34. 既にオチまで、見えてるんだが
紅坂の案内により、第二試合は体育館で行われることになった。
体操着に着替えた歩たちが周囲を見渡すが、勝負に使いそうな機材は何もない。
「それで? ここで何の競争をするつもりかしら」
「ククク、体育館で運動すると思ったか? だとすれば大間違いだ!」
仏頂面な詩織を他所に、紅坂は口角を上げて壁際を指差す。
「あそこは……トレーニングルームですか?」
「左様! 此処こそが我と汝らの次なる戦場となる!」
体育館付属のトレーニングルーム。道枝高校では通常は野球部やサッカー部が雨天部活時に使用する部屋であり、一通りの筋トレ器具と筋トレグッズが揃っている。
歩夢たちが早速移動すると、トレーニングルーム内は壁の一部が鏡面になっており清潔に管理されていた。
「初めて入ったけど、案外広いんだな」
「当たり前でしょう。狭かったらトレーニングできないじゃない」
なるほど確かに、と歩が手鎚を打つ。
その横では鈴音が思い出した様に紅坂に声をかけていた。
「それで今回は、ここで何の勝負をするんですか?」
「ククク、力こそ支配! 支配こそ力! かつて我の邪竜【ジャジヴァリス】が力で魔界をねじ伏せたように、今回の勝負は純粋なパワーで勝負といこう!」
先ほど勝って調子に乗ったドヤ顔な紅坂は、得意げに筋トレ器具を指差した。
「ベンチプレス……ですか」
ベンチプレス。それは大胸筋・三角筋・上腕三頭筋を使用するトレーニング器具である。
(この勝負、今回も我がもらった……! )
当然ながら、勝負内容を決めた紅坂未来には自信があった。
厨二病キャラを止めるタイミングを逃した高校生活。当然休日出かける友達もおらず、ショッピングモールでクラスメイトと鉢合わせても気まずい。
その為に毎週通っていたトレーニングジムは、確かに紅坂の自信に繋がっていた。
「さぁ青春部、我とベンチプレスで勝負せよ!」
キリッと言い放った瞬間。歩、リン、詩織の視線はスススと鈴音に移動する。
「……どうせあたしは可愛げない馬鹿力ですよ」
「拗ねないでくださいよママ! ボクはパワフルで可愛いと思いますよ!」
「気にすることないわ鈴音さん、いつでも他者の息の根を止められるのは立派な利点よ」
そっぽを剥いて唇を尖らせる鈴音に、詩織とリンが慌ててフォローに入る。
だがそんな様子を歩は気にする様子もなく、紅坂の方へ振り返った。
「一応ルールの確認なんですけど、より重いベンチプレスを持ち上げた方が勝ちでいいですか?」
「別に我はそれで構わないけど……本当にあの子が出るのか?」
仮にも男子である紅坂は力比べの相手が女子な事に納得がいかず、頬を膨らませたままの鈴音を指差した。
「……? あぁ鈴音ですか? 青春部からは絶対鈴音が出ると思いますよ」
全く迷い無い歩の言葉に、不満げな紅坂は少し頬を膨らませる。
「いくら我の見た目がちょっと女子っぽいからって……油断しすぎじゃないか? 流石の我も女子相手に邪竜の力を使うのは気が引けるんだけど……」
「ははは、紅坂先輩。世の中には人間を辞めた本物のバケモノもいるんですよ」
虚な目で起伏の無い笑い声を出す歩に、紅坂は若干引きつつ胡乱な視線を送る。
その後、紅坂はその場で準備運動を兼ねてストレッチを始めた。
(重いダンベルを持たせて鈴音ちゃんに怪我させても悪いし……うん、やっぱり我が重めのダンベルから初めて、鈴音ちゃんには早めにギブアップしてもらうのが一番いいかな)
紅坂のベンチプレスの最高記録は40キロほどであり、これは紅坂の体格から鑑みるとなかなかの記録である。
紅坂が念を入れて屈伸を始めると、背後から鈴音の声が響いた。
「紅坂先輩、勝負に使うダンベルはコレでいいですか?」
器具をセットして置くのを忘れていた事を思い出し、紅坂は慌てて振り返る。
「あ、ダンベルは我が用意するよ。あと怪我しない様にストッパーを用意し――――」
するとそこには、鈴音が軽々とダンベルを片手で運んでいた。
ダンベルに彫られた数字は120キロ。
通常ならば、体重100キロオーバーのアスリートが使用する重量である。
「……………………」
「……………………」
振り向いた姿勢のまま目を瞬かせて硬直する紅坂。対して真顔で見つめ返す鈴音。
ジッと見つめ合ってから10秒ほど経った後、歩は二人の間に淡々と割って入った。
「はい、それじゃ第3勝負の会場に行きましょうよ」
「あ、うん」
紅坂は強ばった面影で頷き、トレーニングルームの扉へ移動する。それを見て鈴音は小さく震え、
「ほら! やっぱりあたし出オチになったじゃん!」
鈴音の心の底からの叫び声が、虚しく体育館に響き渡った。
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