23. お昼時は、ゆっくりしたいんだが

 怒涛の休日を終え、月曜日。

 午前の授業を終えたリン、歩夢、鈴音の3人は学校の屋上で昼食を摂っていた。


「なんで授業の1時間ってあんなに長く感じるんだろうな。深夜にアニメ見てる時の1時間とか一瞬なのに」

「あんなに長くって、歩夢は授業中は殆ど寝てたでしょ」

 鈴音は呆れた顔でツッコミを入れつつ、弁当の鳥ささみを口に運ぶ。


 基本的に昼食は男友達と食べている歩夢だが、稀に抜け出して屋上で食べる事がある。

 その大抵が鈴音からの相談事(もしくは歩夢からのヘルプ)であり、いつの間にか非常時は決まって屋上に集まる様になっていた。

 アリサお手製の卵焼きを頬張りながら、リンは不思議そうにアホ毛を揺らす。


「それでセンパイ、なんでボクは屋上に呼び出されたのですか? ……もしかして、ボクがセンパイの家のポストに少しずつ雑草詰めてたのがバレたんですか?」

「違ぇよ! てかお前そんなしょうもない事してたのかよ」

 墓穴を掘ったことに気がつき焦るリンに対し、歩夢は青筋を浮かべつつ話を進める。


「お前がいなきゃ話が進まないから呼んだんだよ。未来人関連の事なのに本人が居ないんじゃ意味ないだろ」

「ボク関連の事なのですか?」

「そうだ、未来を危険に晒さない為の大事な作戦会議」


 歩夢は食べ終わった弁当箱を閉じ、両手を後ろについて身体を傾ける。

「昨日みたいな事がまた起きない様に対策を立てるんだよ。外出の度にタイムパラドクスの危機になられたら堪ったもんじゃないからな」

 痛いところを突かれたリンは、バツが悪そうに視線を逸らす。


「う……確かに昨日は危ない所でした。一歩夢間違えれば大惨事になりかねない所でしたし、未来人として対策は必要ですね」

「だろ? だからこれからは、しっかりルールを決めて」


 歩夢がそこまで言った時、屋上の扉がゆっくりと開く。


 扉の向こうの足元には緑色のラインの入った靴が、つまり3年生の女子が立っていた。


「ようやく……見つけたわ」


 聞き覚えのある声と、見覚えのある美しい瞳。

 黒髪を靡かせながら現れた、わかりやすいほど額に青筋を浮かべた女子生徒。


 ――――それは他でもない、千秋詩織。小説家、千秋紫央だった。


 予想外すぎる来客に、思わず歩夢の声が裏返りかける。 


「ち、千秋さん⁉︎ どうやってここが⁉︎ ――って言うかその制服、ウチの生徒だったのかよ⁉︎」

「……信乃方 歩夢、どこかで聞いた名前だと思っていたけれど、まさかクラスメイトの噂で聞いたウチの学校のナンパ魔だったなんてね。ふふふ……つくづく私は運が良いわ」


 そこまで聞いて歩夢は、昨日詩織が「どこかで聞いた気が……」と言っていた事を思い出す。


 フフフと不敵に笑う詩織は、扉を背にしてジリジリと歩夢に近づいて来た。

 蒼白するリンは、歩夢を両手でポカポカ叩きながら嘆希訴える。


「完全にセンパイのせいじゃないですか! ところ構わずナンパばっかりしてるから千秋さんに見つかちゃったんですよ!」

「うるせーよ! 隣にいた人が有名小説の作者で、しかも同じ学校の先輩とか予想出来る訳無いだろ!」

「お、落ち着いて2人とも。まずはここから逃げ出す方法を考えなきゃ。あたしがここ(屋上)から2人を投げ下ろすから、2人は落ち着いて受け身を取って……」

「仮に俺とリンが屋上から生身で投げられたら、校庭に無惨な肉塊が2つ出来上がってお終いだよ! 全人類がお前と同じ肉体スペックだと思うなよ!」


 歩夢は混乱する脳内で必死に打開策を考えるも、何一つとしてマシな案が浮かんでこない。


(くそっ! なんでもいい、何とかこの場を解決する方法は……⁉︎ )


 一歩、また一歩と近づいて来る詩織は、心の底から怨めしそうな表情で小さく呟いた。


「それにしても、昨日はやってくれたわね……少しは可能性を考慮していたけれど、まさか本当に善意で待っていた私が閉店まで放置されるとは思わなかったわ」

「「この人がこのまま逃げようって言いました」」

「お前らには人の心とか無いのよ!」


 一瞬このままリンを詩織に明け渡してやろうかと脳裏に過るが、未来の事を考えるとそうもいかない。


(……不格好もいいところだが、やっぱりこの状況を突破するにはこれしかないか!)


 脳みそフル回転で考えた歩夢は、単純だが考えうる限りの最適解を声に出す。

「鈴音、千秋先輩が動けない様に抑えてくれ! 俺はその間にコイツを連れてここを離れる!」


「逃げてどうするのかしら?」

 鈴音が返事をする前に、詩織が声を割り込ませた。

 詩織は整った顔ながらも、その表情は詰んだ状況の獲物を見つめる狩人と違わない。


「地球上にいる限り、どこでにいようとあなた達を炙り出すわ。幸いな事に、金なら掃いて捨てるほどあるもの。私立探偵を山ほど雇ったり、海外組織を買収したり……まぁ方法は選ばないわ。どこに隠れていたとしても、私に見つかるのは時間の問題だと思うわよ」


 どこか上機嫌そうな詩織は、遂にたどり着いたリンの目の前でしゃがみ込む。

 するとパッと表情を明るく変え、どこか軽い口調で話し始めた。


「さて未来人さん、お名前は?」

「…………水原 リンです」

 覚悟を決めた様な表情でリンは、真っすぐに詩織の方へ向かい直した。

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