35. 未来人は、一人じゃないんだが
3番勝負の最後戦をする為、歩たちは体操着姿のまま玄関に集合した。
「どうしてこんな暑い日に外に出なきゃならないのよ……」
詩織が暑そうに日差しを手で遮りながら不服そうに唇を尖らせる。
一方、それと対照的にリンは上機嫌で周囲をキョロキョロ見渡している。
「紅ちゃん、最終勝負は外でするのですか?」
「ククク、その通り! 我に封印されし邪竜【ジャジヴァリス】には室内はあまりに窮屈だからな……」
気がついていないのか、リンのナチュラルな紅ちゃん呼びをスルーする紅坂。
歩もまた今までの勝負で若干の不安を持ち、一応念入りに準備運動を始める。
「それで、俺は紅坂先輩と何で勝負するんですか?」
「ククク、かつて我の邪竜【ジャジヴァリス】が三日三晩の間、精霊騎士と戦い合った……どれほどの知力、攻撃力を持っていようと倒れてしまえば意味はない! 最終勝負はスタミナ、即ちマラソンだ!」
紅坂が先ほどの大敗を誤魔化す様に大きく宣言し、横の歩の頬には冷や汗が伝う。
(ヤバいな……勝てるかコレ? )
体格こそ平均男子高校生ほどあるが、そもそも歩は運動がそれほど得意では無い。
モテるために始めた筋トレやスポーツが長続きしないのもそれが一因と言える。
女子に見間違う華奢な体格とはいえ、筋トレが趣味の紅坂と比較すれば勝てる保証は無い。
「ルールはどうしますか?」
「うむ、長過ぎてもグダるし……マラソンコース3周でどうだ?」
「了解です。それで行きましょう」
了解と声に出したものの、歩は想定以上の口端を引きつらせる。
マラソンコース。道枝高校を囲む様に敷かれた道路の総称であり、一周がおよそ1キロほどに相当する。
途中にある信号などが良い休憩ポイントになり、こちらもまた野球部やサッカー部といった運動部のウォームアップに重宝されている。
「ククク、我の底しれない闇を……体力を見せつけてやろう」
ウォームアップを終えた紅坂は不敵な笑みを浮かべ、校門前に立つ。
歩は並ぶようにその横に立つも、自信の無さから不安が隠しきれない。
「事故とか、怪我だけは気をつけてくださいよ?」
二人の前に立った鈴音はそう言って、手を高く掲げる。
「よーい……どん!」
掛け声と同時に腕が振り下ろされ、歩と紅坂の勝負は始まった。
勝負は3周目に突入して尚、未だ紅坂と歩の距離はほとんど変わっていない。
両者ともに湧き上がる熱気に苦しみつつ、足は止める事なく前へ進む。
「はぁはぁ……ク、ククク後輩くんよ……かなりキツそうに見えるゴホゴッホゴハ」
「べ……べ、紅坂先輩こそ……もう限界そうじゃ無いですか……こんな所で……吐かないでくださいよ?」
歩が危惧していた予想は正しく、実際のところ紅坂の体力は確かに歩を凌いでいた。
だがそれ以上に体格の差による優位の差は大きく、赤信号のタイミングが良好だった事も相まって1周目、2周目と紅坂との差は開いていない。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
「お、お先です……!」
軽口を言う空元気も底をついた紅坂は足取りがフラつかせ、激しく息を荒らした歩はその横を体力を振り絞って追い越した勢いのまま歩は信号前の街角を曲がる。
すると車通りは無く、数メートル先では歩行者用信号が点滅していた。
(……信号が⁉︎ ここしかねぇ……! )
容赦無く体内を掻き回す吐き気を我慢しつつ、歩は全力疾走で横断歩道を駆ける。
そして渡り切った瞬間、信号は色を赤に変え反対車線の車がエンジンを揺らした。
「……ゴホ、ゴホゴハ……っしゃぁ!」
灼熱の体温に咳き込みながらながら、歩は力なくガッツポーズを決める。
すると交差点前の道角から、滝の様に汗を流した紅坂がフラフラと千鳥足で現れた。
「紅坂……先輩、この赤信号で、完全に勝負は……着きましたよ」
「っはぁ……はぁ……はぁ……」
倒れそうな不安感で横断歩道に駆け寄る紅坂に、歩は少し張って声をかける。
「ちょ、丁度いい……タイミングですから……き、聞かせてください。なんで、そこまで……青春部に入りたいん……ですか?」
「……っはぁ……はぁ……はぁ……」
歩の問いに答える事なく、紅坂はフラフラと前に進む。
もやはその様子は走っているのでなく、転ばないためにバランスを取っているに過ぎない様に見える。
「紅坂……先輩……? 何やって……赤信号ですよ?」
「はぁ……っはぁ……はぁ…………」
「赤信号ですよ! ……前見てください! ……紅坂先輩!!」
対岸でフラつく紅坂の違和感に気がついた歩が声を荒げる。
紅坂未来に――――理解するほどの余裕は、既に残っていなかった。
「紅坂先輩! 止まってください! おい! 止まれよ!」
「…………はぁ……っはぁ……はぁ…………」
最悪の展開が歩の脳裏に過り、反対側へと向かおうとする歩夢。
だが車道を走る自動車は当然それを許さない。
「おい、しっかりしろよ! 紅坂先輩!」
「…………」
そして紅坂がフラリと車道に飛び出た瞬間、最悪のタイミングで大型車が影を指す。
その瞬間、見てはいけないと歩夢は無意識的に両目を閉じた。
「全く……これは私の業務外の筈なんだが」
想定外の聞き馴染みのある声が聞こえ、歩は急いで再び目を開ける。
すると歩夢の予想通りの人物が、面倒臭そうにお姫様抱っこの要領で紅坂を抱えていた。
「あ、アリサ先生⁉︎ 今どこから⁉︎ 上⁉︎ 空⁉︎」
「……道路で遊んではいけない。小学校で習わなかったか歩夢くん」
アリサは呆れた顔で歩夢を見た後、今度は抱えた紅坂に目線を下ろす。
「紅坂くんだったかな。筋肉量から見て少し鍛えている様だが、身体を酷使し過ぎているな。軽いパニック状態から見て、こんなに体力を消耗したのも生まれて初めてだろう? もう少し無理のない運動から始めてレベルを上げていくと良い」
アリサがそう言って、苦しそうに息を吐く紅坂の肩をポンと軽く叩く。
する乱れ切った呼吸は嘘の様に整い、紅坂は「…………すぅ」と寝息を立てて眠ってしまった。
(でた……アリサ先生の謎技術! 本当に何者なんだこの先生……)
いつか体験した気絶を思い出しつつ、歩夢は満身創痍のままアリサの方へと横断歩道を渡る。
「アリサ先生はなんでここに?」
「これは青春部の活動だろう。なら顧問の私が指導をするのは当然の事だ」
そう言って爽やかに笑うアリサを見て、歩夢は詳細を聞かないままに保健室へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます