25. 部活こそ、青春の象徴なんだが
「……ぐ、ぐぬぬぬぬ」
一方、相変わらずリンは口をへの字に曲げて唸りを上げる。
詩織の提案を受ければ、リンは危険を回避できて、千秋先輩の願いも叶う。
リン自身、それ自体は理解できていたが、素直に頷けないのは別の理由があった。
(ボクには大事なミッションがあるのに、部活なんてものに時間を使う訳には……いや部活という形であればもっと簡単に2人を親密にさせられるのでは?)
そしリンは意を決めた様に立ち上がり、ヤケクソ気味に声を荒げた。
「んぁー!! わかりましたよ! やりますよ! やればいいんですよね! やってやりますとも! 部活や青春の一つくらい、この天才が完璧に仕上げて見せますよ!」
その瞬間、制限時間と言わんばかりに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
詩織はハラりと身を翻えし、屋上から降る階段へ向かって歩夢き始めた。
その表情は笑顔。その中でも少年が新しいゲーム機を買ってもらった様な、とびきりの笑顔。
「ふふ、ありがとうリンちゃん。これでようやく私の青春は、私の小説は次のステージへ進めるわ……それじゃ話の続きは放課後に。集合場所は私の教室にしましょう」
そう言った詩織は、リンと鈴音に軽く手を降った後に階段へと姿を消した。
その2秒後、ヒョイっと淵から顔だけを再び覗かせて。
「……今度こそ、帰ったら容赦しないわよ」
何か嫌な事を思い出した顔で、詩織は歩夢を睨みつける。
「いやいや流石に帰ったりしませんよ。昨日は事情が事情でしたし」
苦笑いしつつも歩夢が軽く手を振ると、詩織はどこか不服そうな顔で再び階段へと姿を消した。
(……ちょっと帰ってみようかな)
怖いもの見たさの歩夢の考えが顔に出ていたのか、横から鈴音がジト目で釘を刺す。
「ややこしくなるから、絶対帰らないでね」
「わかってるよ………」
再び苦笑いしつつ歩夢が振り返ると、やけに静かなリンはぶっきらぼうに仁王立ちしていた。
機嫌悪く眉を吊り上げ、リスのように頬を膨らませている。
「ボク、あの先輩何を考えてるのか分からなくて嫌いです」
階段の方を覗き、べっと小さく舌を出すリン。
未来から来た天才は、現代の天才……変人への同族嫌悪を隠さない。
「奇遇だな、お前も同じ様なものだぞ」と言いたい本音を我慢して、歩夢はリンの頭をポンポンと軽く叩いた。
「まぁ実際、抱えてた問題もなんとかなったんだからいいんじゃないか? 青春部ってやつも、ちょっと楽しそうだし」
「……それでも、ちょっとだけ嫌なんです」
天才の同族嫌悪に理解が追いつかない歩夢は、小さくため息を吐くのであった。
午後の授業を終えた歩夢と鈴音は、1年生の教室へ行きリンと合流した。
そのまま3年生棟に移動して、詩織との約束の教室を覗き込む。
すると殆どの生徒は残り少ない学園生活に忙しいのか、教室の中はたった1人の生徒を除き夕焼け色に染められている。
「……来たわね」
たった1人の生徒こと詩織は、待ち侘びた様に歩夢たちに手を招く。
用意されていた机を四つ集めた簡易会議机の席に歩夢たちが各々座ると、両肘を机に突いた詩織は満足げに微笑んだ。
「それじゃ早速、私たちの第一回青春部会議を始めましょうか」
「会議……ですか?」
「えぇ会議よ。青春部をたち上げるには、足りていないものが幾つもあるもの」
真剣な表情の詩織を見て、なるほどと小さく頷く鈴音。
「まず初めは『アレ』についてね。青春部として必要不可欠な上に、どうしても最難関な壁とも言えるわ」
「ですね、俺たちにとって『アレ』は特別に必要なものですから」
歩夢が詩織へ同意の声を挙げると、リンが驚いた様子で横を見る。
「センパイ、千秋センパイの言うアレの予想がついてるんですか⁉︎」
「まぁな。何、少し考えれば簡単な事だ後輩くん」
自信ありげに鼻を鳴らす歩夢には、強い確信があった。
部活を作り青春を謳歌したい詩織にとって、あくまで脅迫関係によって作られた現在の関係性は好ましくない。
つまるところこの会議は恥ずかしがり屋な詩織なりの、部員全員と仲良くなりたいというメッセージである。
「今の俺たちに必要な物、つまり千秋先輩の『アレ』とは――――」
歩夢はとびっきりのキメ顔で、千秋先輩へ向けて指パッチンを響かせた。
「『友情』ですよね?」
「『顧問』よ」
「すんません俺もう帰ってもいいですか?」
羞恥心に軽くキレながら帰ろうとする歩夢を、鈴音は吹き出し笑いを我慢しながら掴んで押しとどめる。
そんな様子を気にする事なく、詩織は胸ポケットから生徒手帳を取り出しパラパラとページを捲った。
「部活動として活動するには、最低限顧問が必要なのよ」
詩織が見せたページを確認すると、確かに『第15条 部活動の活動には顧問を必須とし、顧問による指導・管理を必須とする。』と一文があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます