24. 青い春は、小説家の夢なんだが
「それじゃリンちゃん、昨日の続きの話をしましょうか」
「……話す内容はボクに対する脅迫の要求、ですよね」
「そうね。たった一つ、一つだけ要求を叶えてくれたら、私は未来人の事を他言しないと千秋家に誓うわ」
そう言って詩織はピンと人差し指を立てた。
それを警戒するように、リンはジッとそれを見つめる。
「……経済に大きな影響を与えるお金とか、未来の道具を提供するのも技術に大きな影響を与えるので不可能です。……あくまで、提供できるのはボク個人としての物だけなのです」
小さく震えながらも、リンは凛とした態度で告げる。すると返すように、詩織は優しくリンの手を取り、微笑んで見せた。
「確かに未来の道具やタイムマシンは魅力的だけど、それは別に要求しないから大丈夫よ。……だって今の私には、もっと欲しいものがあるもの」
金にも未来の技術にも目をくれない、小説狂いの小説家。詩織が何を要求するのか、予想もつかない歩夢と鈴音は――ゴクリ、と沈黙に息を呑む。
そんな事を気にも留めない詩織はニコリと小さく微笑んで、
「私と、部活を作ってくれないかしら?」
「「「――――はい?」」」
詩織から出たあまりに予想外な言葉に、歩夢とリンと鈴音は揃って首を傾げた。
急に力が抜けたように尻もちを着いたリンが、うがー! と声を荒げる。
「め、めちゃくちゃです! 話がどう飛躍したらそんな要求になるのですか!」
「あぁもちろん未来人君だけじゃなくて、2人も部員になってもらうわよ。そこの子……名前はなんて言ったかしら?」
「に、2年4組の水原 鈴音です」
「そう鈴音君ね、よろしく。鈴音君と………………一応、歩夢君も部員にする予定よ」
「おいなんだ今の間は。なんで俺だけ異物混入みたいな扱いなんだ」
いつの間にか論点をズラされた事に気が付いたリンは「ハッ!」とした後に、再びうがー! と声を荒げる。
「ってそういう意味じゃありません! なんでいきなり、部活を立ち上げるなんて話になったのか聞いているのです!」
「それについては話せば長くなるけれど……実は私、最近とある事を編集部に言われて悩んでいたの」
思い出す素振りを見せながら、詩織は人差し指をユラユラ揺らす。
「『小説は面白いけど、どこか青さが足りない』とか『せっかく学生なんだから、もっと恋心を学びなさい』って編集部は口を揃えてそう言ったわ。それで私は、自分の学園生活をよく振り返ってみたの。そうしたら衝撃的な事実が発覚したの」
そこまで言って、詩織はスンッと急に真顔になった。
「私、女子高生なのに全く青春してなかったの。…………というか友達が居ないのよ」
――――屋上に、静かな風が吹き抜けた。
あまりの気まずさに、鈴音が思わず顔を伏せている。
こほんと小さく咳払いをした詩織は、そのまま説明を続ける。
「作家がより鮮明な描写をするには、実際に体験するのが一番よ。つまり私が小説に磨きをかける為には、自分で青春を体験して理解する必要があるの」
さら畳みかける様に詩織は、リンへ顔を近づけ、
「青春と言えば、やはり部活動ね。でも今更どこかの部に入部しても気まずいだけだし、友達がいないのに部活を立ち上げるなんて不可能でしょう?」
「なんでそうなるんですか! 友達づくりも立派な体験ですし、千秋さんが自分で友達を作れば解決するじゃないですか!」
「もちろん私も始めはそう考えたわ。けれど、大半の生徒は、私が話しかけるだけでなぜか萎縮してしまうの。……まぁこうして臆せずに話してくれる生徒自体、とても珍しいのよ。その上、未来人だなんてこれ以上の適才者がいるかしら?」
詩織と対面するリンは、 ぶっ飛んではいるが、一応は筋の通った理由に喉を鳴らす。
「な、なるほど。だからボクと一緒に部活を立ち上げて、これから青春をよく知ろうって事なんですね」
それを見ていた歩夢は、ふと小さな疑問が過り小さく手を上げた。
「あの、なんでリンじゃないとダメなんですか? 別に部員を他に募集するなりすればいいんじゃ?」
「その質問はセンスが無いわ歩夢君」
質問に対し、詩織は至極呆れた表情で振り返る。
「これまでの歴史上に未来人と青春を謳歌した人間なんて存在しないでしょう? 小説家である私が、そんな珍しい体験を逃すなんてありえないじゃない。私は未来人と一緒に青春を謳歌したいのよ」
キッパリと告げる詩織の横で、鈴音がなるほどと手を打った。
「リンが未来人である事を知ってるのはあたし達だけだから、あたし達にもそのまま部員になって欲しいって事ですか?」
「その通りよ。二人ならリンちゃんも未来人である事を隠すことなく、部活に集中して青春を謳歌できるでしょう?」
と、腕を組んで自信満々に説明する詩織。するとハッと思い出したように、リンが質問を投げかける。
「でも部活を立ち上げると言っても、具体的にはどんな部にするんですか?」
すると少し黙った後、詩織は唇に手を当てて考えるような素振りを見せた。
そして時間を噛み締める様に妙にゆっくりと、髪を靡かせて振り返る詩織は、眩しいほどに笑って見せた。
「青春に生き、青春を謳歌し、青春を知る為の部活だもの。さしずめ――――青春部、とでも言った所かしら」
あまりに爽やかな気迫に、歩夢は思わず生唾を飲み込んだ。
(……この先輩が描く青春とは、一体どんなものなんだろうか)
ひたすらに青春を追いかける千秋先輩から輝くカリスマ性。
体が無意識に打ち震えていた事に、歩夢は気がついていなかった。
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