33. 紙飛行機は、青春の証なんだが

「私が直接手を下すまでもないわ。こちらからは歩夢くん、鈴音さん、リンちゃんの3人が勝負しましょう」


「ず、随分と余裕だな千秋。人数に不利がある分、勝負内容は我が決めてもいい?」

「ええ構わないわ別に」

 引きつった顔の部員を放置し、勝手に盛り上がる3年生同士。

 かくして、紅坂未来と青春部の入部を賭けた3番勝負は始まったのであった。




「ククク青春部よ、初めはこれで我と勝負だ」

 2枚の白紙を机に用意した紅坂は、自信ありげにそう言った。


「白紙? お絵描き勝負でもするんですか?」

 鈴音はそう言いながら卓上を覗くと、そこにはペンどころか他の物は一切なかった。


「ククク、我に封印されし邪竜【ジャジヴァリス】はかつて魔界を漆黒に染め上げた……当然、その中には広い空も含まれている……つまりこの世界で最も広い空の王者こそ、勝者に相応しいという事!」

「つまりこの紙で、紙飛行機でも作るんですか?」

「く、ククク……そういうことだ。この教室の窓から飛ばし、より遠くに飛んだ方が勝ちにしよう」

 またも空気を読まないリンに調子を崩されつつ、紅坂は説明を続ける。


「それじゃ我は紙飛行機の準備を始める! 青春部はこっちの紙を使ってくれ」

 そういってリンに紙を手渡し、せっせこせっせこと紅坂は白紙を織り始めた。

 リンはクルリと青春部の面々の方向へ振り返り、得意げに口端をあげる。


「この勝負は任せてくれませんか? みんなにボクの本気ってやつを見せつけて見せますよ」

「別に俺はいいけど、そんなに自信あるのか?」


 歩夢と同様に不思議そうな表情を浮かべる鈴音と詩織を見て、リンは拗ねたように唇を尖らせる。


「これでもボク、世界で唯一タイムマシンを作れる天才物理学者なんですけど」

「え? あ、そっか⁉︎ そうだったな!」

 日頃の行動から全員が忘れていたが、リンは物理学に関しては人類史上の大天才である。


(…………流石にコレは勝ったな)


 リンが温度計の観察などをはじめ、歩夢はそう確信している。

 鈴音と出かけた日の帰り、歩夢は軽い雑談程度だがリンの凄まじい計算能力及びそれによる予知能力を体感した事があった為だ。

 リンは現在の気温や湿度や風向きの角度・強さといった要素から、最長飛行距離を電子機器以上の速度で計算することが出来る。

 そして算出された距離を元に、適切な相対風の角度や強さ、空気抵抗の大きさや紙の強度バランスを考慮し紙飛行機を製作する。これは当然ながら天才のみに可能な不正であり、当然ながら紅坂に勝機など存在しない。


「我の飛行機完成ぃー!」


 当然ながらそんな事は露知らず、紅坂は嬉しそうに自分の飛行機を掲げた。

 紅坂の紙飛行機はスタンダードなタイプとはいえ、歩夢の目から見ても丁寧に細部まで折られていることが分かる。


「ボクも完成です。これぞ人類の叡智、この紙飛行機はスパニッシュスカイと名付けましょう……」

 リンもまた自分の紙飛行機を掲げながら、語呂のいい名前を唱えてうっとりと表情を浮かべていた。


(スペイン語と空って何なんだ……)


 計算以外は残念すぎるリンの頭脳を再確認しながら、歩夢はスパニッシュスカイ(仮名)をジッと観察する。

 広げ返し何度も折る事によって施された全体を這う折り目後や、そして複雑に湾曲した翼襟。その全ては緻密に計算された決勝であり、歩夢は見る程に緻密に計算された数式を体感して生唾を飲み込んだ。


「さて、それじゃ先攻は我から行くぞ!」

「どうぞどうぞ」


 やる気満々と言った様子で窓辺へ移動する紅坂に、リンは余裕げに道を譲る。

 窓辺に立った紅坂は神妙な表情で、ジッとグラウンドを見下ろした。


 そして意を決したように指先へ力を込めて、

「……それ!」


 肩、肘、指先と一切無駄のない綺麗な紙飛行機投げを見せた。

「おぉすごい! 紙飛行機ってこんなに飛ぶんだ!」

 勝負であることをすっかり忘れてた鈴音が、少し意外そうに喜ぶ。 


 実際のところ、紅坂の作り出した紙飛行の造形は整っていたことや、たまたま吹いた上昇気流が功を奏していた。紙飛行機の着地したグラウンドの中央付近まではかなりの距離があり、もう一度同じ距離飛ばすのは難しく見える。


「ふふん、まぁ我にかかればこんなもんだ!」

「本当にすごかったです! 途中の風に乗って舞い上がったところとか、なんかロマンチックだったかも!」


 本音でそう語る鈴音を見て、ほんの少し恥ずかしそうに紅坂がはにかむ。


(この記録って結構不味くないか? いくらリンといえど逆風とか予想外のアクシデントがあったら……)


 紅坂の高記録を見て若干の不安を感じた歩夢は表情を曇らせた。

 そんな歩夢の方を、余裕そうな笑みを浮かべたリンがポンと叩く。


「安心してくださいセンパイ、全くnopuroblemで問題ないのです」

「完全に意味重複してるけど、確かにお前がそういうなら信じてみるぜ!」


 壊滅的な語彙力に反し、歩夢はリンの数学的能力に心配はしていなかった。

 本人が大丈夫というならば大丈夫なんだろう、と歩夢は窓辺へと向かうリンを見送る。


「さぁ次は汝の番だ! 我の記録を越してみるがいい!」

「えぇそれじゃ遠慮なく……見せてあげますよ、天才との壁というやつを」


 意味深な表情で飛行機を取り出したリン、見上げる紅坂の頬に汗が伝う。

 そして紅坂と違い、風を測る様子もなくリンは窓辺に手を掛ける。


「……あまりの大差に、泣かないでくださいね?」

 不敵に笑う天才の紙飛行機は、壮大な宙への旅を始めた。


 ――――発射 軌道不安定 高速回転 急降下 墜落 大破 


 アクション映画顔負けの動き様で、リンの紙飛行機は3メートルも飛ばず墜落した。

「はぁあああああ⁉︎」


 目玉が飛び出そうな形相で歩夢は驚き、意外にもリンは予想していた様に微笑でため息を吐く。


「やはり、ダメでしたか」

「やはりって何だよ⁉︎ お前の計算で理論上最長飛行ができるんじゃなかったのか⁉︎」

「ええ当然ボクなら可能です。もちろん計算しましたとも」

 コクコクと頷くリン。


「でも計算できるだけで、その通り折れるとは一言も言ってないのです。ボク、手先が不器用なので」

「じゃあ紙飛行機についてた意味深な折り目は⁉︎ 翼部分の湾曲は何なんだよ⁉︎」

 歩夢の怒涛の質問に、リンはキメ顔で答える。


「あれは失敗して何度も降り直した跡と、翼を折ろうとして失敗した跡です」

「バカヤロォぉぉお!」

「ぬわぁぁあ⁉︎ 危ないよ汝⁉︎ 何しようとしてんの汝⁉︎」


 紙飛行機の様にリンを窓から放り出そうとする歩夢を、必死で紅坂が仲裁に入る。

 かくして紅坂と青春部の三本勝負(1本目 紙飛行機対決)は、紅坂の勝利に終わった。

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