22. 帰り道は、コーヒーの香りなんだが

 あまり時間も経っていないからか、少し歩いた所で歩夢は2人を発見する事が出来た。

 コーヒーを頭から被ったリンは、髪も服も一部だけ色が違う為によく目立つ。


「よう。って、お前すごいコーヒーの匂いするな」

「あれ? センパイじゃないですか、追いかけてきたのです?」

「あんた千秋さんと一緒にカフェで待ってるんじゃ無かったの?」


 頭を傾けるリンと鈴音に、俺はしどろもどろに返答する。


「その、うん。あれだ。千秋さんが読書に集中したさそうだったから、お前らを追いかけて出てきたんだよ」

「ふぅん。そっか……ホントに?」

「ほんとに」


 口籠る歩夢に、鈴音はどこか戸惑いながらも笑顔を浮かべた。

 そして再び家へと歩夢き始めた鈴音に習い、もちろん歩夢とリンもその後に続く。

 先までの出来事を振り返るように、歩夢はしみじみと呟いた。


「にしても、初っ端から思わぬ大ピンチだったな」

「全くよ。リンはもう少し、未来人としての自覚を持つべきだと思う」


 鈴音も続いて呆れた様子で目を瞑る。

(……まぁ確かに小説の話をして、その作者が近くにいるなんて予測出来ないけどな)

 今回の悪い意味での奇跡に歩夢が嘆息すると、リンがツンと唇を尖らせた。


「何を言うのですか。ボクが咄嗟に機転を効かせて、ダッシュで逃げ出そうとした事で難を免れたんですよ? ボクだって、もう少し褒められても良いはずです」

「え、あれってダッシュのつもりだったの……?」

 鈴音がどこか戦慄した様子でリンを見る。


 歩夢からしてみても、ただいきなり立ち上がって盛大に転んだ様にしか見えなかった。

 確かにリンは運動神経が悪いとは思っていたが、どうやら予想を遥かに超える重症だったらしい。


 更に少し歩くと、俺たちは見覚えのある通学路に差し掛かった。


「そろそろ私の家が見えてくるかな。千秋さんを待たせちゃってるし、手早く着替えてカフェに戻らなきゃ」

「ですね。手早く戻って、何とか説得させてみせるのです」

 小走りで鈴音家に向かおうとする2人を、ふと歩夢は呼び止めた。


「え、なんでだよ? 普通にリンは自分の家に戻って着替えればいいだろ。別にまたカフェに行く訳でもあるまいし」

「……え?」「……はい?」


 鈴音とリンが、2人揃って同時にポカンと返事を返す。


「カフェに行かないって、どう言う事ですか? ボクらは急いで戻って、千秋さんを説得させないとじゃないですか」

「そうよ。待ってもらってる身なんだから、なるべく急がないとじゃない」


 まさかとは思っていたが、歩夢は本気で2人がカフェに戻る気だと確信した。

 深く、深くため息を肺の底から吐く。

(……人がいいのもここまでくると考えものだな)


「いいか、よく聞けよ。俺たちは今、千秋さんに俺たち脅されてるんだぞ? 人質を取られてる訳でも住所がバレてる訳でも無いんだから、わざわざカフェに戻る必要が無いだろ」

 ハッとした表情で驚く2人。そしてすぐに、それは冷めた視線へと早変わりした。


「考えてみれば確かにそうだけど……あんた、それは人としてのどうなの?」

「さ、最低です……」

「うるせぇよ! 最悪タイムパラドクスが起こるよりは遥かにマシだろうが!」


 確かに歩夢自身も、待ち続ける千秋さんに対し多少の罪悪感を感じる。だがリスクを天秤に掛ければ当然の選択だった。


 歩夢の提案に、鈴音は心配そうに少し首を傾げる。

「でも歩夢、既に千秋さんはリンが未来人だって確信してたみたいじゃなかった? 未来人ってバレた時点で、結構未来に影響が出たりするものじゃないの?」

 歩夢はジッと少し考えた後、

「千秋さん1人に知られただけなら、意外と大丈夫なんじゃ無いか? 実際の所、未来人を見つけたって話しても信じる人なんてそう居るもんじゃないだろ」

 歩夢の推測に対し、気の進まない表情ながらもコクコクと頷くリン。


「確かに、千秋さん1人だけにバレた事で未来に大きな影響が出る事は無さそうです。……少し良心は痛みますが、センパイの案が1番いいのかもしれません」

 これからは外出の時に少し警戒する必要はあるが、千秋さんと会う事は恐らくもう無いだろう。仮にあったとしても逃げればいい。

 結果的に未来人バレの被害を最小限の被害で抑えられた選択に、歩夢は1人で頷いた。


「にしても、なんか本当に疲れる1日だったな」

 無意識に呟きながら、気だるげに頭を掻く。

(夕飯は作り置きのカレーにしよう。……そういえばリン達に食べられたんだった)

 改めて怒涛の1日に疲れを感じながら、歩夢は自室へと歩夢き出した。


「それじゃ、また明日」

「あ、うん。気をつけて帰ってね」


 鈴音に手を振り、歩夢は自宅の方向へと歩き出す。


 するとリンも追いかけるように後を着いてきた。

「あ、センパイ。帰り道わからないのでボクと一緒に帰りませんか?」

「一緒に帰るも何も、隣じゃんお前」


 こんなにも情報量の多い一日を終えてなお元気一杯な後輩(未来人)を連れて、歩夢はそのまま自宅へと帰って行ったのであった。

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