未来人とバレた上、アリサまで未来人とバレる事を危惧していたが最悪の事態は免れた為である。


 そんな事を知るはずもなく、詩織は上機嫌に鼻歌を歌いながら適当に生徒手帳をパラパラと捲る。

「正直な所、顧問についての問題が一番大きい壁だと思っていたからとても助かったわ」


 それを聞いて歩夢は眉を顰めた。

「一番大きな壁って……そもそもどうやって部活動として認めてもらうんですか?」


 部活動として活動するには顧問が必須となるが、そもそも学校側に部活動と認定されるには最低条件がある。

 規定数の生徒と顧問。そして部活内容の審査などの書類審査である。


(……当然、バカ正直に青春部って書いても審査を通るとは思えない。かといって頑固な千秋先輩の事だ、ここを誤魔化したりするとも考えづらい)


 歩夢が唸りを上げていると、その質問を待っていた自慢気な詩織は生徒手帳を指で弾く。 

「歩夢くん、生徒手帳の17ページ。第23条の項目を開いてみなさい」


 言われるがまま歩夢が生徒手帳を開き確認すると、そこには『生徒総会に関する項目』と綴られていた。

 その下には『第23条 部活動の設立は通常申請の他に、生徒総会において全校生徒の過半数の賛成票を得た場合においてもこれを可能とする。なお活動に関しては通常通り、顧問の指導を必須とする』と記述されている。


「……なんだこのトンチキ校則」

「なんでも大昔に生徒の自主性を高めるために作られた校則らしいわ。もっとも今まで利用した生徒は1人もおらず、ただの風化した残りカスらしいけれど」


 道枝高校では通常の年度末前に行われる生徒総会だけでなく、年度初めに使用予定などを含めた会議を兼ねて年2回の生徒総会を行う。学校文化だけで見れば全国的にもかなり特殊な学校と言えるだろう。


「あ、その生徒総会って明日あるやつですよね?」

 リンが驚いたように呟くと、詩織は無言で「どうだ」と言わんばかりに目を細めた。


「つまり明日の生徒総会で過半数の賛成票を集めれば、書類審査を通らなくても青春部を立ち上げることが出来るのよ」

 なるほどと歩夢は一度納得するも、すぐにまた眉を顰めた。


「……で、どうやって生徒の過半数の賛成票を得るんですか?」

「安心しなさい、秘策があるわ。…………とにかく明日は青春部部長として、威厳ってものを見せてあげるわ」

 今まで以上に自信満々に胸を張った詩織に、「おー」とリンと鈴音は拍手を送る。

 それに続き、歩夢もうっすらと感じる嫌な予感に蓋をする様に目を閉じるのであった。







 翌日、全校生徒の集められた体育館で生徒総会は開催されていた。


 形だけの議会成立宣言。続いて新生徒会面々の発表、挨拶。

 各委員長、各部部長による当たり障りのない報告。

 それらが終わる度に起こる生徒たちの適当な拍手。

 そんな感じで、例年通り作業的な生徒総会は粛々と進んだ。


「それでは続いて、生徒による提案意見になります。発言がある生徒は、挙手をお願いします」


 正確には、少なくともこの瞬間まで生徒総会は順調に進んでいた。

「はい」


 3年生の生徒席の中で、歩夢にとって印象深い女子生徒が突如として立ち上がる。

 例年にはなかったパターンに困惑する生徒会を気にも留めず、女子生徒は中央の発言席に移動してマイクの電源を入れた。


「3年4組千秋詩織。新規部活動の設立に関しての提案よ」


 堂々とした詩織の凄絶な雰囲気に押されつつ、生徒会長は急ぎ生徒会要綱を捲る。

「えっと……そ、それでは活動内容など詳細の説明をお願いします」

「部活の名前は青春部。活動内容は名前の通り、青春を知り青春を謳歌するための部活動よ。新規部員の入部条件は部長である私の完全招待制。顧問はアリサ先生に許可を頂いているわ」


 マイクを片手に持ち、滑らかに語る詩織に生徒会の役員たちは小さくザワザワ騒ぎ始める。

 それは職員も同様であり、名前の出たアリサに視線が集まるが当の本人は知らぬ顔で目を瞑っていた。

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